第2話 笠地蔵2(その弐)
お爺さんはその頑健そうな風体の男3人を見て、一瞬で自分が騙されたと気付いた。
旅の者と言ったのに、手荷物は持っておらず、笠を売って欲しいと言ったのに、3人はすでに頭に笠を着けていたのだ。しかし雪はやんでいた。
男たちは土足のままズズイと家に入って来ると、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「よぉ、こんばんは爺さん!…笠は来る途中で地蔵さんから貰ったぜ、ついでに地蔵さんがあんたにくれたってカネも貰いに来たんだ、よろしくな!」
「ど…泥棒!」
事態に気付いて起きて来たお婆さんが震える声で叫んだ。…しかし、
「ハハッ!…見ろよ、カネはご丁寧に神棚に飾ってあるぜ、まるで俺たちのために用意してあったみたいによ!」
男の1人がそう言って素早く風呂敷にカネを包み、
「やめなさい!」
と叫んでとりつくお爺さんを他の男が振り払うと、アッという間に3人は外へ逃げて行った。
「まっ、待ってぇ!…泥棒っ!!」
お婆さんが寝間着のまま3人を追いかけるも、当然追いつけるはずもなく、それでもお地蔵さまの並ぶところまで気が付けばやって来ていた。
…男たちの姿はもはや完全に見失っていた。
「うっ、うううぅぅ……お地蔵さま、申し訳ありません……せっかくのお優しい施しを悪人どもにむざむざ盗られてしまいました……どうかお許しください…うううぅぅ」
お婆さんはお地蔵さまの前にひれ伏し、手を合わせて嗚咽していた。
その時、頬から涙がお地蔵さまの体にポタリポタリと落ちた。
「婆さんや!…悔しかろうが無茶をしてはいかん!…風邪をひいたらどうする?…無念だが家に帰ろう、命を盗られなかっただけまだましだったと思おうよ…」
…息を切らしながら後を追いかけて来たお爺さんがそう言ってお婆さんに袢纏を着せ肩を抱いた。
2人はとぼとぼと雪の積もった道を家に向かった。
…涙がぽとりぽとりと雪面に落ちた。
だが2人は気付かなかった。
お地蔵さまたちはその時小さくカタカタとその体を震わせ、徐々に身を寄せ合っていたのだ!
……翌日の昼下がり。
例によって3人の男たちは街の飯処で下品に笑いながら酒を飲んでいた。
「ぐははははっ!…思ったとおり、笠爺いの家にゃカネがあっただろ?」
「何なく頂けたねぇ、チョロかったぜ!」
「年寄りはなかなかカネ使わねぇからな、俺たちが華やかに使ってやらにゃあよ」
下劣な会話を吐きあう3人だったが、その時小さく店が揺れた。
「ズシン!」
「何だ?…地震か⁉」
酒徳利を持つ手を止め、男たちは顔を見合わせた。
「きゃぁ〜〜〜〜っ!」
「うわぁ〜〜〜っ!」
すると店の前の通りを大勢の人たちが恐怖の叫びを上げながら走って行くのが暖簾越しに見えた。
「…ズシン!」
「…ズシン!」
…何かよく分からないが、とても重たい奴が近づいて来る様子を感じて、3人は店の外に出て見た。
人々が走って逃げた反対側の方向を見ると、そこには何と高さ30尺(約9メートル)はあろうかという巨大な地蔵が立っていた。
「おっ、おわあぁぁぁ……!」
男たちは恐怖のあまり変な声を上げて腰を抜かし、地面に尻もちをついてガタガタと震え始めた。
すると明るかった空にモクモクと暗雲が湧き、街の周りにゴロゴロと雷鳴が聞こえて来た。
「に、逃げなきゃ!」
男の1人が叫んだ。
続く
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