四話目 姉妹の場合─小さな女の子─③
姉はもう死んでいるという話を先輩から聞いた。
うっすらと思い出される記憶が先輩の言葉を肯定する。
ならばいったいあの姉は誰なのか。
本当はわかっている。あれこそ都市伝説だろう。私のそばにずっと一緒に居た。
「──先輩、好きでした。私が殺されたら、一度くらい思い出してくださいね」
今夜にも殺されるんだろう。これはいたずらじゃなく、警告だと悟った。
しかし、デジャブだろうか。また去ろうとしたら先輩に腕を掴まれた。
「君が好きだよ。うぬぼれじゃないだろ。僕と付き合いたかったはずだ。なら、負けるなよ」
「先輩……!」
思わず先輩の胸に飛び込んでいた。先輩はしっかり私を抱きしめ返してくれて、頭を撫でてくれる。
先輩がおねぇちゃんの頭を撫でてくれたなんて話もでたらめだったんだとようやく気付いた。
「先にお姉ちゃんと出会っていても私を選んでくれますか?」
「出会っていないからなぁ。今、選んだのが答えじゃダメなの?」
そうだった。邪魔者はもういないんだった。
「ダメじゃないです。私、最後まで諦めないで頑張ってみます」
「うん。何かあったらすぐに連絡して。怖いなら僕の家に泊まっていけばいい」
安心した。さっき感じた恐怖も薄らいでいく。私は念願の好きな人と結ばれて、姉より私が選ばれた。それが事実。それだけで十分『私は変われた』。
「大丈夫です。ちゃんと、おねぇちゃんと向き合って解決させます」
「一つだけ忠告しておくよ。あやかしの言葉に耳を貸すな。惑わされちゃダメだ」
「はい。気を付けます」
学校が終わって家に帰ると、姉の部屋に押し入った。
いつも通り勉強机に向かって好きな小説を読みふけっている。
見た目も行動も姉と変わらない。ならば、私のすることも変わらない。
私は鞄から弁当箱を取り出すと、姉の後頭部に向けて投げつけた。
「きゃあっ」
「私の邪魔をしようとしても無駄よ。先輩はもう私のものなの。おねぇちゃんは選ばれなかったのよ。もう死んじゃってるからね」
最後に思いっきり皮肉を込めて言ってやった。
リビングに降りると、お母さんが呑んでいる赤ワインを私も飲みたいと言ってみた。
お母さんはうつろな表情でいいわよ、とそれだけ言うと寝室へ消えていく。
私はお母さんが残したグラスに並々と真っ赤な血の色をした赤ワインを注いでいく。
一口飲むと、口の中に甘さと苦さが広がり、すぐに頭がくらくらと揺らぎ始めた。
現実と夢の境が曖昧になる。私はお酒に弱い。それだけは覚えていた。
先輩と話していて他にも思い出してきたことがある。
私が先輩に一目ぼれしたのはあの時が最初ではない。もっと前だ。
姉をお昼ご飯に誘おうと三年の教室に走って向かっているときだった。
曲がり角で人にぶつかりそうになって、その時も急旋回して来た道を戻ろうとしたらつまづいて、支えてくれたのが先輩だった。
一目ぼれして、その時は名前も聞かずに逃げ出して、後から姉を探すふりをしてクラスを突き止めた。
そうだった。この話は姉が私にした話と同じだ。私はそのあと先輩の後をつけて図書委員だと知って、図書室に通い詰めた。
私はよく姉に先輩の話を聞かせていた。ところが、先輩と姉が出会ってしまったのだ。
本当に寝ぐせを直してもらって、違うところは姉は恥ずかしがっただけということ。
だが、展開は予想通りで、先輩は姉に告白した。そして、姉はあっさり断った。
私が好きな男性だから、という理由もあったけど、主な理由は姉は彼に興味が無かったから。
姉は私が欲しいものをすべて持っていながら、あっさりとそれらをいらないと捨てていく。
これほど姉を憎く思ったことはない。
──だったら私もいらないものは捨ててやろう。
──おねえちゃんなんてわたしにはいらない。
私の失恋を癒すために付き合ってよ、そういって両親が不在の夜に真っ赤な血の色をした赤ワインを開けた。
姉はアルコールに弱い。チョコレートにブランデーが少し入っているだけでも肌が赤くなる。
私は姉に赤ワインのボトルが一本空になるまで呑ませて、自分は一口も飲まなかった。
完全に泥酔している姉の服を脱がせて浴槽に沈め、抵抗も弱弱しい姉を溺れさせて殺すのは簡単だった。
そのあとは、二本目の赤ワインを開けて、つまり今呑んでいるこの赤ワインをグラス一杯呑んだら昼まで泥酔していた。
自分もここまで酒に弱いと初めて知った瞬間だった。
帰宅した両親は浴槽でおぼれ死んでいる姉を見てパニック。
警察が来たが、酔って風呂に入り誤ってそのまま眠ってしまった事故死だと判断した。
私は酒を飲んだ理由を失恋したからだと真実を混ぜることで信ぴょう性が増し、警察にも疑われることはなかった。
そして、姉が焼かれて灰になり、煙となって空に昇っていく姿をお母さんと手を繋ぎながら見て、邪魔者もようやくいなくなったし、『私は変わらなくちゃ』と決意したのだ。
すべてを思い出してハッと顔を上げた。
一時間ほど寝ていたようだ。
姉の姿を真似た化け物か、地獄から舞い戻ってきた本物の姉なのか知らないけれど、また邪魔をするというのなら、また殺してあげなくちゃ。
キッチンから包丁を取り出すと、また姉の部屋に押し入った。
姉は私を待ち構えていたかのように、ベッドの上に優雅に座って微笑んでいる。
包丁を構えてやってきた私を見ても怯む様子が無い。
違う。これは姉じゃない。悪寒が走る。得体のしれない化け物だ。
「あ、あんた誰よ? おねぇちゃんはこんな度胸のある女じゃないわ」
「サンタクロース」
姉と酷似した口から飛び出してきた声は爽やかな青年の声だった。
「ふざけないで!」
「嘘つきで軽薄な彼氏をプレゼントしてやっただろ」
違う! 先輩は私が混乱していると思って余計なことを言わなかっただけだ!
「先輩はあんたみたいな化け物にプレゼントされたんじゃないわ! 私たちはお互いに惹かれあったのよ!」
可笑しくてたまらないというように、姉の姿をした化け物は笑い出した。
「っぷ、っくっく、人間の恋愛感情はメイク一つで決まるのか。化粧をすれば姉に似てるから、お前でもいいかっていうのが彼氏の方の決め手だったぞ」
脳みそが沸騰するほど全身が赤くなった。
殺してやったのに、もう死んでいるくせに、それでもまた姉に負けたのか。
「大体、怪奇現象を目にした途端に妹も死んでしまうなら体だけでも頂いておこうとか考えて家に誘う軽薄な男のどこがいいんだ?」
どこまでも馬鹿にして。一番嫌いな姉の顔で、その顔でその口から侮辱されるのが最も許せない行為だ。
「殺してやる!!」
「酔っているからやめておけ」
「うるさい! 二度と蘇るな化け物!!」
真っ直ぐに包丁は姉に酷似した体の心臓に深く刺さった。
肉にめり込んで血が噴き出す。包丁が骨に当たる感触もあった。
ごほ。口から血も吐き出した。絶対に死んだはずだ。
私は急いで部屋から飛び出して家の外に出た。
自転車にまたがると、駅まで急ぐ。
化け物の言葉を信じたわけじゃない。だけど、先輩の口から、姉に似てるから私を選んだんじゃないと聞きたかった。
体中の筋肉を動かして猛スピードで自転車を走らせていたけれど、ミラーや信号はちゃんと見ていた。
青信号になってから交差点を渡る。
──なのに、迫る駆動音。
白いランプが私の顔を照らす。大型のトラックが赤信号を無視して突っ込んできていた。
運転席を見ると真っ赤な顔をした運転手が今私に気づいたように驚いた顔をしていた。
「こいつ酔っ払い──」
地響きのようなブレーキ音が鳴り響いたときには爆発したような衝撃音も同時に響き渡る。
視界は赤い雨で濡れていた。
トラックとガードレールに押し潰された私の体には金属製の自転車が折れて突き刺さっていた。
流れる赤い雨が噴き出した自分の血だと気づいた瞬間──心臓が破裂した。
☆☆☆
「人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか?」
酔っ払い運転のトラックに撥ねられて、トラックに引きずられたままガードレールと自転車にも押しつぶされて圧迫死。
見事な破裂っぷりを煙草をふかしながら眺めていた。
「そういえば耳を貸すなと忠告されていたか」
今更思い出して笑いがこみ上げてくる。
せっかくだし、血と魂は喰っておくか。
それにしても人間の体はこの程度の衝撃で風船のように破裂するほど脆弱なのか。
おまけに恋愛観念も軽薄すぎる。
「
急に心配になってきた。
確か今は中学生だよな。今のうちに丈夫な体と正しい愛の作法を教えておかねば。
食事を終えると、急ぎ足で街の中へ消えて行った。
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