第51話 人間が魔族になる国があった4

 ノーラが言った。




「みなさま、この城は5万人以上の国軍に囲まれています。なんとか持ちこたえていますが、もう限界に近づいています。戦いの様子をお見せします。」




 彼女の案内で5人は歩き始めた。




 城のいろいろな場所を通ると、多くの騎士や兵士がつかの間の休息をとっていた。




 みんな、ぎりぎりの状態で、食糧不足で体力を消耗し、さらに傷の状態が悪くなっている者が多かった。




 それを見て、クラリスがメイに言った。




「メイ。お願いします。治癒魔法をかけてあげてください。」




「お嬢様。わかりました。」




 通る先々で、メイは治癒魔法をかけた。


「ヒーリング―― 」




 騎士や兵士達の傷が直るとともに、何も食べていないのに体の中に栄養が満ちあふれてきた。




 ノーラは大変驚いた。




「なんと、すごい魔術ですね。」




「はい。実はメイはかなりの年月を生きたムナジロガラスの化身で、自然の恵みを受け、人間以上に傷を回復させる力をもち、さらに空間から目に見えない栄養を取り込むことができるのです。」




「お嬢様。私の年のことは言われなくてもいいのです。」




 元気かよくなった騎士や兵士達は、アーサーがいることに気がついた。




「あっ! もしかしたら英雄様か! 」




「困難に打ち勝ち、ゴード王国を守ったアーサー王子様に違いない! 」




「この方に指揮されたら、絶対に勝てるぞ! 」




 注目を浴びている中、5人はノーラの後について、城の中で一番高い塔に登り始めた。




 そして登り切ると、最も高い場所にある監視台に出た。




 そこからは、城の回りの状況を確認することができた。




 大軍が完全な包囲網を敷いていたが、積極的に攻撃を仕掛けてくるのではなく、兵糧攻めをすることを主な目的としているようだった。




「この国を守るのは、わずか5百人、相手は5万人です。百倍の敵を相手に戦いの勝機はあるのでしょうか………… 」




 城主であるノーラが、もっともな気持ちを白状した。




 シンがすぐに励ました。




「大丈夫。今、この城には英雄とその臣下である世界最強の槍使い、真実に至る魔女の後継者と大変な魔力をもつ侍女がいる。そして……君のためなら死ねる男がいる!!! 」




 アーサーが言った。




「愛している人のためなら死ねると思うことのできる男は最強です。しかし、歴史上、最強のアサシン《暗殺者》は私の誇るべき大切な臣下として、これから何年を働いて死ぬことはないです。」




「王子様。それほどまでにお考えいただき心より感謝致します。」








 今後の戦い方について、協議が始まった。




 アーサーがクラリスに聞いた。




「クラリスさん。この城を包囲している敵軍には魔族がどのくらい加わっていますか。」




「いいえ。私はさきほど魔眼で敵軍を調べたのですが、魔族になっている人間はいませんでした。」




「ノーラさん。敵軍はどのように構成されているのかわかりますか。」




「純粋な国軍ではなく。この城に近い領主がそれぞれ軍を出し合って構成されています。」




「司令官は誰かわかっていますか。」




「はい。わかっています。アスマン公爵です。このサラセン王国で最も尊敬されている勇猛な将軍です。」




「そうですか。アスマン公爵のことはよく知っています。公爵がとった戦術を私はお手本としてよく勉強しています。若者のために自分の考え方を記した著作があります。」




 そう言った後、アーサはふところからボロボロになった本を出した。




 かなり何回も読み込んでいるようだった。




「子供の頃、家庭教師だったショウが5歳の誕生日に贈ってくれました。公爵はもう60歳を過ぎていらっしゃると思います。…………たぶん、本気で戦ってはいません。」




 シンが驚いて聞いた。




「王子様。ほんとうですか。実はアスマン公爵は私の叔父なのです。牢屋の中で最初、公爵が司令官としてノーラの城を攻めると聞いた時、耳を疑いました。」




「たぶん。他の人物が司令官にならないよう、自ら名乗り出たのでしょう。あの方の合理的な考え方。人間としての奥深さ。私はあの方の本を何回も何回も読んで心の中にしっかりと刻みこんでいます。」




「メイナード。私は明日、アスマン公爵にお会いしに行きましょう。同行してください。シンも一緒に来てください。」




 メイナードがとても心配した。




「王子様。いかに私とシン殿が護衛しているといえども、城を出て敵陣に向かうまでに攻撃を受けてしまうのではないでしょうか。公爵に会わせてくれるとはとても思えません。」




「たぶん公爵は、この城の様子をよく観察されているでしょう。私が城から出れば、どういう意思をもってそうするのかおわかりになるはずです。」




 クラリスが微笑みながら言った。




「そうすると、アーサー王子様だということを遠くから見てもよくわかるようにしなければなりませんね。私もついて行きます。真実の魔女を継ぐ者として英雄とともに行きます。」




「確かにクラリスさんがついて来てくれるのなら、とても安心です。」




 クラリスはメイに言った。




「メイは留守番していてください。たくさんの城兵の傷を回復し栄養を供給したので、魔力を使い切って、とても疲れているでしょう。休んでいてください。」




「お嬢様。ありがとうございます。」








 次の日の朝、唐突に城の大手門が開いた。




 包囲していた敵軍が城兵が打って出てくるのではと緊張した。




 しかし意外なことがおきた。




 両側にゴード王国王子の旗と真実の魔女の旗である四葉のクローバがたなびいた。




 よく見ると、その両側で旗をもつ2人の武人は相当のオーラを放つ強者だった。




 そしてそれにはさまれるように、英雄と魔女が騎乗して出て来た。




 サラセン王国でもこの2人のことは良く知られていた。




 敵軍の誰もが、自分達が吟遊詩人ぎんゆうしじんから聞いた伝説を自分の目で現実に見ていることに気がついた。

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