最強で最弱な英雄&優しい魔女の物語~♡♡♡

ゆきちゃん

第1話 魔女は魔眼で王子の真実を知る

 それはいつものとおりの朝だった。

 ランカスター公爵家の3女クラリスは、侍女のメイと一緒に居住する城のそばに広がる草原へ、ピクニックを兼ねて花摘みに来ていた。

 

 今、この国は戦時中でゴード王国内に敵国が攻め込まれていた。

 抑撃軍に兵を率いて加わっている父親の公爵からは、「戦争が終わるまで、絶対に城を出ないように」と強く申しつけられていた。


 花摘みの最中、そばに控える侍女はくどくど、くどくど、何度も言った。

「お嬢様。できるだけ早く城に戻りましょう。公爵様にきつく、しかられます。」


「メイ。もう少し待ってください。背の高い草の向こうの方から、とても良いにおいがします。きっと、美しい花々が咲いているに違いありません。」


「仕方がありません。勝手に1人で行ってくださいね。」

 彼女の性格をよく知っている侍女は、反対しても絶対に行くことをよく知っていた。


「わかりました。待っていてくださいね。」

 ずっと続いている緑の草をかきわけながら、クラリスは進んでいた。


「この奥にきっと、たくさん花が咲いているわ。」

 彼女は、良いにおいがする方向をさえぎる背が高い草をかき分けた。





 すると――――


 そこには、一面に美しい花々が咲いている空間が広がっていた。

 ところが、それだけではなかった。


 背のとても高い騎士が仰向けに寝ていた。

 その騎士は顔を両手でおおっていた。


 ところが、草をかき分け彼女が飛び出してきたのに、その騎士は全く気がつかず動かなかった。


「えっ。まさか…」

 クラリスはゆっくり、そうっと騎士の回りを動き、正面に回った。


「やっぱり…」

 騎士は顔を両手でおおったまま、眠ってしまっているようだった


「…………」

 やってはいけないと思った。


 しかし、彼女はどうしてもやってみたい誘惑に勝つことができなかった。


 そして、眠っている騎士がおおっている両手を、自分の手で少しずつ外し始めた。

 やがて、騎士の顔が全て見えた。


 大変苦しそうな、苦難に満ちた顔だった。

 金色のくせが強い髪の毛、目が大きい美しい顔だった。


「泣きながら眠ってしまったのね。美形さん、きっとあなたは泣き顔よりも笑い顔の方が素敵ですよ。」

 クラリスはその顔に引きつけられて、のぞき込む体勢で自分の顔を近づけていった。


 突然、騎士は目を開けて目覚めた。




 気がつくと、目の前にとても美しい娘の顔があった。

 娘はこの国にはめずらしい黒色の髪で、光輝いていた。


 そして、透き通った海のように青い瞳、神秘なその奥にはたくさんの優しい気持ちが感じられた。


「レディ。起していただいきありがとうございました。目覚めた時あなたに見つめられていて、自分が天国にいるのではないかと思うくらい心が晴れました。感謝致します。」


 騎士は心の元気を取り戻して、泣きはらした顔で微笑んだ。

 それは、クラリスが予想していたとおり、とても素敵な顔だった。


「騎士様。大変、はしたないことをして申し訳ありませんでした。私は、ランカスター公爵家の三女クラリスと申します。」


「私の方から先に名乗らないといけないのに、失礼致しました。ゴード王国第3王子アーサーと申します。公爵の御息女でしたか、確かここらあたりはもう公爵の領地でしたね。」


「王子様!!! 御無礼をお許しください。」

 彼女は顔が近いことに気がつき、あわてて後ろのさがり、その場にひざまづいた。


「いえいえ、全く問題ありません。クラリス様、もう戦争は終わりました。我が国の大勝利です。お父上もすぐそばにいらっしゃいます。どうぞ、後についてきてください。」


 その後アーサーは立ち上がった。

 寝ていた時よりさらに背が高く感じられた。


(アーサー様。ごめんなさい。私には見えるのです…………)




 彼女は誰にも言えず秘密にしていたが、美しい青い瞳は魔眼だった。

 その魔眼で真実を見ることができた。


 彼女は彼の後ろ姿を見て心の中を透視した。

 そうして、普通の人には全く見えない、わからないものを見た。


 彼が着ていた甲冑は、既に汚れがきれいに洗い流されていた

 しかし、血がついた跡が、たくさんついていた。


 さらに彼の心の奥をのぞいた。

 彼女は彼が大変苦しそうにしていた理由がわかった。


 クラリスの優しさを感じたからかもしれない。

 歩き始めながらアーサーが心の中を打ち明けた。


「大勝利をしましたけれど、僕は全然うれしくありません。考えたとおりに軍を指揮し思いどおりに敵国の裏をかき、勝利しました。ですが、最後はたくさんの人が剣に切られ矢に射貫かれて命を落しました。僕には、彼らの死を彼らの家族が聞いた時の絶望が目に浮かびます。」


「…………あの、王子様。少しお待ちください。目がとても痛い。何か入ったようです。」


「あ、大変です。私が見て差し上げます。」


 彼は急いで彼女のそばにかけより、身長を合わせるようにかがんで彼女の顔をのぞき込んだ。


 すると、クラリスはアーサーの顔を両手で引き寄せた。

 一瞬、唇が合わさった。


 彼女はすぐに彼の顔を離して、優しくて強い口調で彼を励ました。


「アーサー王子。今日、初対面でございますが、たみのうわさは存じております。神から惜しみないギフトを与えられた知略、武芸全てに全能の英雄。やがて英雄となりこの世界から戦いを終わらせ、全ての人々に幸せをもたらすだろう――」


 さらにクラリスは続けた。




「民の希望は、この世界の中で御身しかありません。とてもつらくて悲しいとは思いますが、進むしかないのです。」


 ‥‥


 アーサーは、はっとしたような顔になり、再び魅力的な笑顔になり何回もうなづいた。

 そして前を向き再び歩き始めた。


 クラリスもその後について歩いた。


 最後に丈の高い草を抜けると、最初に彼女がいた場所と反対側の草原に出た。

 彼女の前に驚くべき光景が飛び込んできた。


 何万人の大軍勢が全てひざまずき、アーサー王子を出迎えていた。

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