第20話 百合キスは忘れた頃にやってくる

 靴紐を結んで、リュックサックにリンの作ったお弁当を入れて、準備OK!


「さぁ、行くわよ魔族領!」


 ウル、メルト、リンが静かに頷く。


 誓いの丘から見て東に進むと、そこから先は魔族領。いつ死んでもおかしくない魔境だ。


 味方に大陸最強のメルトがいるからと油断してはいけない。どんな不意打ちで死ぬか分からないからね。


 ウルによると、灰狼族の村があった場所はここから東へ向かい、少し南下したところにあるらしい。その途中に、沼地の魔女の村があるという。


「じゃあ私の魔法を3人に施すわよ」


「これ、何の魔法なの?」


「リンは初めてよね。空を滑空して素早く移動できる魔法よ」


 王都に行った際もこれでひとっ飛びだった。かなり便利な魔法で気に入っている。


「……じゃあスニーカーの紐とか確認する意味あった?」


「念のためよ。念には念を入れてさらに念を入れる。それが魔族領での生き方だから」


 気をつけすぎるに越したことはないのだ。


「さぁ行くわよ! まずは沼地の魔女族の村に入るわ。滑空してると攻撃される可能性があるから、沼地の前で着陸する。じゃあウル、先頭で案内をお願いね」


「任せて欲しいのです。では行くでーす!」


 ウルは元気よく滑空していった。それに続いてメルトが慣れた様子で飛び、私がリンの手を取って飛び立つ。


「わわっ、わぁ!」


「すぐに慣れるでしょう? 気持ちいいものじゃない?」


「うん! これは凄いね!」


 リンは目を輝かせていた。楽しんでもらえたなら何よりだわ。


 しかし丘を越えると話は変わってくる。森の葉の色が黒みがかり、異界感と不気味さが背筋を凍らせる。



 この緊張感、久しぶりね。あのクソ勇者と即席の仲間と魔族領に入った4ヶ月前ぶりくらいだわ。


「ん……」


「リン?」


 振り返ると、後ろで滑空するリンの顔色が青ざめていることに気がついた。


 私は前方を飛ぶウルとメルトに非常信号を送り、着地できそうなところを探してリンを抱えながら着地した。


「リン、大丈夫? しっかりして!」


「う……」


「どうして……出発前はあんなに元気だったのに!」


 魔族領に入った瞬間、気分が悪くなる者は過去にも診たことがある。しかしリンは魔族。魔族領に入って気分が悪くなるなどあり得る話ではなかった。


「とにかく治癒魔法を……」


 と治癒魔法を使おうとした私の手を、メルトが掴んで止めた。


「メルト!? どうして!」


「魔力の無駄。この症状に覚えはない?」


「え? 高熱で……苦しそうで……あっっ」


 すっごい冷や汗を背中に蓄えた。


 忘れてた。忘れてしまっていた。そうだった!



 私と契約した(つもりはないけど)魔族は、私の魔力にあてられて気分を崩すんだった!


 そしてその唯一の治療方法は、私からのキス。


 口で私の魔力とリンの魔力を繋いで、整えることだけが唯一の治療方法なのだ。


「え……まさかここでキスするっていうの!?」


 ここは魔族領。しかも薄暗くて木々が黒っぽい嫌な空気が立ち込める場所だ。魔族領の中でもさらに最悪寄りである。


「そう」


「涼しい顔で言うな!」


「ちょ、ちょっと待って欲しいのです!」


 私とメルトの話をウルが遮った。


「き、キスって! ウルもこの前高熱を出したですが……もしかしてウルとご主人、ちゅ……ちゅ〜したですか!?」


 あっ……そうか! ウルはリンと違って数時間高熱で苦しんでいたから気がついてないのね! 


 ウルは顔を真っ赤にして私を見つめる。その顔は何か物欲しそうな顔だった。


「ま、まさか……」


「ウル、記憶がないので……メルトとリンはズルいと思うのです」


 やっぱりー!


 やばい、やばいわよこの流れ!


「なるほど。つまり犬は2回目のキスを要求すると」


 ウルは首だけ動く人形のようにコクコクと頷く。


「なら私も2回目を要求する。犬だけ2回はズルい」


「え、ちょ、待っ……」


 予想通りやばい方向にアクセルをベタ踏みするウルとメルト。


「とりあえず! いったんリンを救ってからね!」


 いったん2人を黙らせて、私はリンの黒マスクを外した。


「い、嫌っ……やめ……」


 意識が朦朧とする中でもマスクは外したくないらしい。裂けた大きな口が露出するが、私はそれを怖いとは思わない。


「リン、すぐ楽にしてあげるからね」


 リンの大きな口に私の唇を重ねた。


 ぬるっとした温かい感触が、口いっぱいを飛び越えて頬にまで伝わる。不思議な感覚だけど、クセになりそうで危険だ。


 ……って何味わってるのよ! リンの魔力を整えないとなのに!


 私はリンの唇をハムッとして、魔力の流れを探った。2回目だからすんなり私の魔力を見つけ、リンの魔力とならしていく。


「んっ……」


 リンの顔色がみるみると良くなっていく。成功ね。


「ぷはっ」


 リンの唇から離れ、そっと黒マスクを付け直した。病み上がりに暴れられたら悪化しそうだものね。


「さぁラティーナ、次は私たち」


「ムードのカケラもねぇなぁ!」


 それでいいのか乙女たちよ。



 もうこうなったら仕方ない。2人ともキスするまで終わらないわね。


 諦めた私がメルトとウルに近づいた、その時だった。



「あ、あのー……。村の入り口で何してるんです、か?」


「ほへ?」


 唐突に声をかけられ驚き、バッと横を見た。


 すると紺色の魔女帽子を深く被り、水色のもこもこ天然パーマを隠している少女が心底気まずそうに私たちを見ていた。


 手にはザルが握られており、中には色とりどりのキノコが入っている。


 この見た目、怪しげなキノコ、まさか……


「あ、あれ? あなた達……何族です、か?」


「沼地の魔女族……?」


 どうやら友好関係を結ぼうとした部族の一員に、ちゅぱちゅぱしてる所を見られたようだ。うっひょー、死にてぇ!

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