第8話 昨日から逃げ出す朝


胸の奥がざわつきすぎて、俺はバッグを掴んで立ち上がった。


『ちょっと外、歩いてくる。』


「え、もう帰るの?」


『戻る……かも。』


この部屋にいると、昨日の中に沈んでしまいそうだった。


玄関に向かった俺に、彼女が言う。


「また来るでしょ?」


その言葉は、

“今日の彼女” ではなく、

“昨日を繰り返す彼女” のセリフにしか聞こえなかった。


外に出ると、冷たい空気が肌に刺さる。

世界は薄い膜の裏側で静まり返っているようだった。


ポケットのスマホを見る。

日付は変わらない。


ほんの一瞬、胸の奥が痛んだ。


この異常は世界のバグじゃない──。

まだ、この時の俺はその意味を知らなかった。


→ 第3章へ続く

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