第23話

「赤組、いいぞー! 白組、追い上げろー!」


 体育祭当日。グラウンドからは、ピストルの乾いた音と、スピーカー越しのテンション高い実況が飛んでくる。


「四谷、もっと綺麗にペットボトル切って」

「はぁ……」


 なのに俺たちがいるのは、校舎裏の隅っこの日陰。まあ、こっちもある意味、お祭状態ではあるが。


「まだまだ沢山あるな……」

「あー……もう、ペットボトルがゲシュタルト崩壊なんやけど」


 足元には、空のペットボトルの山。輪ゴム。紙片。マジック。テープ。発射台のパーツ。


「おい、おまえら手止めんなー……」

「先生、いまロケット何本目ですか?」

「十本目くらいだな」

「五本目っすね」

「先生ちょっとトイレいくわ」

「あ、また。白石サボるやん」


 ここで俺たちは、体育祭で配られたアオ春サイダーの空きボトルを回収し、それらをペットボトルロケットに作り替えているわけだ。


 目標は、百本。


「あと半分だよー!」


 近くで甲高い波留の声が聞こえた。クラスTシャツの袖を折ってノースリーブみたいになってる、それにいつもよりメイクが濃い気がする。


「四谷、手元止まってるでー。波留ちゃんの脇みとる場合ちゃうぞー」


 舞も、今日は濃いめのメイクだ。やはりこいつらは、体育祭を記念撮影イベントか何かだと勘違いしてやがる。


「みてねえよ!」


 反射で突っ込んだ瞬間、


「おっ、いたいた! 波留ー! 写真撮ろー!」


 校舎裏に、場違いなクラスメイトの声が飛び込んできた。わざわざこんなとこまで来るのかよ。と思ったら、次も。


「あれ、加瀬もいるじゃん!」

「舞ちゃん、舞ちゃん! そこじゃ映んないよ」


 あー……もう、ほんとにどいつもこいつも。


 波留は“サイダーの子”だし、舞はクラスの中心人物だし、加瀬は……まあ、加瀬だし。


「ピース」「え、今日の波留かわいすぎ!」

「おい加瀬、振られたくせに楽しそうじゃん」


 俺だけが場違いで、俺だけが違う種類の汗をかいているようだ。続々と人の群れは増えていき、その中でカシャカシャとカメラの音が鳴り始めた。


「はぁ」


 くだらね。


 俺は少し歩いた先で、ペットボトルいじりに戻る。さっきまで四人組だった場所をあえて見ないようにすると、作業効率がほんの少しだけ上がった気がした。


 どこまで行っても、結局俺は『あっち側』の人間にはなれないってことだ。


 一人で、日陰で黙って作業してる方が……

 胸の奥にジワリと嫌な微熱を感じた。


 俺は、俺でしかない。

 

 ――そんな時だ。


「なあ、ウチらでも写真撮らへん」


 声がした。聞き慣れた声だ。


「いいね」「てか撮らないとかないだろ」


 顔を上げると、あいつらがいた。


「四谷もそんな腐った目しとらんと、笑い」

「無理だよ、四谷の目は魚の目だから」

「葵川、サラッとひどいこと言うよな」


「……」


 ぽんっと、加瀬に肩を組まれた。

 ぐっと、波留の肩が寄ってきた。

 すっと、舞がスマホの内カメラを構えた。


「3、2、1、はい。サイダー」


 ――カシャ


 まさかの掛け声にちょっと笑ってしまった。


「見てこれ! 四谷の目半分しか開いとらん」

「むしろ、こっちの方がいいんじゃない?ね?」


 ……なんか、いいかも。


「うっせえな!!!」


 今日一の、明るい声が出た。


「お、ちゃんと笑えるやん」

「でも、なんかちょっと泣いてない?」

「葵川が傷つけたからだろ……」


 はぁ……、もう。

 目からなんか出てきた。

 鼻もちょっとツーンってする。


「泣いてねえよ!」


 そう言って、慌てて、あいつらに背を向けた。

 そのとき、グラウンドの方から放送が流れた。


『次は学年対抗リレー! 選手は集合してくださーい!』


「よっしゃ! 来た! 行くぞ。舞」


 加瀬がパン、と手を叩いて立ち上がる。


「お、おん」


 加瀬に手を引かれて、舞も立ち上がる。


「じゃあ悪いけど、葵川、四谷、あと頼む」

「はあ、しょうがないな。任せて」


 波留が短く頷く。


 二人が走っていく背中を見送った瞬間、校舎裏の空気が少しだけ変わった。さっきまでの“賑やかさ”が、どこ吹く風だ。


「……じゃ、残りやるか」


 俺が言うと、波留が小さく笑った。


「あ、うん。そう……だね」


 いつもより歯切れの悪い返事だ。思いかえせば今日はずっと四人でいた。いつもの帰り道より、若干気まずいのは何故なのだろうか。


「ねえ四谷」


 波留が、作業台の上のペットボトルを整えながら、ふっと言った。


「ん?」

「写真、撮らない?」

「え?」


 さっき撮っただろ。なんて軽口がまず頭に浮かんだけど。なんとなく口には、できなかった。


 波留は俺の疑問に答えないまま、スマホを取り出して、内カメラに切り替える。


 波留が、さらっと一歩近づく。


 近い。


 近いっていうか、視界の端に波留の睫毛が入る距離。


「……はい、サイダー」

 声、ちっさ。


 ――カシャ。


「だから、なんなんだよその掛け声」

「えー、なんか笑えるかなって思って」


 そう言ってスマホに映る俺たちは、どっちも笑ってなくて、ぎこちない表情をして、ほんの少し顔が赤くて。


「四谷、顔真っ赤じゃん」

「暑いからな、てか、おまえこそ」

「チークもしらないんだ。四谷って彼女いたことなさそーだもんね」

「波留だって、年齢=彼氏いないって聞いたけど」

「はぁ!? 誰から!?」

「一人しかいないだろ……」

「あいつっ!!!」


 そう言って、波留はため息をつきながら作業に戻る。でもその横顔は、なんとなくさっきよりも楽しそうで、何かいいことでもあったのだろうか。

 

「おーい」


 しばらくして、舞と加瀬が戻ってきた。二人とも息が上がってる。


「負けたぁぁぁ!!!」

「俺は勝った」


「おつかれさま〜、はいペットボトル」


 波留が容赦なくボトルを2人に手渡す。


「お、おう。で、今何本?」

「……九二本」


 俺が言うと、舞が目を見開いた。


「え、いけるやん! あと八本やん!」

「うん、あと一人二本」


 波留が、短く言い切った。

 閉会式まであと二十分くらいってとこか。


 四人で手を動かす。誰も喋らない。

 ボトルを切る音、だけが増えていく。


「……百」


 最後の一本が揃った。一瞬、空気が止まって、それから、舞が小さくガッツポーズした。


「おわったああああああああああ」

「ふう、ギリギリだったな」


 加瀬が言って、笑う。

 波留は、ペットボトルの束を抱えて、息を吐いた。


「よし。運ぼ!」


 ――ピーンポーンパーンポーン。

 グラウンドにアナウンスが流れた。


『これより体育祭の閉会式をとり行います。生徒の皆さんはグラウンド中央にお集まりください。また引き続き、後夜祭がありますのでお時間がある方はこちらにもご参加ください』


「……もう、始まるんやね」

「んじゃまあ、俺らも行きますか」

「四谷いくよ」


「あぁ」

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