第34話 昨日の終わりの寸前で
『俺……ここで……なにを……』
「覚えているはずです。」
原田は淡々とした表情で続けた。
「ここで何が起きたか。
あなたは、その“寸前”まで思い出している。」
寸前。
寸前だけが、まだ思い出せない。
でも言葉にしなくても、その輪郭はすでに胸の奥で形になっていた。
車の音。
光。
倒れる感覚。
地面の冷たさ。
それは“事故”以外の何を示すのか。
『……でも、なんで……
なんで俺はその瞬間を覚えてないんですか?』
「覚えてしまうと、あなたは“今日にいられない”。
だから、意識が守ったんです。」
守った?
なにから?
原田はまっすぐ夜の闇を見つめたまま続けた。
「あなたは昨日の最後を見ていない。
だから今日を持っていられる。」
『……じゃあ、もし……思い出したら……?』
「昨日へ戻ります。」
昨日へ戻る?
戻るって、どういう意味だ。
昨日とは何だ?
今日とは?
俺はどこに立っている?
疑問が一気に溢れ、言葉にならない。
原田が初めて、少しだけ表情を柔らかくした。
「無理に思い出さなくていいんです。
でも、あなたはここまで来た。」
『……怖いんです。
本当に……思い出したいのかどうか分からない。』
「怖いのは自然です。
でも、あなたが何を選ぶかは、あなたが決めることです。」
優しさと残酷さが混ざった声だった。
風が吹き、ガードレールの影が地面で揺れた。
その揺れに合わせて、昨日の光景も揺れる。
──走る車
──光
──音
──衝撃
──冷たさ
──暗転
ここが“昨日の終わり”だ。
俺は昨日をここで落とした。
それを、身体が覚えている。
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