第19話
「うーん……アイデアはいいんだけどなぁ」
放課後の空き教室。いつもの実行委員部屋に、白石先生のだるそうな声が響いた。
その手には、一枚のルーズリーフのコピー。
「てか四谷、これいつ書いたんだよ?」
加瀬が手元のコピーを見ながら、軽く眉を上げた。
「五限目の授業中にちょっとな……」
「おいそれ、俺の授業じゃねえかよ」
白石先生が秒でツッコミを入れた。
「てかきったない字やなこれー。読めへんって」
「うるせぇ、殴り書きなんだよ!」
言いながら、波留の方をちらっと見る。
その横顔は、普段部屋で俺の隣でサイダーを飲んでるときの顔とは明らかに異なる真剣な表情だ。
——たぶんこれは却下だ。
自分でも分かってる。勢いだけで形にした案だ。
それに俺の案には、明確にボツになるポイントがある。
波留が紙を読み終える。
ゆっくりと、揃えるように机に置いた。
「……うん」
その声が、やけに落ち着いていて、逆に怖い。
波留は実行委員長らしく、ちゃんと全員の顔を見渡してから言った。
「これ、現実的に参加する人、いないと思う」
——ストン。
俺の中に落ちた言葉が、予想以上に重かった。
「……」
舞が「えっ」って顔をして、加瀬も口をつぐむ。
白石先生だけが「まあなあ」と低く相槌を打つ。
「でも」
その一言で、俺は顔を上げてしまった。
「この、“告白企画”ってアイデアはすごく良いと思うんだよね。
でもその言葉を出した瞬間、みんな逃げちゃうかなって。折角いい企画なのに、参加者が集まらなかったら意味ないよ」
波留は言った。まっすぐに、まるで当たり前みたいに。
——完全に同意だ。
でも同時に、現実も見える。
良い。でも、できない。
その空気が部屋を満たして、誰も言葉を続けられなくなる。
静寂が訪れた。少し長めの。
そのとき、加瀬が椅子にもたれたまま、ぽつりと落とした。
「……てかさ」
軽い。でも、その一言が重い沈黙を破った。
「体育祭でアオ春サイダーのペットボトル、山ほどでるんだろ?」
「そりゃな」白石先生が頷く。
加瀬は肩をすくめるみたいに笑って、言った。
「ならさペットボトルロケットとか、面白そうじゃね?」
一瞬、全員が「は?」って顔をした。
でもそれはたぶん、この空気を変えるためだけの一言。
――だと思ったんだけど。
「それ、ええやん!」
舞が身を乗り出して言った。
「え、マジで?」加瀬が笑う。
「ペットボトルロケット、みんなで飛ばすんやろ? 後夜祭っぽい!」
「……いやいや、今のは冗談で、ジンクスとか関係ないし」
「ならさ、ペアで飛ばしてください、ってルールにしたら?」
舞が言った瞬間、波留の目が少しだけ大きくなる。
「ペア……」
——誘う。
誰かを誘って、一緒にやる。
それ自体が、ジンクスの核。
波留はすぐに頭を回し始める。委員長の顔だ。
「いいかもね、みんな気軽に参加できるかもだし」
「……学校的にも、ひとりでやらせるよりはいいな。安全って意味でな」
すかさず舞が「お、珍しくまともなこといっとる」と笑って、白石先生が軽く睨む。
波留は黒板にチョークで大きく書いた。
【ペットボトルロケットフェス(仮)】
そしてすぐ下に、箇条書き。
・必ず二人以上で打ち上げ
・全員参加
・一時間枠で回る運営
・両想いジンクス要素を仕込む
……ジンクス。
舞が言う。
「手紙とか貼ったらよくない? 日頃言えへんこと書いてさ」
「手紙か……」波留が繰り返す。
加瀬がすぐに乗る。
「それいい。ロケットに貼って飛ばすとか、絶対盛り上がるだろ」
「キラキラの折り紙に書いてさ、輪ゴムで止めて打ちあげたら、めっちゃエモない?」舞が即答する。
波留が腕を組んで考える。
その横顔は、さっきよりずっと明るい。
「決めよう」
全員の視線が波留に集まる。
「メイン企画は、ペットボトルロケット」
「ルールは“必ず複数人”。これはジンクスのためでもあるけど、安全のためでもある」
「手紙を貼る案は採用。内容は告白でも感謝でも、なんでもいい。“言えない気持ち”」
そこで舞が机をドンっと叩いて勢い良く立ち上がって、ささっと黒板に駆け寄った。
「ほな、タイトルはこれでいこや!」
黒板の【ペットボトルロケットフェス(仮)】という字が消され――
【メイン企画:アオ春を打ちあげろ! ロケットサイダーフェスティバル☆】
という文字に書き換わる。
「いいじゃん、それっぽい」
「ナユタン星人かよ」
それを見た波留はチョークで、最後に一行、書き足した。
そして、ちらりと俺を見る。
「四谷のアイデアは死なせないよ」
心臓が、ひとつ跳ねた。
「……おう」
返事は短くしかできなかった。
でも、胸の奥が妙に熱い。
白石先生が机を叩いて、だるそうに締める。
「よし。じゃあ今日はここまで、先生つかれちゃったから」
椅子が引かれる音がして、会議は解散ムードになる。
舞や加瀬が教室から出て行った頃、波留が小さく言った。
「……ありがとね、企画考えてくれて」
「いや、結局メインはペットボトルだし」
「そうだね」
そういって、笑う波留の顔を久しぶりに見れた気がした。
最近曇り気味だった、波留の表情。
そこからこの笑顔を引き出せたってことだけで、既に俺の目的は半分くらい達成されたのかもしれない。
「おい、そこすぐラブコメすんなー。まだ俺いるぞー」
まだいた白石がにやにや笑いながら教室から出て行った。
「してねえよ!!!」
「してません!!!」
俺と波留の反論が重なったあと、教室の扉から「あ、そうだ」と顔を出した白石がさらっと置き土産ともいえる発言をした。
「明日、校庭裏集合な。体操着でこいよ」
「は?」
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