第12話 ホタルの能力と家庭の事情
「遅いな」
次の日の放課後。
俺とミサキは屋上のフェンスに寄りかかり、空を見上げていた。
寒くもなく暖かくもないさわやかな風が吹き、思わずぼーっとしてしまうような不思議な感覚に包まれる。
『そうですかね?』
突然目の前に影が差したと思ったら、その影が金色の眼を開きこちらを見つめてきた。
陽炎のように揺らめいていた影は形を整え、耳を生やしたところでようやくその影に重さを感じる。
「重い」
『え?そうですか?お母さんはそんなこと言ってなかったんですけどね~』
ミサキは俺の言葉を無視して俺の頭の上でそのまま丸くなってしまった。
そのまま尻尾をゆらゆらさせ左右から俺の顔を撫でるが、柔らかくて気持ちいようなくすぐったいような______
「ぬぇっきし!!!」
『のわぁ!?』
俺がたまらずくしゃみをすると、その勢いで飛ばされたミサキが着地と同時に影の中へ沈んでいった。
目の前に浮かび上がった不自然な黒い影は、ぬるぬるとした動きで俺の影と一体化し、俺の影をさらに黒く染めた。
「…………………で、懲りずにまた上るのか」
ミサキは尻尾を揺らさず静かに、だがリラックスした様子で頭の上で丸まった。
学校にいるときはずっと俺の影の中に入っているし、普段影の中にいると窮屈なのだろう。以前、ミサキが授業を聞いてテストを受ければいいと言ってしまったためあまり強くは言えないが、たまには家でのんびりしていてもいいと思っている。
もしかして、彼女は俺を通して高校生活というものを体験しているのだろうか。そうであれば、何かミサキにできることは_________
「あの~………………」
そんなことを考えていると、屋上の扉から気まずそうな顔をのぞかせたホタルが話しかけてきた。
「遅かったじゃないか。何かあったのか?」
「い、いや、その…………………」
俺の言葉に対して目を泳がせたホタルは遅れたことを反省しているようだが、その視線が下を向き、反省とは別で落ち込んでいるような暗い感情を抱えているように見えた。
「そういえば_______」
俺とホタルは同じクラスのため今日登校した際に話しかけようとしたが、席が一つ空いており、ホタルがいなかったことを思い出す。
午後になっていつの間にか席に座っていたため待ち合わせのことを忘れていたわけではなさそうだったが、やはり何かあったのだろうか。
「「遅れました~」」
「お、双子も一緒だったのか」
ホタルの様子がおかしかったため双子の様子も確認してみるが、妹(?)は昨日と変わらず俺に怯えていたものの、姉(?)の方は昨日と比べ俺に対して怯えている様子は全くない。それどころか視線がホタルの方を向いており、俺よりもホタルのことを心配している様子だった。
やはりホタルに何かあったのは確かなようだ。その何かが少し気になるところではあるが、それよりも先に確認するべきことがある。
「能力に目覚めたようだな」
眷属の繋がりを通じて三人の能力の能力が目覚めたことは分かっているため確認するまでもなかったが、どのような能力かは全く分からない状態である。
朝起きた時にはそれを感じていたため、今日一日中ずっと能力について考えていた。
集合時間まで待てずに聞きたい気持ちと、集合時間まで楽しみに待っていたい気持ちが混ざり合い、放課後までが長いような短いような不思議な感覚だった。
「それじゃあ、まずホタルからどんな能力に目覚めたのか教えてくれ」
「…………………分かった。
私の能力は怪我を治す力………………だと思う」
深呼吸を一回して頷いたホタルは、暗い表情のままそう言った。
「怪我を治す力か……………………ん?」
怪我を治す力?
けがをなおすちから?
け が を な お す ち か ら ?
「怪我って、あの………………怪我?」
様子がおかしい俺に視線が集まり、ミサキまで心配そうに上から顔を覗き込んでくるがそれどころではない。
自身の望んでいた力を手に入れると考えていたが、そうではなかったのか?そもそも俺の能力は俺が望んでいたものじゃないし、その仮説は当てはまらないのか?いや、俺は純粋な魔族であって、魔力を全く持たない人間が後天的に能力を得るのだから魔族と同じとは限らないだろう。
思考がうまくまとまらず、目の前の現実を受け入れることができない。
そうだ、彼女が怪我を治す力だと言っているだけで、本当は違う力かもしれない。まだその力を使っていないから真の効果を知らないだけという可能性もある。
「ホタル、俺にその力を使ってみてくれ」
「………………………」
「どうした?怪我を治す力だと分かったということは、実際に使ってみたのだろう?」
魔族は生まれつき能力を持って生まれるが、自身がどのような能力を持っているかは何となくしか分からないため、使っていくうちに違う能力だった、ということもあった。そのため、実際に使ってみないと自分の能力の効果は何となくしか分からず、ホタルも実際に使ってみて自分がどのような能力を持っているのかを確認したはずだ。
そんなことを考える俺の前で、ホタルはずっと黙ったままだった。
まさか、力を使いすぎて魔力がなくなってしまったから、今は力を使うことができないのか?
「その、魔王………さん」
能力のことしか頭に無い俺がホタルを心配し始めようとした時、双子の姉が話しかけてきた。
「ちょっと話があるんだけど」
「え?」
素早く俺を取り囲んだ双子は、俺の腕を左右から掴み、抵抗する気のない俺を校舎の中へと引きずり込んだ。
「実は_______」
そして、困惑する俺を置いて双子は語り始めた。
「なるほど、それで…………………」
双子が説明したことを要約すると、ホタルには三歳年下の妹がいるらしい。
それも、命に関わる病気を抱えた妹が、だ。
その妹が病気であるため、能力に目覚めた時に妹の入院している病院に行き、その力で妹の病気を治しに行ったため、今日学校に遅刻してきたらしい。
双子たちは治療の結果を話す前に黙ってしまったが、三人の暗い表情を見るに上手くいかなかったのだろう。
今にも泣きそうな顔で説明をした双子を尻目にホタルの方へ視線を向けると、いつの間にか俺の頭の上からいなくなっていたミサキがホタルを慰めるために身を寄せ、泣いているホタルがミサキを抱きしめたのが見えた。
「つまり、能力は自身の望む力という仮説は正しかった訳だ」
よかった。やっぱり俺の予想していた通り、望んでいた能力が手に入るという仮説は正しかったのだ。
「……………………」
いや、よくねぇよ。俺が欲しかったのは戦いに使える能力だし、そもそもホタルは望みを叶えることができないじゃないか。
「はぁ………………まあ、とりあえず。
三人、というか、ホタル。明日予定は空いてるか?」
「ふぇ?」
ホタルの方へ歩み寄りながら問いかけると、鼻水まで垂らし始めたホタルが顔を上げた。
「明日は土曜で学校が休みだろう。妹の病気なら俺が何とかできるかもしれないから病院まで連れていけ」
「「「『え!?』」」」
三人が驚きの声を上げるのはともかく、鼻水から逃げてきたミサキまで驚きの声を上げた。
「まだ治せると決まっ_______」
「治せるのか!?」
まだ治せると決まったわけではないし、見てみないと分からない。
「……………………治せるぞ」
そう言おうとしたが、ホタルの期待に満ちた眼差しと迫りくる鼻水により精神的にも物理的にも止められてしまった。
「ほ、本当か!?」
「う、うむ。分かったからそれ以上近づかないでくれ」
縋りついてくるホタルをやんわりと押し返し、逃げるように後ろに下がる。
遅れてついてきた双子がホタルの涙や鼻水の処理をし、されるがままのホタルが落ち着くのを待った。
「別に今日明日ですぐ死ぬってわけでもないんだろう?なら明日にしよう」
その問いかけにいまだ鼻水をすすっているホタルは少しの間迷ったが、納得したように頷いた。
ホタルの本心としては今すぐにでも治してほしかったため迷っていたが、妹の病状はすぐに悪化するような状況ではなかったため納得してくれたのだろう。
とはいえ、妹の容体が急変しないとも限らないため、すぐに連絡できる体制を整える必要がある。念話で連絡を取るということもできるかもしれないが、あれはかなり訓練が必要なため、今の彼女たちにはできないだろう。
となれば、連絡手段は一つしかない。
「まあ何かあるかもしれないからとりあえず______ミサキ」
俺はミサキに指示を出してホタルとついでに双子とも連絡先の交換をさせる。
『全く…………これくらいは自分で何とかできるようにしてくださいよ』
スマホを持ち画面を上に向けてミサキを腕に乗せた、スマホスタンド兼足場になった俺に、スムーズにスマホを操作するミサキがあきれた目を向けてきた。
「一度見ればできると思うんだがな……………」
スマホという概念やスマホでできることは分かるものの、実際にそれを操作するということはいまだにできない。なにぶん、スマホの操作を誤るとまずいことが起きるということは知識としてしっているため、試しに使って操作に慣れるということに忌避感があるのだ。
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