第42話 昨日の外側へ


 原田は駅前の方へ歩き出し、俺はその横に並んだ。


 もう、昨日の人々と俺の歩幅は合わない。

 彼らは決められた時刻に動き、決められた場所で決められた会話を繰り返す。


 俺だけが、違うリズムを持っていた。


「本来、人は時間の中を同じ方向に進みます。

 しかし──」


 原田はそこで言葉を区切り、駅の看板を見上げる。


「“昨日を終えた人”は、昨日の時間の外側へ出る。」


 昨日の外側。

 それはもう昨日ではなく、今日でもなく、名前のない場所。


 でも、不思議と恐怖はなかった。


 むしろ、“帰るべき場所に近づいている”ような感覚さえあった。



 駅前のロータリーの光がかすかに歪む。

 信号機の色が一瞬だけ抜け落ちる。

 歩道の舗装が、まるで古い映像のように乱れる。


 昨日の世界の“残り時間”が尽きかけている。


『……世界が、薄くなってる。』


「ええ。あなたが昨日を思い出したからです。」


「昨日を終えた人が、“今日の入り口”に立つと、昨日の世界はあなたを引き止められなくなります。」


『じゃあ、俺は……もう昨日には戻れないんですね。』


「戻る必要はありません。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る