第15話 完治、そして崇拝
「………………静かに眠っているな」
魔力を流し込んですぐに眠りについてしまったヒイロの体は、すぐに変化はしないようだった。彼女が完全に眠りについた頃に変化は訪れるだろうが、それまで待つしかないだろう。
「………………………悪かったな。大見得を切った割に、彼女の病気を治すにはこうするしかなかった」
別に、ヒイロの病気を治すということに関しては嘘を言っておらず、ヒイロを魔人にすることで癌を体から消し去り、それができなくともヒイロ自身の願いによって癌は消滅するはずだ。ホタルに言った通り、俺はヒイロの病気を治すことができた。
だからこそ謝る必要はなかったはずだが、病気を治すためにヒイロを眷属にして人生を狂わせてしまったことに、負い目を感じてしまっていた。
この世界で眷属を作るために好き勝手すると決めた以上、ホタルや双子の三人を問答無用で眷属にしたことに後悔はしていないが、俺の事情に巻き込んでしまったことを無意識のうちに申し訳なく思っていたのかもしれない。
だからこそ、その代わりに。ホタルの意思を無視して眷属にした俺を正当化するように、俺はホタルの願いを叶えてやろうと思ったのだ。
「一つ言わせてくれ________ありがとう」
何か恨み言を言われるかと身構えていた俺に、ホタルは礼を言った。
「もう、終わりだと思ってたんだ。ヒイロを元気づけることしかできなくて、奇跡みたいなタイミングで能力を手に入れたのに、それでも何にもできなくて………………。
どんな形だろうと、あんたはヒイロの病気を治してくれたんだ。
だから…………………謝らないでくれよ」
それまで彼女の顔を見ることができなかった俺がホタルの顔を見ると、彼女は笑っていた。
結果論でいえばホタルを眷属にしたからこそヒイロを救うことができたし、俺は間違っていなかったのかもしれない。
だが、これから眷属を増やすときも罪悪感を感じながら眷属にしないといけないのか?だったら、前の世界での眷属は?
だめだ、これ以上考えたくない。
「それと、お前たちにも悪かったと思っている」
「え?私たちは別に………………」「ホタルが元気になってくれたし_____」
「「ね~」」
俺が双子にも謝ると、双子は呑気に答えるだけでなんとも思っていないようだった。
「やっぱ、あんたはそのままでいてくれよ。周りのことも考えないで好き勝手やって、それでも私たちを救ってくれた。変な風に遠慮されたら、救えるやつも救えなくなっちゃうだろ?
なんつうか、その…………………あんたのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「………………………お前も、あいつと同じことを言うんだな」
あの時、女魔族とした会話を思い出す。
そうだ、俺はあいつに一つのことだけ集中していればいいと言ったのだ。
俺はホタルを、ヒイロを救った。別に困っている奴を探して眷属にしたわけではなく、誰かの人生をめちゃくちゃにするとか、罪悪感とか、そういうことを考えなかったから救えたのだ。
「少し、らしくないところを見せたな」
俺はミサキが襲われ、死にかける寸前までの記憶がある。
死というものを間近に見て動揺していたのかもしれない。
先ほどから何も言わないミサキに顔を向けると、頬にふわりとした柔らかい感触が帰ってきた。
「いや、何考えてるか分からないあんたでも、意外と人間っぽいところもあるんだって思ったよ」
「でも、いつも通り自由奔放な方がいいよ____」「_____うん、そんなの魔王さんに似合わない」
急に襲い掛かったり眷属にしたり、色々あったもののそのおかげかずいぶん打ち解けることができていた。
まさかここまで打ち解けるとは思わなかったが、今後関係を深めていくうえでさらに打ち解けていくだろう。まるで人間の友達という関係のように、たまに喧嘩したり、冗談を言い合ったり、色々な所へ遊びに行ったり_________
「………………」
魔王と眷属の関係的にはあまりふさわしくないかと思いつつも、前の世界での俺と眷属の関係を思い出す。
「それも悪くない、か」
俺は目を閉じて一つ深呼吸をすると、後ろを振り返る。
「よし。やるべきことも終わったし、そろそろ帰るぞ」
「おー、いつもの魔王さんだ」「だね……………」
いつもの雰囲気に戻った俺を歓迎する三人とこれからの予定を確認すると、どうやらホタルは今日一日中病室にいるつもりらしい。その付き添いで双子も一緒にいるらしいが、そうなると俺もいた方がいいのではないかという考えになってくる。
だが、俺は魔力が空っぽのため休んで回復したいし、家で休憩したい。ここは最後の仕事だけ済ませて帰るとしよう。
「ミサキ、母親に教えてもらった番号は覚えているな?」
『………………覚えてませんよ。でも、スマホに登録してあるので連絡はできます』
「よし、それなら今電話しよう。一応昨日電話してここにいることは確認してあるからな。呼べばすぐに来てくれるだろう」
『よしっ、て………………魔王さんスマホの使い方覚えようとしてますか?』
「……………………」
昨日ミサキの手元を見て使い方を見ていたが、いまいちさっぱりよく分からん。
ミサキがいるんだから覚えなくてもいいだろう。
「誰か呼ぶのか?」
「ああ。ヒイロが急に元気になったらおかしいだろう?だから、それをうまいこと隠してくれそうなやつを呼ぶ」
「あっ、そっか」「確かに、おかしいもんね」
治した後のことを考えていなかったのか、今更気づいた様子で呑気な表情を見せる双子だが、それと対照的にホタルの顔は真っ青になっていた。
「や、やっべ…………お母さんとお父さんにこのこと言ってない……………」
「……………さすがに両親には伝えておけよ」
「いやっ、ヒイロの病気が治ることがうれしくて、伝えるのすっかり忘れてた…………」
「別に今電話して伝えてもいいが、完全に治るのは明日までかかるかもしれないからな。伝えるのは今日じゃなくてもいいかもしれんな」
「……………………そういえば、魔王さんってこの病院に知り合いいたんだね」
頭を抱えてうろうろし始めたホタルを冷めた目で見ていると、それを慣れた様子で眺めるツグミが質問をしてきた。
「ん?ああ、俺_____というかミサキが魔物におそわれて運びこまれた病院がここだからな」
「「あ………………そっか」」
何やらよくない質問をしたと思ったのか、双子は申し訳なさそうな顔をしてミサキを見た。
『別に気にしてませんよっ______と』
「「うわっ!?」」
ミサキは特に気にしていない様子で、双子の方へと勢いよく飛びつくと、それを危なげなくツグミがキャッチした。
「ごめんね」「………………許してくれるの?」
「ニャウ」
「わ、私にも触らせて……………」
俺はじゃれつき始めた四人を尻目に、電話番号が表示されたスマホの発信ボタンを押した。
「……………………………お、出るのが早いな。昨日も軽く説明した通り、頼みたいことがあるんだが_________」
「結論から言いましょう__________」
次の日、再び俺たちはヒイロの病室に集合していた。
だが、昨日とは違い一人数が増えている。
「_______ヒイロさんの癌は完全に消え去りました」
タブレットやカルテを片手にそう言ったのは、昨日電話で頼みごとをした医者_____俺が入院していた時の主治医である。
「急に頼んで悪かったな」
俺は仲良く談笑する姉妹と双子四人を遠目で見つつ、部屋の隅で医者と話をする。
「はぁ…………………こっそり検査した私の身にもなってほしいんですけどね」
「まさかそこまでやってもらえるとは思わなかったが、正直助かった。元気になったのは視れば分かるが、もしかしたら…………ということもある」
俺が頼んだのはヒイロを“穏便に”退院させることで、検査はできればやってほしいくらいのことだった。だがこの医者は、俺が頼んでいた通り病院にデータが残らないように精密検査をしてくれたらしい。
精密検査ともなれば、精密機器や大規模な検査が必要だったはず。そうなると一人でできないことも多く、内緒で検査するといってもそれなりの人数の協力者も必要だろう。
どうやら彼はこの病院でなかなか高い地位にいる医者のようだ。
「私も一応、彼女と面識はありますからね。彼女が元気になるなら何も聞きませんし、協力しますよ」
そう言った医者の視線はヒイロに向いており、どこか眩しいものを見るような目でヒイロを眺めていた。
「……………………俺に多くを望まないんだな」
彼がここまで患者に寄り添える人間なら他の患者も救ってほしいと言ってきそうだが、彼はその言葉を口にすることは無かったし、そんな態度すらも見せなかった。
「ええ。今回の件は奇跡が起きただけという認識なので。それに、放っておいても今回みたいに大勢の人を助けてくれそうそうな気がして」
「……………なんだそれは?」
「逆にあまりしつこく言うと、嫌がって治してくれなくなりそうですし」
そう続ける彼の口調はどこか投げやりで、だが俺に対する期待が込められている気がした。
「それで今後の予定ですが、明日ヒイロさんを退院させます」
「む?それでは怪しまれるのではないか?」
「いえ、そうでもありません。今のヒイロさんの姿を知っているものは私含めて四人だけです。食事も私が運んでいますし、病室に来なければ彼女を見ても同一人物だと思う人はいないでしょう」
確かに、今のヒイロはベリーショートくらいの長さの髪が生えニット帽をかぶる必要がなくなり、痩せていて不健康だとはっきり分かる外見は、健康体にしか見えないほど体重も増えて顔色が良くなっていた。たとえ表から堂々とこの病院を出て行っても、ヒイロの病気が治り退院したと思う人はいないだろう。
「それで、退院をする理由ですが______」
医者によると、治療の効果が表れない末期の患者は、ある程度元気なうちに余生を家族と過ごすために退院するということがあるらしい。
もし彼女が近日中に退院した場合、治療の効果がなく末期であったため退院しても“そういうこと”として受け入れられるだろうというのが医者の考えだった。
「それなら大丈夫そうだな」
退院する時に世話になったものへの挨拶などもなく静かにいなくなるというめんどくさいことになるだろうが、そこらへんも医者が何とかしてくれるらしい。
「ええ、あとのことは任せてください」
なかなか頼りになるやつだ。
今回限りだと思ったがこれからも世話になるかもしれないな。
「さて_______こう見えて、私は忙しいのでそろそろ行かなくてはならないのですが、何か他にしてほしいこととか質問はありますか?」
「ふむ…………………とりあえず、俺の連絡先は登録しておいてくれ」
「え?」
「今回世話になったからな。どうしても助けてほしい奴がいたら俺が治療することもやぶさかではない。それに、“怪しい患者”が運び込まれた時連絡をしてほしい」
医者は俺の言葉に何とも言えない表情をしたが、迷った様子もなく承諾するとヒイロに声をかけ病室から出ていった。
『結構頼りになる人でしたね』
「まぁな」
医者が出ていったことにより影から出てきたミサキを持ち上げ、談笑している四人のもとへと向かう。
「話は終わったのか?」
「ああ。明日退院するそうだから、この時間に親を連れてきた方がいいだろう」
「明日!?は、早いな…………………」
俺の接近にいち早く気づいたホタルが話を聞き驚くが、焦っている割にはどこか嬉しそうだった。
「体調の方はどうだ?」
「元気いっぱいです!何て言うか、こんなに元気だったことが無いので元気すぎて困ってます!!」
昨日から見間違えるほどの健康体になったヒイロが、力こぶを見せるようなポーズでアピールをした。
「君はホタルや双子よりも魔力を持っているから普通の人よりも元気に_____強くなってしまったから力加減には気を付けろ」
「分かりました、魔王“様”!」
「まあそこら辺はこれから慣れていけばいい_______ん?魔王様??」
「え?何かおかしいですか?」
おかしくないかと言われればおかしくはないのかもしれないが、久しぶりに聞いた言葉に動揺してしまう。
おかしいと思ったのは俺だけではないようで、ホタルや双子に視線を向けると俺以上に困惑している表情をしていた。
「…………………ホタル」
「はい?」
「お前は俺のことを何と呼んでいる?」
「魔王、さん………………」
「ツグミとヒバリは?」
「「魔王さん……………」」
「念のため、ミサキは?」
「にゃう『魔王さん』……………」
「だよな…………………」
俺含めヒイロ以外の五人が顔を見合わせるもきょとんとして周りの顔色を伺うヒイロは、自分がおかしなことを言ったことに気づいていないらしい。
「ヒイロ、君が俺のことを呼ぶ時だが______」
「ああ、そういうことですか!
私は魔王様に命を救われた身。私のすべてはあなた様のものなのです!!」
「「「『「?????????」』」」」
病室内の時間が止まった。
誰もが次の言葉で何かが崩れることを予感していたため、一言も発することなく時間だけが過ぎていく。この場で一番ショックを受けているホタルでさえ、何も言えずただ助けを求めるような視線を送ってくるだけだった。
「えっと………………ヒイロ」
「何でしょう!?魔王様!!」
「……………………………なんでもない」
「おいっ!!」
キラキラした純粋な目で見られて言い返すことができなかった俺の腕をホタルがつかみ、ヒイロから離れた壁へと引っ張られる。
「おい、ヒイロに何か変なことを吹き込んだんじゃないだろうな!?」
「そんなことをするわけないだろう!」
ヒイロに聞こえないように、だがホタルは心から叫ぶように俺に責任を擦り付けてきた。一応否定はしたものの、ホタルも俺のせいではないと最初から分かってはいるだろうし、それでも認めることができず俺を責めるホタルの気持ちも理解できてしまう。
だが、崇拝されるというのも悪くはない。
ホタルは何としてもやめさせたがっていたが、俺はもう少しこの感覚に浸っていたいためそこまで止めようとは思っていいなかった。そして何より、止めようとしても止まるようなものだとは思えなかったのだ。
「ごっこ遊びのようなものだろう。ここは気が済むまで好きにさせればいいんじゃないか?」
泣きそうな目をしたにホタルにそっと耳打ちをするも、ヒイロの眼が本気にしか見えないことや、ヒイロに聞こえてしまったら否定される可能性があるため、あえてヒイロに聞こえないように話している時点で説得力がなかった。
「それに……………ほら。今ヒイロは何歳だったか?中二病、というものがあるようだし、そういうのにあこがれるお年頃なんじゃ______」
「認めないっ!!私は認めないぞ!!」
涙目になってそう叫んだホタルは、そっと双子に肩を抱かれて離れていく。
俺はそれを見てヒイロの方に視線を送ると、純粋でキラキラした視線を返された。
「ヒイロ、目を覚ましてくれぇ…………………」
嘆くホタルは、自分の能力でヒイロを治すことができなかった時より落ち込んで悲しそうな顔をしていた。彼女の言い分だと俺が崇拝されるようなことをしていないと言われているようでいい気はしないが、ヒイロに縋りつき顔を埋めるホタルを見て何も言えなくなってしまう。
「私、こういうのが夢だったの」
「こういうの……………?」
だが、ヒイロの言葉にホタルは顔を上げた。
「ずっと病室にいてみんなみたいな普通の生活にもあこがれてたけど、漫画とかゲームとかしてたから、普通じゃない非日常的なことにもあこがれてたの。
ほら、これから今まで読んだ物語みたいな冒険や戦いができると思うと、とってもワクワクしてこない?」
「ふぇ……………?」
「魔王様を尊敬してるけど、それよりも魔王様の眷属になっているこの状況がとっても楽しいの。………………でもね。
私、お姉ちゃんに恩返しをしたいとも思ってる。お姉ちゃんの願いを叶えるために“それは”ほどほどにして普通の生活も楽しむつもり」
「そう、なの…………………?」
「うん。お姉ちゃんがいつもお見舞いに来てくれたから、寂しくなかった。
ずっと苦しくて、辛かったけど、ここまで頑張って生きようと思えた。
だから、今まで本当にありがとう。これからもよろしくね」
「ヒイロぉ………………」
ヒイロの言葉を聞いて、ホタルは再びお腹に顔を埋めてしまった。強く抱きしめて泣きじゃくるホタルを、ヒイロが優しくなでる様子はどちらが姉か分からない。
俺を崇拝してヒイロがおかしくなってしまったと思ったが、やはり姉妹の絆には勝てなかったようだ。
崇拝も行き過ぎると狂信になってしまう。ヒイロの雰囲気からそんな空気を感じたが、ホタルに話す様子を見ると理性を保っているようで、節度を持った崇拝(?)になるだろう。そうなれば、俺もほどほどの距離感から気持ちよく崇拝される感じを味わうことができるし、ホタルも心を痛めずに済む。
ホッとした俺はヒイロを見ると、こちらを見てにこりと笑うヒイロと目が合う。
「「……………………」」
微笑むような表情とは裏腹に、その目は笑っていなかった。
先ほどの言葉を聞くに、彼女の優先順位は一番が姉で二番目が俺ということだったが、それはそれ、これはこれ。俺を崇拝しているのは本気らしい。
「………………今日は、ここらで帰るとしよう」
俺は逃げた。
今ここで何とかできるとは思えないし、あとで何とかすればいいと思い、戦略的撤退を選んだ。
崇拝されるのも悪くないと言ったな。
あれは嘘だ。
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