第13話 昨日を知る男
喫煙所の前に立つと、男は煙草を持つ手を少し動かし、
目だけこちらへ向けた。
「どうも。」
静かでよく通る声だった。
初対面とは思えない落ち着きが、逆に不自然だ。
『……さっきから、そこにいましたよね。』
「ええ。見えていたなら、そうでしょう。」
“見えていたなら”。
その言い方に妙な違和感が残った。
『昨日もいました?』
男は煙草の火を軽く払って言った。
「あなたが昨日を覚えているなら、私は昨日もいましたよ。」
意味はまったく分からない。
でも、その冷たい言葉はなぜか理解の隅に引っかかった。
震える手で煙草に火を点けようとするが上手く点かない。
原田と名乗ったその男は
ポケットからライターを差し出した。
「どうぞ。」
『……ありがとうございます。』
火がつき、煙が肺に落ちる。
少しだけ思考が戻った。
『今日、なんか変だと思いません?』
「何が変なんです?」
『日付が……変わらないんですよ。』
「変わりませんね。」
あまりにも自然に言われ、胸がきゅっと締まった。
『気づいてたんですか?』
「ええ。昨日からずっと変わっていませんよ。」
煙草の煙が白く揺れる。
「昨日が続いているのは、あなたも分かっているでしょう?」
昨日が続いている。
俺だけが今日へ来てしまったのか。
『……なんで俺だけ気づくんです?』
「“普通”とは、誰の基準です?」
原田は灰皿に煙草を押しつけ、また一本取り出した。
「あなたは昨日と今日の違いを知っている。
他の人は昨日しか知らない。」
“昨日しか知らない”。
言葉は滅茶苦茶なのに、不思議と胸に落ちる。
→ 次話:変わったのは世界か自分か
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます