おかーたんを救え!ー五つ子赤ちゃんミーティングー

葉方萌生

おむつ代高騰の危機

篠原蘭子しのはららんこの毎日は目がまわるほど忙しい。

シングルマザーで五つ子の赤ちゃんを育てる蘭子は、五つ子が生後六ヶ月になってから職場復帰を果たした。OA機器メーカーの営業事務職に新卒で働き出してから七年。結婚して、二年ほど不妊治療をし、さずかった子どもがなんと五つ子だった。


「五人いますね」


 産婦人科の診察室で医者からそう言われたときは、さすがに「はい?」と口をあんぐり開けてしまった。うそだあ、と思い確認してみたら本当に五つ子で、放心状態のまま夫のいさむに「五つ子だった」と告げた。


 心の整理もつかないまま、日々気球のように大きく膨らんでいくお腹を眺め、現実味のないまま里帰り先の病院で手術を受けて無事出産を果たす。

 が、里帰り期間中——ちょうど五つ子が新生児期間を終えた頃に、夫のいさむが事故で亡くなった。まさに、青天の霹靂。知らせを聞いた日は大パニックに陥り、日々の寝不足もあいまって、一日中意識を失うようにして眠っていた。


 それから五ヶ月後、五つ子のハーフバースデーのお祝いをした。なんとか心を持ち直し、とにかく前を向いて生きねばという一心で保育園を探し、職場にも最短で復帰を果たした。国や自治体からいただける手当金や遺族年金などを併せてなんとかやりくりしているものの、フルタイム勤務で毎日へとへと。子どもたちは現在生後十ヶ月を迎えようとしていた。


 十月一日の今日、仕事終わりに十九時前に保育園に滑り込む。延長保育が十九時までなのでぎりぎりの時間だ。五つ子は上から春翔はると咲良さくら蕾美つぼみ伊吹いぶき菜花なのは。春翔と伊吹が男の子で残り三人が女の子だ。


「ばぶー」

「あうー」


 お迎えに行くと、五人が一斉に私のほうへとトコトコはいはいでやってくる。毎日このハイハイレースをして、一番にたどり着くのはいつも長男の春翔だ。

 にんまりと笑顔になる春翔を抱きとめ、遅れてやってきた他の四人もまとめてぎゅーっと抱きしめる。


「遅くなってごめんね〜! さあ、帰りましょ」


 保育園の先生が「お疲れ様ですお母さん」と言い終わらないうちに、さささっと身を翻して全員をカートに乗せて保育園をあとにする。

 7人乗りのノアに5台取り付けたチャイルドシートにせっせと一人ずつ乗せたあと、カートを荷台に積み込み、その足でスーパーへと向かった。


「ええっ、おむつ代値上がりしてる!?」


 昨日まで一枚25円程度だったおむつ代が一枚30円に値上がりしているのを目の当たりして蘭子は呆気にとられる。

 おむつは毎日全員でだいたい30枚ぐらい消費する。一枚あたり5円値上がりしたということは、一日あたりで換算すると150円の値上がり。それを30日続けると、毎月4,500円も値上がりすることになる。


「うっ」


 苦しい。シングル家庭で国の援助を受けてはいるものの、毎月のこの出費は痛い。


「そ、そうか……今日から紙製品が値上がりするってニュースで見たような……」


 記憶はおぼろげである。見たような、聞いたような。すべて「気がする」という程度で聞き流してしまった情報が、こんなにもダイレクトに家計に響いてくるなんて……と、頭がずきずき痛む。


「とりあえず買っておこう……絶対必要だし……。あとは、食材ね」


 Mサイズのおむつをまとめて4パックとって、さらに食品コーナーへと向かう。その間も五つ子たちはカートの中でひしめき合って「ばぶうー」「きゃっきゃ」と泣いたり笑ったり大忙しだ。


「最近みんな好き嫌いが出てきてなんでも食べてくれなくなってきたのよね」


 独り言をぶつぶつと唱えながら食品を見て回る蘭子。


「それに、野菜煮込んだり新しいメニュー考えたりする時間もなくなってきたし……うう〜ああ……」


 誰にともなく愚痴を漏らしながら食材を選び、購入を済ませた。

 家に帰るとさあ、離乳食づくり開始!

 と意気込んだのはいいものの、子どもたちがワーッとはしゃぎ始めて、家の中を荒らしていく。あっちではティッシュが箱からすべて抜き取られ、こっちではおもちゃが散乱し、「ちょ、もう! 待って! やめて!」と蘭子は髪を振り乱しながら対応する。


「も〜だめだー!」


 すべてがぐちゃぐちゃになってみたいに叫ぶ。蘭子は昔見た怪獣映画を思い出した。ウオオオオン、と唸り声を上げたくなるけれど、頭の片隅に残っていた理性が働いてブレーキがかかる。

 シン、と一瞬だけ五つ子たちが静まり返る。蘭子は我に返って、「ああ、ごめんねえ」と苦笑いを浮かべた。


「今のはなし! みんな、聞かなかったことにして」


 言葉なんて通じないと分かっているはずなのに、五つ子たちに詫びを入れないと気が済まなかった。

 その日はその後五人を順番にお風呂に入れて、自分はさっとシャワーを流して寝支度を整えた。寒くなってきたので湯に浸かりたい気分だったが、ゆっくりしている暇はないので我慢するのもいつものことだ。


 夜、二十二時に消灯をして布団に潜り込む。独身時代は二十四時まで平気で本を読んだりゲームをしたりして遊んでいたが、今やへとへとすぎてこれ以上起きていられない。五つ子たちが全員布団の上に転がったのを見届けてから、蘭子はすぐに深い眠りにつくのだった。


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