第42話「ロジンとエル母」


「こ、こここコーヒーとここここ紅茶だったらどどどどどちらがおすおすお好きでしょう? おおおお淹れしますよ!」


「でしたら……、お紅茶お願いします。それとワガママ言って申し訳ございませんが──」


 なんでしょう? 『ハチミツも入れて貰えます?』とかでしょうか?


「──こちらのコップにお願いいたします」


 イント・ボガードが手にしているのは、鈍器のように頑丈そうな木製コップ。聞きしに勝る無骨さです。

 対して彼女の体格は、細身のエルよりはがっしりしていますが、極端に右腕が太いとかいう事はない様ですね。


「か、畏まりました。しょしょ少々お待ちくださいね!」


 無骨なコップを恭しく受け取って、私室へ一旦引き下がったロジンですが…………


 どう考えてもどもりすぎでしょう。

 この間エルがここでコーヒーを待った時の様に、私がイントを構う訳にもいきません。ですからルール違反ですがロジンに声を掛けましょうか。

 と言っても私が勝手に決めてるルールですからこの際気にしませんけどね。


「ロジン、あなたのお部屋にまですみません」

「しゃしゃしゃドメ! 僕はどどどうすれば良い!? 『お嬢さんを僕に』した方が良いのかい!?」


 建物の私でも分かりますよ。

 今はその時じゃない、って。

 このままではダメそうですね。


「とにかく落ち着いてください。これは勝手な私の主観ですが、おそらく彼女、エルの事と言うよりダンジョン後遺症や罠宝箱の件でお越しなんじゃないでしょうか?」


「…………あ。そうか……だったら特に緊張しなくても……?」


 本気で緊張してた理由はその辺りだったんですね、やっぱり。

『ウチの娘とランチデートってのはどういう了見だぃ!? 責任とるつもりあんのかぃ!?』

 とか言われると思ってたんでしょうね。


 そんなバカな想像するんだったら、『責任取る!』って返事するつもりにしておけば良いんですよ。


 というアドバイスもロジンにしておきました。

 するとその私のアドバイスをしっかり飲み込む様に深呼吸をひとつ。そして紅茶を手に執務室へと戻りました。


「すみません、お待たせしてしまいました」

「いえいえ、こちらが突然お伺いしているんですから当然ですよ」


 トレイから下ろしたのはイントの木製コップ、ロジンの前にもティーカップ。今日はロジンもお紅茶みたいですね。


「お好みでどうぞ」

「あら、ミルクとレモンの輪切りまで。細やかでらっしゃるのね、ロジンさまは」


 小皿に載せられた薄切りレモンとミルクポットもそっと添えられています。

 イントはそのうちレモンをスプーンで掬い、二度三度と紅茶に潜らせ取り出しました。


「はぁ、良い香り」

「ありがとうございます」


 すっかり落ち着いて見えます。ロジン、この調子ですよ。


「ロジンさまは王都ご出身なんですね」

「……ど、どどどうしてそれを?」


 まだセーフです。まだ吃っても当然の話題ですからね。


「レモンの輪切り、薄いのを二枚添えるのは王都ケバストツのぞ──……いえ、これ以上は余計な詮索ですね。失礼いたしました」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


 なんだか一枚も二枚もイントの方が上手うわてな気がします。

 そう言えばご主人のバクゥさんはオールBランクだとミラノが言っていましたが、イントはどうなんでしょうね。



「ここの所は落ち着かれているそうですね、その、右腕の方」

「月末から月初が一番酷いんですが、ダンジョン変遷が済んで数日もすると元通りなんですよ」


 そう言ったイントは左手で、ご自分の右肘辺りをさすっています。

 破壊力抜群の際の見た目も気になりますが、エルが産まれる前からですから、もう三十五年以上の付き合いですか。お辛いでしょうね。



「それで今日はどのような──? あいにくエルさんはお昼休みに行かれたところでして」

「存じていますわ。エルがこちらを出てくの確認してからお伺いしましたから」


 そうなんですよ。今は首に巻いたストールを、頰被ほっかむりにして正午少し前から海猫亭の前をじっと伺ってましたからね。

 風見鶏から見て私は気付いていましたけど、あまりに不審で逆に悪意を感じなかったので放っておいたんですよ。



「娘のこと、どう思っていらっしゃいますか?」

「え、いや、え、その、たたた大変このままましくおもおも思っております!」


「でしたら良かった! あのコってばギルド嬢が出来なくなったらどうしようと思い詰めちゃってたでしょう? 新しくできたギルドに転職しちゃえば? なんて気楽に背中押しちゃったもんだから私も気が気でなくって!」


 まさかそんな問いが来ると思ってませんでしたから、そりゃロジンが吃るのもしょうがありませんよ。

 でもやっぱり、エルのを問うていたんですね。


「え、ええ、本当にエルさんは有能ですし、楽しそうにお仕事される姿を大変好ましく思っております」


 ロジンのその言葉に、満足そうににっこり微笑んだイントは優雅にお紅茶をひと口啜り、「美味しい」と呟きました。


 歳の頃はダグアと同じくサークルエイジを少し越した辺りだと思いますが、エルのお母様だけあって美人さん。にっこり笑顔がよく似合ってらっしゃいます。


 そうなってくると、やっぱりエルのザマスメガネが問題ですよね。彼女はなぜ掛けてるんでしょうねぇ。



「娘の働きぶりも知れてひと安心したところで、本日お伺いした本題を」


 ゴトリ、と紅茶をテーブルに戻したイントが真面目な声音。

 やっぱりダンジョン関連のお話でしょうか。


「お伺いします」


 こくりと頷いたイントが続けます


「私たちが手にしたこの『過ぎる力』、ダンジョンに、と言ったらどうされますか?」

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