アイラブユーを囁いて~きみのとなり。番外編~

🐉東雲 晴加🏔️

アイラブユーを囁いて






 道行く人の足取りは忙しなくて、年末の街はどこかせかせかとしている。

 それでも、キンと冷えた冬の空気は、ここ、東京でもいつもよりかは澄んで。ジングルベルが流れる通りを歩いて咲太郎さくたろうは家への道のりを周りの人と同じ様に急いだ。



「ただいまー」


 玄関のドアを開けると感じる暖気にホッと息を吐き、リビングに入るとちょうど母親がテーブルのセッティングをしているところだった。


「母さん、ケーキ取ってきたよ」


 馴染みの洋菓子店の箱を渡すと、母は有難うと冷蔵庫にそれをしまう。


「ごめんね取りに行ってもらっちゃって。寒かったでしょう?」

「いいよ、別に」


 上着を片付けていると「珈琲でも飲む?」と聞かれたが、夕飯の準備をしている母の手をわずらわすのも申し訳なかったので「自分でやるよ」と咲太郎もキッチンに立った。


 キッチンにはミニトマトや生ハムで彩られたカナッペや、ローストビーフ。鍋にはチキンをトマトで煮込んだものなんかが美味しそうにグツグツと音を立てている。湯沸かしポットに水を入れてセットしていると、母親が呟いた。


「……今日、出かけなくてよかったの?」

「ん?」


 器にサラダを盛り付けながら母が続ける。


「クリスマス。大学の友達とかと予定入れてもよかったのよ? 咲くん、もう子どもじゃないんだから」


 そう、世間では今日はクリスマスイブ。

 大学一年目のクリスマスなんて、皆浮かれて、やれクリスマス会だの、恋人とデートだのに勤しんでいることだろう。成人したとは言え、まだお酒はのめないから飲みにはいけないが、ゼミの仲間の何人かは一人暮らしの子の家に集まって、鍋をすると言っていた。


「いや、俺そういうのあんま得意じゃないし……。いいよ別に」


 大学の仲間に誘われなかったわけではないけれど、まだ人の家で鍋を皆でつつく勇気は人見知りの咲太郎にはなかったし、家族には言えていないが、同性の恋人から今日はどうしても見て欲しいと言われているテレビがあって。


「光くんはお仕事なの?」


 今まさに、思い浮かべている人の名前を母親に言われてどきりとした。母は、咲太郎の数少ない友人の彼が関係だとは知らないはずなのに、何故かドギマギとしてしまう。


「う、うん。今日は19時から生放送があるからって」

「そうなの。芸能人もお仕事大変ねぇ。お父さんも仕事だしねぇ」


 咲太郎の恋人、一ノ瀬いちのせ ひかるは芸能界の第一線で活躍している俳優の二階堂にかいどう ヒカルだ。

 付き合いだして一年とちょっと。二人の関係は秘密だが、順調に交際は続いている。ただ、当たり前だが会う頻度は普通の恋人よりかはかなり少ない。イベント時期には必ずと言っていいほど光に仕事が入るし、何処かに行こうと思ってもおいそれと行くことは出来ない。


 去年はなんとか仕事終わりに一瞬だけスカイツリーの下で会ったけれど、今年のクリスマスは平日な上に、イブも当日も仕事で、とてもではないが会えそうにないと事前に言われた。

 元々、イベントごとにはそんなに興味のない咲太郎だったから、あえてクリスマスに会えなくても特には問題なかったけれど。歳上の甘えたな彼の方が、「クリスマスデートしたかったぁぁ」と至極残念そうな顔をしていて、むこうのせいで会えないのに何故だか咲太郎が申し訳ない気持ちになった。


「秋に光くんのお家にお泊りしたじゃない? 機会があったら家に呼んでもいいのよ。咲くんがこんなに仲良くしてるの珍しいじゃない」


 光は以前もウチに遊びに来たことがあったから、母親は何の気なしに言ったのだろうけれど、その時はそういう関係ではなかったからなんとも言いようもない気まずさに襲われる。


 ……しかも、光のマンションに泊まった時は、交際一周年だったわけで。


(じ、実家ぐらしだと説明が苦しいな)


 色々と思い出して、じわりと体温が上がっていくのに、なんとか気をそらしながら、お湯が湧いたことを言い訳にさっさとマグカップにお湯を注いで母親の隣から退散した。




 そのうち、学校から妹の桃が帰ってきてリビングが一気に賑やかになる。父は残念ながら仕事で不在だが、食卓は母の作ったクリスマスメニューでいっぱいになった。


「わーい♡ ママのローストビーフ大好きー♡」


 テーブルに敷かれたランチョンマットが赤と緑のクリスマスカラーで、マメだなぁと思いながら時計を見て慌ててテレビを付けた。


「お兄、珍しいね。テレビ観るの?」


 母手製の料理を頬張りながら妹が咲太郎を見上げる。


「ん。なんか光が19時からの歌番、絶対に観ろって言うから……」

「えっ! あっ! 今日か!!」


 妹の突然のテンションの上がり具合に咲太郎がぎょっとする。


「え、なに」

「今ね! 光くんね、歌手役でドラマに出てるんだよ! それで挿入歌で光くんも歌番組に出るの!」


 録画! 録画しよ!! と妹がテレビを操作する。

 ……光のファンの妹は、恋人よりも情報が早い。


(歌手役で出てるなんて、一言も言ってなかったけど……)


 咲太郎は普段全くドラマを観ないから、基本光がどんな仕事をしているか、よく知らない。それでなくても、街を歩けば見たことない顔をした光の顔があちこちに貼られているのだ。普段とは性格も見た目も違う動いている恋人の姿を見たら、とてもではないが心穏やかにいられそうもない。


 ……彼とは、住む世界が違うんじゃないかとか、関係がバレたらどうしようとか、そんな現実も考えてしまいそうになるし。


 なので、普段はよっぽどのことがない限りあえて彼の映像は見ないのだ。


 光の兄は作詞作曲家だから、以前光も歌は上手いのかと聞いたことがある。その時は「下手ではないと思うけど……家にがいたから、とてもじゃないけど勝負できないよ」と気恥ずかしそうに言っていたから、劇中で歌を歌うのが恥ずかしかったのかもしれない。


(ならなんで歌番組観ろだなんて)


 料理を食べながらぼんやりとテレビを観る。そのうち番組が始まって、ひな壇に見知った顔が現れた。いつもはオンライン通話で会話しているから、画面越しの彼の顔は見慣れたものだ。けれど、今日はドラマの役として出演しているというコンセプトらしく、歌手っぽい少し派手目の衣装で、いつもの彼とは雰囲気が違った。隣で、妹が「光くんカッコいいーー!!」とキャアキャア盛り上がっている。


 ドラマはそろそろ佳境らしく、前回の放送で歌手である光がヒロイン役の子とすれ違いながらも思いが通じ合った所であったらしい。司会者の説明に、光は『こういう形で歌うことがないので、緊張しますが今日は役になりきって歌わさせていただきたいと思います』と相変わらずのイケメン顔で答えていた。


「すごーい! ドラマのまんまの格好してきてくれたんだー♡ 眼福♡ あっ! ドラマでプレゼントしたペアリングまでつけてる!!」


 こまかーい!! と妹は大興奮だ。番組側も、そのディテールのこだわりを推しているのか、ところどころ光の姿がアップで抜かれる。そのうち、妹が言っていたペアリングの手元の映像がテレビに一瞬大きく映されて……


(んん!?)


 咲太郎が思わず固まってしまった事など関係なく、光の名前が役名と共に呼ばれて歌唱が始まる。

 光は普通に上手かった。その辺のホンモノの歌手と遜色ないくらいに普通に。



 でも、咲太郎はその歌声よりも、彼の左手の薬指の方が気になって――



(見間違いか? いや、でも、あれ……記念日に光からもらったペアリングに似て――)


 指にはつけていないけれど、実は今も咲太郎の胸に下がっているシルバーのリング。細身で、シルバー一択のリングだが、特注で凝った形のリングだ。


 劇中歌は、ヒロインに向けた愛を歌う内容で。マイクを持つ指先が、目線が、熱く、その先の人に愛を囁く。


 ラストは『愛してる』――と、情熱的に囁いたセリフが画面にアップで映し出された。


 極めつけに、カメラに向かって左手の薬指に光るリングに口付けて――


「――っ!!」


 隣で、妹が「やばーーーーーい!!」とギャアギャア騒いでいる。



 とてもじゃないが、顔が上げられない。



「馬鹿じゃないのか、あいつは」


 きっと、日本中のファンが今夜歓喜していることだろう。

 なんなら、今まで彼を知り得なかった人までも沼に落としているかもしれない。


 けれどきっと、光が画面を通して伝えたかったのは、世界で唯一人だけ。


 画面越しの彼の瞳が、二人きりでいる時のそれ、に重なった。


 何故家族のいる中でこれを観てしまったんだろうと後悔しつつ、「友人のナニを俺は観せられてるの……」と苦し紛れに呟いて。

 それでも込み上げてくるなんとも言えない疼きに、咲太郎は顔を真赤にして身悶える羽目になった。


❖おしまい❖



2025.12.1 了

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