九章 昨日を終えた場所

第26話 途切れた記憶が示す道

 夜の空気が冷たく張りつめていた。

 街灯の光が地面に薄い輪をつくり、その輪と輪のあいだにある暗闇がいつもより深く感じる。


 さっきから、胸がざわついていた。


 理由は分からない。

 でも、今日は“あの日”に近づいている。

 そんな嫌な確信だけがあった。



 住宅街の道を歩きながら、もう一度、昨日の夜を思い出そうとした。


 同窓会。

 帰り道。

彼女と別れた駅前。


 そこまでは思い出せる。


 そのあと──なぜか“歩いているだけ”の記憶しかない。


 家に向かっていた。

 それだけは分かる。


 でも、どこの道をどう歩いたのかが完全に抜け落ちている。


 まるで、自分の人生のフィルムから一部分だけ切り取られて捨てられたように。


『……おかしいだろ、こんなの。』


 呟くと、胸の奥が冷えた。


 昨日は確かに存在したはずなのに、一番重要な部分だけがない。


 なぜ、“そこ”だけがない?



 ふと、前方に黒い影が立っていた。


 原田だった。


 駅前のライトに照らされて、静かにアタッシュケースを両手で持っている。


 いつもの黒いスーツ。

 赤いネクタイ。

 風にも揺れない異様な落ち着き。


 俺は歩く速度をゆっくり落とした。


『……また、いましたね。』


「ええ。あなたの速度に合わせています。」


『速度……?』


「記憶が追いつく速度、ですよ。」


 その言葉だけで、背筋に寒気が走った

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