4-8 大好きだから

 トークショーのあとは質問コーナーの時間がもうけられた。

 まさかのチャンス到来に望は美以子と顔を見合わせる。しかし意欲的な人が多く、最後列の美以子と望はなかなか当てられない。

 質問は「仲の良い声優さんはいますか」とか、「真道さんは塩豆大福がお好きと聞きましたが、おすすめのお店はありますか」とか、「バラエティ番組に出演した時の裏話を聞かせてください」とか。声優専攻の時のような堅苦しさはなさそうだ。

 やはりこれは『リベルナ』の話を聞くチャンス――なのに。


「では次で最後の質問にさせていただきましょうかねー……お、一番早かったあなたにしましょうか」


 司会の言葉により最後の質問が決まった。

 美以子の口がうっすらと開いている。素早く挙手することができなかったのだ。それは望も同じだったため苦笑を漏らすことしかできない。


「あっ、はい。真道さんが今まで演じたキャラクターの中で、特別だなと思うキャラクターはいますか?」


 女性の質問に、加奈枝は顎に手を当てて悩む素振りを見せる。今まですっぱりと答えていただけに意外な反応だ。


「そうねぇ。知っている人は少ないと思うけれど……」


 申し訳なさそうに眉根を寄せてから、彼女は口にする。



「『リベルナ』というゲームのアマンダ婆……かしらねぇ」



 ――と。


 瞬間、美以子と目を合わせる。

 丸々とした葡萄色の瞳は輝きを増していて吸い込まれそうだ。人は嬉しいと感じた時、瞳だけでも抑えられない気持ちを表現できるのだと。

 この時、望は初めて知った。


「もう十年以上前のゲームなのだけど、主人公の成長を描いた素敵なゲームなのよ。……あぁそう、RPGね。息子がゲーム好きでね、『リベルナ』も隣で観ていたことがあるの。息子はリリアナちゃんっていうキャラクターの……あ、ネタバレになっちゃうからやめときましょうか」


 言って、加奈枝は口元に手を当てて楽しげに笑う。司会が「いやいや、十年以上前のゲームならネタバレ関係ないでしょう」と言い、会場も和やかな空気に包まれた。


(いやでも移植とかリメイクするかも知れないし、真道さんの判断は正しいよ)


 まぁ、望は心の中で突っ込みを入れていたのだが。


「アマンダ婆というのが、その名の通りおばあちゃんなんですよ。物語の中でも大事な役どころでね。主人公を導く立場のキャラクターを演じるのはその時が初めてで……。そんな役を任せてもらえたのが本当に嬉しかったのを覚えているわ」


 心が震える。

 単純に嬉しかった。加奈枝が今でも『リベルナ』というゲームに愛を向けてくれているのが。


「演じながら、私も彼女に引っ張られるような気分だったの。……今では私もおばあちゃん役が増えてきたから、またアマンダ婆を演じてみたいわね」


 本当に、作品のファンとしてこんなにも喜ばしいことはないと思う。

 まだ『隠れた名作再生プロジェクト』の結果は出ていないのに、早くも報われたような気持ちだ。


 悔しさとは真逆の、じわりと胸の奥が温かくなる感覚。

 これもまた、前へと進むための大切な感情なのだろう。

 望は何度も美以子と視線を交わす。「マドカくん!」と明るく弾んだ美以子の声が聞こえてくるかのようだ。


(良かったね、胡桃沢さん)


 加奈枝が『リベルナ』の名前を出してくれたのは、別に本屋ルナの配信がきっかけという訳ではない。それでも嬉しいものは嬉しいのだから仕方がないではないかと、望は躊躇いなく笑みを零していた。



 ***



「来て良かったねぇ」


 トークショー終了後、美以子はくしゃりと笑った。

 こんな風に屈託のない笑顔もするのだと驚いてしまうほど、彼女はまっすぐな表情をしている。


「うん、本当に……。心が救われたっていうか」

「ね。そうだよねって思ったもん。『リベルナ』はもっと評価されるべきゲームなんだよ」

「……それこそ隠れた名作だよね」

「今はそうだねぇ。でもその『隠れた』って文字を消さなきゃ。リメイクをして、真道さんにアマンダ婆の新規ボイスを収録してもらう……っていう夢がたった今できたんだから」


 言って、美以子は得意げに笑う。

 叶えられたら良いな、じゃなくて叶える。そんな顔をしていた。


「あっ」


 このまま美以子とは最寄りの駅で解散だ。

 と思っていたら、校舎を出ようとしたところで美以子が立ち止まる。


「ちょっとお手洗い……かわやを借りてくるね。ええっと、そこのベンチで待っててもらっても良いかなぁ?」

「あぁ、うん。もちろん大丈夫だよ」


 わざわざ「かわや」と言い直した美以子を微笑ましく思いつつ、望は頷く。

 このまま現地解散でもおかしくはなさそうだったが、美以子とはもう少しこの浮かれた気持ちを共有したかった。嬉しい提案に心が躍ったのは美以子には内緒の話である。



 何度もお世話になっている噴水前のベンチに座り、望はふうっと息を吐く。

 今日は充実した一日だった。自分の進路にとっても、『リベルナ』にとっても、良い影響ばかりをもらってしまった気がする。


(また来よう。今度は玲汰くんを誘ってみても良いかも知れないし、一人で来てみるのも大事なことかもな)


 望は辺りを見回す。

 体験&トークショーを終えた人達が続々と帰っていく。

 当たり前の話だが、望と年齢の近い人が多そうだ。中にはゲームグラフィック・キャラクターデザイン専攻の体験で一緒だった人も見かけた。向こうが望を見つけて片手を上げると、望もぎこちなく手を振ってあいさつをする。彼ともまた会えたら良いなと思うほど、進路に対する気持ちは前向きになっていた。


 すると、


(…………え?)


 もう一人、望は見つけてしまった。

 いやいやそんな馬鹿なと思ったものの、辺りがざわざわし出したから本物で間違いないのだろう。


 加奈枝だ。

 真道加奈枝がマネージャーらしき女性とともに歩いている。


(こ、こういうのって堂々と表から出てこないよね……普通は)


 確かに望はネットの情報で見たことがある。加奈枝がサービス精神旺盛なタイプであることを。だから声をかけられたら手を振るし、握手を求められたら両手で握り締めるし、誰に対しても優しい笑顔を振りまいている。


 つまるところ、今はプライベートな時間であって気軽に話しかけて良い訳ではない。……なんて言葉は加奈枝に通用しないということだ。


(あぁ、こんな時に限って胡桃沢さんがいないなんて)


 望はそっと眉根を寄せる。

 きっと美以子がいたらすぐさま動き出していたはずだ。

 だけど運が悪いことに美以子はトイレに行ってしまっている。だからこれは仕方のないことなのだ。タイミングが悪かった。ただそれだけの話であって、誰のせいでもない。


(話しかけるなんて、そんなこと)


 できるはずない、と。

 咄嗟に決め付けようとする。だって自分はコミュ障だから。人見知りであがり症で、つい最近までリアルの友達はいなくて、進路だって決まっていなかった。

 そんな自分が真道加奈枝に声をかけるなんて、無理に決まっている。


「……っ」


 ――嫌だ。


 望はベンチから立ち上がる。加奈枝は視界の端にいた。

 まだ間に合う。だから動けと自分を鼓舞こぶする。たった数ヶ月で自分は変わった。美以子と仲良くなって、本屋ルナに協力して、玲汰という友達ができて、やりたいと思えることも見つけられた――そんな自分なら、きっと。


 思い切り息を吸う。だけどなかなか声が出ない。苦しくて、情けなくて、だんだんと口の中が乾いてきて。気が付いたら身動きが取れなくなって、「どうしよう」の文字で頭の中が埋め尽くされて。

 これまで通りでしかない自分に吐き気がする。


「馬鹿か僕は……違うだろ。そうじゃなくて」


 だからこそ望は呟いた。

 これがただ苦しいだけのことだったら、無理して立ち向かう必要はないのかも知れない。


 でも――望は『リベルナ』が好きだ。大好きだ。目の前にはアマンダ婆を演じた加奈枝がいて、彼女はアマンダ婆が特別なキャラクターだと語ってくれた。

 その事実だけでも充分幸せなことだ。だけど同時に、はっきりと言えることがある。


 このままでは絶対に後悔する、と。

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