第12話 落ちこぼれサキュバス
「ん……んん」
メルトが巣に帰り、ウルがすやすや寝息を立てている深夜。
私は原因不明の寝苦しさに苛まれていた。
……おかしいわね。規則正しい時間にベッドに入ったのに、何でこんなに変な感じがするのかしら。
ちょっと暑いわ……汗ばんできた。それになんかちょっと、お腹のあたりがきゅんとする。
『ご主人♡』
「ひぃ! う、ウル?」
右耳からウルに囁かれ、体がビクンと跳ねた。
『ラティーナ♡』
「め、メルト!? 巣に帰ったんじゃ……」
あれ……? 何これ……何だかふわふわする……。
いいわね。このまま気持ちいい波に流されて溺れてしまいたい。そしたらきっと楽に……
『ご主人♡』
『ラティーナ♡』
『『いっぱい良いこと、シよ?』』
私はカッと目を開いき、飛び起きた。
「いや女同士やろがーい!」
「ひゃあ!?」
ん? 何か少女の声がした気がするぞ。ウルは寝室を分けているし、ウルではない。
「びっくりした……夢の途中で中途覚醒する? 普通……」
「だ、誰!?」
私に馬乗りする少女は、長い黒髪と黒マスクが特徴的で艶やかな雰囲気を持っていた。
しかしギラリと黄金色に光る眼。これだけは獲物を狙う狩人のような鋭さを有している。
「勝手に人の家に入り込んで、その上家主に馬乗りするなんて野蛮ね。そこをどいて名乗ってくれる?」
私の言葉に黒マスク少女はクスッと妖艶に微笑むだけだった。
やがて答えを見せるかのように、魔力を放出。
少女の頭に悪魔のような耳が。お尻から黒く先端がハート型になった尻尾が生えた。
「やっぱり貴女サキュバスね」
「ウケる。説明なしで分かるんだ。お姉さんもしかしてエロい人?」
「んなわけあるか!」
こちとら人類で一番清楚な人生を歩んだ聖女やぞ! サキュバスにだけは清純さについて口出しされたくない!
「貴女がサキュバスってなら目的は私の精気・魔力ね! 淫らな夢を見させて文字通り夢中になっているところに血を吸うつもりだったんでしょ!」
「へー、ウチらのこと詳しいじゃん♡。ファンだったりする?」
「アホか!! 討伐してた側よ。私は聖女ラティーナ・マーシャル! 私の魔力を奪おうなんて100年早いわ!」
私が名乗るとサキュバスは分かりやすく顔に雲がかかった。
「は……? 嘘でしょ? 聖女ってあの……?」
どうやら私の噂は魔族領でも広がっているようだ。
「これはちょっとヤバいね。退散させてもらうよ!」
「どうぞご自由に。2度と来ないでよね」
「は……あ……い…………」
「は?」
サキュバスは私の上からどき、黒い小さな羽を生やして飛んで逃げようとした。
しかしサキュバスは空中で力無くふらつき、やがて床に落ちて気を失ってしまった。
「な、何事なのです!?」
大きな音を聞き、ウルが飛び起きた様子で私の部屋まで来た。
「うぎゃあ! 変な女がいるのです!」
「……サキュバスですって。とりあえず看病しましょうか」
まったく、ここに来てから変なことに巻き込まれることが多いわね。
サキュバスには治癒魔法をかけた。逆に毒なんじゃねぇかと心配したけど、顔色は次第に良くなっていった。
むしろ、顔色を真っ赤に染めて怒っているのはウルだった。
「許せないのです! サキュバス如きがご主人にえ……エッチな夢を見せるなんて!」
「夢の中のウル、すっごいエッチだったな〜」
「ウルが出てきたですか!?」
怒りの赤色から恥ずかしさの赤色に変貌したウル。可愛い。いじりがいがある。
メルトにも報告を……と思ったけど、あの子なら調子に乗って実行に移しそうだ。やめておこう。貞操の危機を感じる。
「さて、このサキュバスはいったい何なのかしら」
ここは誓いの丘。魔族領と人間領の中間地点にあり、滅多に生き物が立ち寄ることはない。
ウルは部族が人間に襲われて、命からがら逃げてきたらしいし、まさかこの子も追われていたのだろうか。
「ん……」
「あ、目が覚めた?」
考えている内にサキュバスは目を覚まし、ハッとした目で私を見た。
「助けたお礼に聞きたいことに答えてくれる? 何で誓いの丘に住む私の精気を吸おうとしたのか。そして貴女がすぐ倒れた理由を」
サキュバスは一度渋い顔を見せたものの、観念したようにため息を吐き、答えを紡ぎ始めた。
「まずウチはリン・フランボワーズ。リンって呼んでよ」
「分かったわリン。それで?」
「ウチはその、サキュバスだけど人の精気を吸ったことがなくて……村でいじめられてたんだよね」
「精気を吸わずにどうやってそこまで育ったのよ」
「家畜とかから……」
「……そう。ごめんなさい」
なかなかに壮絶な人生を歩んできたことは想像に容易かった。
「それでいよいよ限界が来て、人間から精気を吸うことにしたの。でも飛んで人間領へ向かう途中で限界が来ちゃって。そしたら丘に人家があってもうここしかない! って思ったの」
「そういうことか……」
なぜこの家を狙ったか、そして倒れた理由も分かった。
私の治癒魔法は効いたみたいだけど、根本の解決はできていない。きっとしばらくしたらまた倒れるだろう。
「はぁ、仕方ない。リン、とりあえず今日は私の血から精気を吸いなさい」
「ご、ご主人!?」
「仕方ないじゃない。このままじゃこの子、死んじゃうもの」
間接的でも私のせいで死なれては気悪いからね。
「ほ、本当にいいの? 本当にウチが……吸って良いの?」
リンの顔は恍惚としており、人生初めてのまともな食事に感動しているようだった。
「いいわよ。なるべく痛くしないでね」
私はパジャマを引き伸ばし、首元を露出させた。
その瞬間、リンは目の色を変え、さらに黒マスクを白い牙が貫通した。興奮状態だ。
やがてリンは無抵抗の私の首にかぶりつき、じゅっと音を立てて血を吸い上げた。
「ッ……」
血を吸われるってこんな感覚なのね。でも不思議と痛く無いし、ちょっとくすぐったいような気持ちいいような。
「んぐっ! ぐっぐっぐっっ」
リンはすごい勢いで私の血を飲んでる。大丈夫かな、私出血多量で死んだりしないよね?
不安になったその時、ウルが短剣を抜いてリンに突き立てた。
「い、いつまで吸ってるですか!」
「っぷぁっ」
短剣に怯えたのか、リンはそこで吸血を止めた。
「すっっごい……美味しかったぁぁぁ」
「そりゃ良かったわね」
リンは黒マスクが外れ、素顔が見えていることに気づかず噛み締めているようだった。
「リン、あなた口が裂けてるの? 治してあげようか?」
リンの口は頬にかけてほんのり裂けており、糸で縫われていた。
私がそう提案した瞬間、リンの顔が青ざめた。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ど、どうしたのリン!」
「やめて! ウチを見ないで……やめてぇ」
リンはぽろぽろと泣き始めてしまった。
いったい何なのか。私はウルと目を見合わせて、首を横に振った。
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