第22話 ウィンディは研究者

「け、結婚ってどういうことですか……!?」


【沼地の魔女族】代表、大魔女に提示された友好関係の条件。


 それは、【沼地の魔女族】との結婚だった。なんでや!!



「人間にも政略結婚という言葉があるでしょう。それです」


「あぁ、それですか……ってなるかい!」


 そりゃ知り合いも政略結婚したけど、まさか自分がする側に回るとは思わんて!


「そもそも誰と政略結婚するというんです? まさか大魔女様ですか?」


「あら、私は魅力的ですか?」


「おっ……ふへ」


 情けない声が出た。そりゃ大魔女は神秘的で美しいという表現が最も似合う女性だ。魅力的に決まっている。


 そんな私が面白くないのか、ウルもメルトもリンも私にナイフのような視線を向けていた。くっ……良心が痛む。


「光栄ですが私はこの場を離れるわけにはいきませんので、彼女を推薦します」


 そう言って大魔女はパンパンと手を2回叩いた。


 すると部屋の奥のカーテンが別れ、奥から少女が現れた。

 水色癖っ毛のもこもこ髪が特徴的で、自信のない表情を何とか隠そうとぎこちない笑顔を浮かべた少女。


「貴女、ウィンディじゃない!」


 ウィンディがドレスアップして私の前に現れた。


 ウィンディとは初対面ではない。先ほどリンが体調を崩した時、キスで治療したところを見られたのだ。そこから三股だのキスに優劣を付けてるだのあらぬ疑いをかけられている。


 印象は最悪なのではないか、と思っていたけど……


「わ、私はウィンディと申しま、す。ラティーナ様の婚約者として、魔法の道を極め、この人生を捧げま、す」


 ドレススカートを綺麗にカーテシーしてみせ、私に敬意を払った。


 さっきは魔女帽子を深く被っていたし、あらぬ疑いを晴らすのに精一杯で気が付かなかったけど、この子……可愛いわね。


「ご主人? 鼻の下が伸びているのです」


「の、伸びてないわよ!」


 あのウルが目を細めて私を見つめる。やめて……そんな目で私を見ないで! ちょっと可愛い女の子に弱いだけなの!


「ねえ大魔女さん、どうしてこの子がラティの結婚相手なわけ?」


 恐れることなくリンが核心をつく質問をした。


 大魔女は少し困ったように頬に手を置き、語り始める。


「この子はあまり部族に馴染めていないのです。それなら新しい役目を与えるのが双方にとって最善でしょう?」


「そんな……それじゃあウィンディの気持ちは!?」


「それは今から深めれば良いでしょう。【 Isolation 】」



「……へ?」


 突然に、私とウィンディは2人だけの空間に移された。真っ白で、何もない空間だ。


「なになに!? 瞬きした間にどこに来たわけ!?」


 私はウルたちの元に帰ろうと空間の壁を殴った。


「無駄で、す。これは大魔女様の隔離魔法。あの方が満足されるまで私たちは出られま、せん」


「何よそれ……」


 異次元の魔法だ。そんなの私だって3ヶ月以上は訓練しないと習得できないだろう。そもそも思いつくのがすごい。



 私は抵抗を諦めて、大魔女の言う通りウィンディと仲を深めることにした。


「ウィンディって私と出会った時から政略結婚されるって知ってたの?」


「い、いつか【沼地の魔女族】に政略結婚が必要になった時、わ、私が差し出されると言われてはいま、した」


「そうなんだ」


「ま、まさか相手が人間……しかも女性で、し、しかも三股してる人に嫁入りすることになるとは思いませんでし、た」


「誤解だっての!!」


 私の大声にウィンディの体がビクッと跳ねた。


「ウル・メルト・リンが勝手に結婚って言ってるだけで、結婚してるつもりはないから!」


「で、でもキスしてました、よね?」


「それは……治療よ治療!」


「じゃあ、本当はキスしたく、ないんです、か?」


「えっ?」


「えっ?」


 キスしたくないか?


 え、いやそれはどうだろう。


 ウルもメルトもリンも可愛い。可愛い女の子とキスすると幸せな気持ちになる。実際、3人とキスした時はすっごく心が満たされた。


 いや別に積極的にしたいわけじゃないわよ? でも向こうが求めるなら仕方ないなと応じることはできるくらいの気持ちなわけで……。


「た、たまにならいいわよね」


「やっぱり、き、キス魔……」


「だから誤解なのに〜!」


 くそ〜! きっぱり「したくない!」と言えない自分が情けない!



 しばらく無言の時間が流れた後、珍しくウィンディの方から口を開いた。


「で、でも。本当はあ、安心したんで、す」


「安心?」


「わ、私。人付き合いが、にが、苦手で。男の人とかこわ、怖くて」


「なるほどね。私で良かったってこと?」


「そ、そこまでは……」


 何でやねん。そこは私で良かった、嬉しい、大好きって言えよ。


「……ねぇ、ウィンディ。どうして部族に馴染めないのか、聞いても良い?」


「え?」


 この質問は博打だった。誰だって馴染めない環境の原因など語りたくないだろう。


 でもウィンディと政略結婚する上で、この質問は避けては通れない気がしたのだ。


 ウィンディはさらに俯いて、でも強い目で語り始めた。


「【沼地の魔女族】は魔法をさ、最優先しま、す。中でも実践的な魔法が、優先され、ます。で、でも私は、研究者なん、です」


「研究者? もしかして持ってたキノコが関係あるのかしら?」


 初めてウィンディと会った時、彼女はザルにカラフルなキノコを入れて運んでいた。きっと山で取ってきたのだろう。


「は、はい。魔法研究で、使いまし、た」


「ねぇ、どんな研究をしてるか聞いても良い?」


 私がそう質問した瞬間、ウィンディはバッと顔をあげて私との距離を詰めた。




「は、はい!!! 私は魔法使いでない生物も魔法を使えるようになる研究をしているんです! 例えばキノコだと魔力を有しているものがあるのですが、その成分を食べたマウスが魔法に似た回路を使えるか実験していたんです! これを応用すればきっと魔法が使えない種族や個人でも魔法が使えるようになるんですよ!」




「お、おぉ!」


 ウィンディの圧に押され、私はのけぞった。


 すごい熱量だ。しかも饒舌に話せている。いつもは詰まったような話し方なのに。


 熱が下がったのか、ウィンディは徐々に萎れて小さくなってしまった。


「ご、ごめんなさ、い。私、研究のことになると周りが見えなくなっ、て」


「ちょっと驚いたけど、それだけ熱を持って取り組めることがあるのは素晴らしいことよ。私は応援してる」


「ら、ラティーナさん……」


「ねぇ聞かせて。魔法が使えない種族や個人に魔法を与えたい理由を。きっとわけがあるんでしょう?」


 私の質問にウィンディは懐かしむような、悲しむような顔を見せた。


「……私には姉がいまし、た」


「いました……って」


「【沼地の魔女族】は15歳までに魔法の才に目覚めないと、間引かれるんです」


「……なんですって!?」


 間引き。


 魔族の中で行われていることは知っていた。魔族領の中には格差があり、また一枚岩でなく交易も少ないことから資源不足に陥りやすい。だから使えない個体は間引かれるという。



「優しい姉でし、た。で、でも。魔法が使えなかったから……」


 間引かれた。なんと残酷な話だろう。


 私はウィンディを抱きしめる。


「ふぇ!?」


 ふわっとした彼女の優しい感触を抱きしめて、もっともっと強く抱き寄せた。


「貴女の研究は尊いものよ。私も協力したい。【誓いの国】には様々な魔族がいるわ。私だって研究に利用して良い。だから貴女の優しい研究を、絶対に果たしましょうね!」


 胸に抱くウィンディがぷるぷると震え始めた。


 そして……


「ラティーナさん……ひっ、うっ、うっ……」


 ウィンディは私の胸の中で泣いた。


 きっと、誰にも相談できなかったんだと思う。

 きっと、誰にも理解されなかったんだと思う。


 だから、今は目いっぱい泣かせてあげた。

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