第2話 【ノアの頭脳戦。】


【ビスケット争奪戦。】


誕生日会が終わった後、ノアは誰よりも早く部屋に戻って行った。

少しして戻ってくると、何事もなかったかのようにしれっと立っており、ポケットだけが、やけに膨らんでいた。


いつも冷静な孤児の子でさえ、(あれは偽物だ)

と思い込んだ。

ノアは普段から”孤児達をまとめる役”で、

仕事も真面目にこなす頼れる少年。

部屋の掃除、年下の子の世話、そして赤子

のおしめ替えの手伝いまで——どれも淡々と、

正確に。

それはもう”いつも通りの光景”だった。


だからこそみんなは考えた。

もしノアが本当に隠すなら、絶対に”いつもしない行動”渡るはずだ。

だから、彼の普段の行動にはトラップ性がないと判断したのだ。


こうして孤児院では、誕生日の後にキングビスケット大捜索が始まった。

だが、どこを探しても、クッキーは見当たらない










           2、




           





【焦り。】


月曜日から火曜日まで、ノアの は普段通り。

本当に普段通りすぎて、孤児達は逆に焦り始めた


しかし水曜日———。

ノアの”尾行巻き”が本格的に始まった。


ノアは外の土をスコップで掘り

その中に”アルミの箱”を丁寧に埋めた。


「ほら、本物あれだよ!」


「いや、絶対罠。ノアはそういうやつだよ」


意見が割れる。


その後ノアは珍しく長時間トイレにこもった。

不審に思った孤児達が調べると——


積み上がったトイレットペーパーの山の上に、

ビニール袋が1つ。


「これも罠?」


「いやっ、こっちかも」


結局みんなは決めた。

「土曜の朝ノアが院長に見せる前に本物を奪おう。」


その日ノアは、何事も無かったかのように仕事をこなし続けていた。赤子おしめ替えを手伝いながら、ゴミ箱へおしめが入った袋を捨てに行くいつもの動作。


その時シスター・エレノアが、落ちていたゴミを拾いながらぼやいた。


「もう………なんでこのゴミ箱ばっかり毎日変えないといけないのかしら。他は週末だけで十分なのに。」


何気ない一言だった。

だがその瞬間、アリスだけが気づいた。


ノアの瞳が微かに———キラリと光った事を。











           3、







【対話】


その日の夕暮れ、ノアはアリスに声をかけた。


「アリスは何か欲しいものないの?」


アリスは澄んだ淡い瞳で笑う、


「私はクッキー入らないかな、欲しいもの………特にないから。」


「アリスらしいね。」


「ノアは、欲しいものあるの……?」


「うーん、欲しいものは無いけど、早く大人にはなりたいな。」


「何それ……」アリスがクスッと笑う。


「えっ?おかしいかな?」

ノアが照れくさそうに答える。 


———ここで語り手が静かに解説する。


【人は、自分の心の底から信じたい相手ほど、その言葉を疑わなくなる。

“自分が信じてあげないと可哀想”という心理が

働くのだ。

これは、天才少年ノアも例外では無かった。】


「ねぇノア、隠し場所って何処なの?

外のやつも、トイレのやつも、どっちも”嘘”

なんでしょ?」


ノアは笑った。


「やっぱり、アリスにはバレてたかぁ」


「だって…ノア本当のこと言ったことないし。」

アリスは両足を軽く、交互に振った。


ノアは目を逸らし、静かに話し始めた。


「人はね、自分の思い付かない事や、理解できない事が起こると、

“これは無理だ”って勝手に思い込むんだ。

嫌な場所だったり、汚い場所を避けるから、

相手も避けると思い込む。それでも大抵の人間は

一度は疑う。だから最初に相手が絶対にやらないだろうと予想してる、行動を大胆にとって、

2回目の”その行動”をそれが

”さも当たり前かのように見せる”と脳が無意識にデジャブとして認識して、疑わなくなるんだ。」


「ふーん。」

不意にアリスが、そう呟く。


すると———————



バチッツ


「痛ったっ」


”まただ”

静電気が走ったような痛みがくる。

ボワーンと、

————“一瞬だけ周りの音が遠のく。


「…………!?」




「あ…………とう。……一生………するよ。」



頭の中で男の声がした気がした。


………………?。


「アリス?どうかしたの?大丈夫?」


「……大丈夫、何でもない。」



———アリスは静かに頷いた。








   

           4、







【勝負の行方へ。】 


土曜日、孤児達は先に院長グレイスの元へ袋を持って行った、そこにノアが到着し言った。


「残念。それは偽物さ。」


その時、丁度いつも通り、シスターがゴミをまとめたキャスターを押しながら通りかかった。


「本物はここにある。」


ノアはゴミ箱に腕を突っ込み、おしめを入れた、ビニール袋を取り出した。

誰もが文句のつけようがない———完全な勝利

の姿だった。


孤児達も頷き、ノアの勝利を認めた瞬間。


ノアが袋を開けると—————————————




—————【中は”空だった”】




ノアの顔は真っ青になる。


その後ろから、小さい足音が近づいてくる。


「………院長、これ。」


✖︎✖︎✖︎———が、紙袋を手にしていた。










           5。






【敗北。】


結局”KING BISCUIT”

キングビスケットの勝者は———


“アリス”の逆転勝利。


という形で幕を閉じた。




その瞬間、孤児達が一斉に叫ぶ。


「えええぇぇっ!?

ノアが負けて、アリスが勝ったっ!?」


ノア本人すらしばらく言葉を失っていた。

“天才”の異名を持つ彼でさえ、まさかアリスに先を越されるとは思っていなかった。


アリスは、静かに院長の前へ歩き、

小さく丸めた紙袋を差し出した。


院長グレイスは驚きながら受け取り、中を除く。


「………本物のクッキー……!!」


ノアは焦って言った、

「なんでっ、待ってよ、だってアリスは

……いらないって—————


いやっ ”そんなことはどうでも良い”


そもそも、”いつ”すり替えられた??


「そんなっ。まさか、、、、、、あの後。」


「じゃあ、あの会話も全部策略で———————


ざわつく孤児達。ノアは目を見開き口を半開きにしたまま固まっていた。


——そしてアリスが勝者として何を望むのか、

全員が息を呑んだ。


アリスは少しだけ考えてから、はっきりと言った


「………………お金が欲しい。」


「お、お金…………ですか?」

院長グレイスは明らかに戸惑った。


シスター達も騒ぎ始める。

「アリスが?」

「あの子、お金なんて興味なかったのにっ!!」

 

院長グレイスはしばらく沈黙した後、

ゆっくりと頷いた。


「……まぁ、良いでしょう。ルールはルールです

大金でなければ、”ご褒美として渡します”」


「院長、本当に良いんですか?」

シスター・ミリアムが不安そうに聞く。


「えぇ。アリスは昔から何かと”物欲のない子”

でしたから、何かに興味を持つことは、むしろ良いことです。」


「………ほんとっ?」

アリスの顔がパァと明るくなる。


「月曜日までに用意しておきます。楽しみにしていてくださいね。」


だが、シスター達は信じられないという表情だった。

“アリスは物欲がない子”………その認識が揺らいだことに、誰もが動揺していた。


院長も同様にまだ混乱を隠せていない。

その空気がアリスの笑顔を際立たせていた。




————勝者はアリス。

天才ノアすら超えた、小さな逆転劇だった。




【次の章へ続く。】




















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