5-8 旅の終わり
「塩留さん、顔を上げてください。そろそろ視聴者の皆さんが痺れを切らしてしまいますよ」
「あぁ、そうでしたね。気を取り直して、ライブリリィからの発表をさせていただきます! 皆様、心の準備はよろしいですか?」
鉄治が問いかけると、ルナのコメント欄に緊張が走る。
トールのコスプレをした愛未が登場して、鉄治が散々『リベルナ』の話をして、本屋ルナの名前まで出して。それで『リベルナ』関係の発表が何もない……なんてことはないと信じたい。
だけど今までの話は鉄治が個人的にしたかったものだ。それとこれとは話が別、という可能性も無きにしも
鼓動が速くなる。落ち着かせるようにオレンジジュースを一口飲むと、鉄治がゆっくりと口を開いた。
「まず、僕らの代表作としてカントールシリーズがあります。しかし、人気の高いカントールシリーズの中にもマニアックなものがありまして。それが『音のカントール』になります」
――『音のカントール』。
やはり来たかと思うと同時に、結果報告会のコメント欄がわあっと盛り上がる。
「ということで、『音のカントール』のリメイク版の発売が決定しました。元々隠れファンが多い作品でして、実は……なんとビックリ、企画自体は数年前から動いていたんですよ。来年発売予定ですので、皆さんお楽しみに!」
ええええ、とコメント欄が驚きと喜びの声で満たされる。
リメイク自体は想像通りだが、まさかとっくに企画が動き出しているとは思わなかった。来年発売予定なのもビックリで、『音のカントール』ファンからは歓喜の声で溢れていた。
しかし――驚くのはまだ早かったようだ。
「つまり、本当の意味で『隠れた名作再生プロジェクト』きっかけになるのは『リベルナ』だけ、ということになります」
一瞬、鉄治が何を言っているのかわからなかった。
こくりと息を呑んで、結果報告会の画面に集中する。この時ばかりはルナの様子を気にすることができなかったが、きっと自分と同じような表情をしていることだろう。
「これから企画が進んでいくという段階なので、発売はまだまだ先になりますが……『リベルナ』のリメイクが決定しました」
はっ、と自分の息の吸う音がした。
頭の中が真っ白で、何も考えられなくて、ただただ視界が滲んでいくのを感じる。もしかして自分は今、泣いているのだろうか? しっかりと涙が頬を伝っているはずなのに、それすらも理解できなくて。
嬉しいという感情に溺れる。
上手く呼吸が出来なくて、口の隙間から情けない声が漏れ出た。
「う、ぐ……」
駄目だ。
このままでは駄目だ。
望は両手で目元を拭い、前を向く。
まずわかったことは、本屋ルナのコメント欄はお祭り状態だということだ。「おめでとう」と「ありがとう」でいっぱいの優しくて温かい世界。
やめてよ、と思う。もう充分だよ、と思う。
眩しすぎるその光景を見ていたら、瞳がまた潤みそうになってしまうから。
「……ルナちゃん」
ルナはと言うと、ピタリと動きを止めていた。
ミュートをしているのか声もまったく聴こえない。望と同じような情けない状態になっているのだろうか? だとしたら嬉しいな、なんて望は思ってしまう。
すると、
「えっ、あ……玲汰くん」
こんなタイミングで玲汰から電話がかかってきてしまった。
いや、電話がかかってくるのはむしろ当然と言えるのだが、如何せん今は涙腺がガバガバ状態なのだ。恥ずかしいったらありゃしないが、出ない訳にもいかない。
以前の美以子といい誰かに涙声を晒してばかりだなと思いつつ、望は意を決して「もしもし」と言う。大丈夫。今のところはバレていないはずだ。
『……っ、マドカ。今の、聞いてたか。リメイク決定だってよ。……ごめん、な。上手く喋れてるかわかんねぇや』
「…………」
泣いている。
はちゃめちゃに泣いている。
必死に隠そうとした自分がむしろ恥ずかしく感じるくらいの清々しい涙声だ。
『っ、……なんだよ。大袈裟だって言いたいのか?』
「いや、違う。ただちょっと…………夢じゃないんだなって思って」
だんだんと声が上ずってくる。
玲汰は今、自分と同じような感情に満たされているのかも知れない。そう思うとやっぱり鼻の奥がつんとして、決して夢ではないのだという現実に心が震える。
「嬉しいよ。嬉しくてたまらないんだよ。……玲汰くんも、同じように思ってくれるんだね」
『当たり前だろ。「リベルナ」とか、本屋ルナとか。今まで知らなかった楽しいことを教えてくれたのはお前らなんだ。こんなにも心が躍る経験も初めてで……本当に、感謝してもしきれねぇよ』
「それは……流石に大袈裟だって思っちゃうけど。でも、違うんだよね」
『あぁ、そうだな。……それにしても楽しみだなリメイク。生きる理由ができた』
玲汰が無邪気に声を弾ませる。
泣いたり、笑ったり、心が満たされたり。玲汰が「生きる理由」だなんてオタクみたいな発言をして望がひっそりとニヤニヤしたり。
きっと、今ほど特別な瞬間はないのだと感じた。
***
玲汰と喜びをわかち合って、結果報告会の生配信もすべて見届けて――残るはルナの配信だけになった。
『先輩方、改めて言わせてださい。私のことを応援してくれて、「リベルナ」に大きな愛を向けてくれて……本当に、ありがとうございましたっ』
明るく言い放ちながら、ルナはお辞儀をする。
『私がデビューする前、VTuber準備中の時から交流があった方々。「隠れた名作再生プロジェクト」が始まって、「リベルナ」を応援するために私のことを知ってくださった方々。配信中にコメントをくださったり、感想を呟いてくださったり、ファンアートや切り抜き動画だったり……楽しみながら布教してくださった方々。どの応援方法でもすっごく嬉しかったですし、力になっていました。……ホント、何度お礼を言っても足りないくらいですよ』
言って、ルナは照れたようにへへっと笑う。
本屋ルナ。
本に囲まれた地下都市「アンダービブリ」からやってきた十五歳の少女。マリンブルーのミディアムボブに、黒縁眼鏡。ブレザーにエバーグリーンのローブ。そして、月の紋章が描かれた魔導書。
彼女のモチーフは本と月だ。名前も容姿も『リベルナ』の影響を受けていることは、望も初めから気付いていたことだった。
好きなのだ。
心の底から、『リベルナ』のことが。
名前も、容姿も、VTuberになった目的も。すべてが『リベルナ』一色で、本当に笑ってしまうほどだ。
だけど『リベルナ』に対する情熱なら望も負けていなくて。
『それから、動画編集をしてくれたマドカさんにも感謝の気持ちでいっぱいです。動画版きっかけで私を知ってくださった方も多かったですし、何より……伝えたい部分をしっかりと組み込みながら編集してくれました。やーもう、本当に彼は天才ですよ』
ふんす、と何故かドヤ顔で頷くルナ。
コメントでは即座に「どうしてルナちゃんが自慢げなの(笑)」などの突っ込みが飛んでくるが、「動画も良かった!」「情熱を感じた」「イラスト企画も最高すぎた」などの声も多く見られた。恥ずかしくて、望は落ち着かないようにきょろきょろしてしまう。
だけど嬉しい気持ちも確かにあって、望の心はじんわりと温かくなる。
『ですよねっ、イラスト企画も愛に溢れていて……。あっ、それから愛未さんもいましたね。一度対談をさせていただいた三門愛未さん! コスプレは間に合わなかったのかなぁ……なんて思っていたら、まさかのサプライズでビックリでしたよね――』
それからルナの話題は愛未へと変わり、アマンダ婆役の加奈枝、ライブリリィの宣伝広報の鉄治、ムーン先輩、『リベルナ』を愛するすべての人……。
一人ひとりに感謝の気持ちを伝えてから、ルナは最後に囁く。
『本屋ルナと一緒に歩んでくれて、本当にありがとう』
ふっと心が軽くなる。
たった今、一つの大きな挑戦が幕を閉じた。
中心にいるのは本屋ルナだ。でも、ルナに――美以子に「協力してくれないかな」と言われた時から運命が変わった。
単なる『リベルナ』好きでぼっちな高校生でしかなかったはずなのに、不思議なこともあったものだ。
「胡桃沢さんが協力して欲しいって言ってくれたからだよ」
呟き、小さく笑う。
望は決意をする。『隠れた名作再生プロジェクト』は終わったけれど、これからも仲良くして欲しい。……そう、今度会った時に直接伝えよう、と。
他人にとっては些細なことでも、望にとっては勇気のいることだ。
今回のプロジェクトだって、自分にできることを積み重ねていったことでリメイク化という結果を手にすることができた。
だから少しずつでも良い。
前に進むことの喜びを望は知ることができたのだから。
――『隠れた名作再生プロジェクト』。
それは、すべてのゲームファンの夢を叶えるものであり、大好きな作品と再会するためのプロジェクトだ。
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