第六章『悪夢と希望と夢の終わり』

『戦場乱舞』

 何故こんなことになっているのか、ウィジットに理解しろという方が無理だった。

 魔法で生み出された街灯の下、闇色のドレスを身に纏った【ブレイカー】と、淡いピンク色のドレスを身に纏ったマイリスが、激しいダンスを繰り広げていた。

 人形のように美しい女性同士の一騎打ち。

 互いにフリルやレースがふんだんにあしらわれたドレスに身を包みながら、しかし、躍るのは優雅なワルツではなかった。

 マイリスの白いタイツに包まれたしなやかな足が、【ブレイカー】の顔面目掛けて放たれると、細い腕で【ブレイカー】は受け止めて、払うと同時にマイリスの喉元に掴みかかる。

(なんで?)

 それをマイリスは身を屈めてやり過ごし、がら空きになった【ブレイカー】の腹部に掌底を打ち込む。

(なんで【ブレイカー】は僕の命を?)

 くの字に躰を折った【ブレイカー】に、ここぞとばかりに無表情のマイリスは連続で足技を繰り出して。

(クロクロムの勘違いじゃなかったのか? あの時、僕を助けてくれなかったのは、もしかして本当にあの男に乗り換えていたからなのか?)

 息つく間もない激しい蹴りの応酬に、防戦一方ながら押される【ブレイカー】。

(だとしたら、僕がクロクロムたちを引き付けていたのはなんだったんだ?)

 歪む視界の先で、【ブレイカー】が一瞬の隙を付き、マイリスの軸足を蹴り払う。

 大きく体勢を崩したところで、今度は強烈な【ブレイカー】の蹴りがマイリスを襲う。

 まるで毬のように蹴り飛ばされるマイリス。

 だが、マイリスのヒールは地面をすべるだけで、決してその身を地面に横たわらせることはなかった。

 十字にあわされた腕をとき、再び【ブレイカー】との間合いを詰める。

(終わりだ。全てが終わった。見捨てられたんだ)

 悔しさがウィジットの胸を占めていた。

 期待してはいけないと思いつつも期待していた。

 自分がクロクロムたちを引き付けてさえいれば、どうにかしてくれるかもしれないと。

 自分が動けない間、もしかしたら【生命時計】を集めていてくれたかもしれないと。

 むしろ、どうしてそんな都合のいいことを考えていられたのか分からなかった。

 一度は夢を叶えてくれると思わせてくれた相手がマイリスに追い詰められていた。

 本来であれば助けに入るべきだった。

 志半ばで【ブレイカー】が討ち取られることは、ウィジットの目的を永遠に果たせなくするということなのだから。

 だが、その【ブレイカー】がウィジットの命を狙って来た今となっては、ウィジットは解らなくなっていた。

 自分はどうすればいいのか。【ブレイカー】を守るべきなのか、ここでクロクロムたち【ガーディアン】に託してしまえばいいのか。

 守るにしても、自分の命を狙って来た相手を守る必要があるのかと。

(あと二人だったのに)

 悔しさだけが胸を占めた。

(どうして今になって!)

 怒りが込み上げて来た。

 追い詰められてもなお、崩れることのない微笑み。

 いくら魔法の明かりが灯っていると言っても、夜は夜。ましてや、激しく動いている人の顔などハッキリと見ることなど不可能だというのに、ウィジットには見えていた。

 血の一滴も出ていない。青痣の一つもできていない。見惚れるほどに綺麗な顔に浮かんだ微笑み。

 ずっと自分だけに向けられていた微笑み。

 一秒一秒命の削られる音を聞き、恐怖に苛まれて眠れなくなっていた時に現れた【ブレイカー】。それからずっと自分の傍にいてくれた。

 初めて【生命時計】を奪った時も、自分の犯した罪に震えていた時も、我が子をあやすようにずっと傍にいてくれた。宥め、励まし、協力してくれた。

 あと二人で夢が叶うと語り合ったのは一週間前のこと。

 本来であれば、今頃夢を叶え終わっていたかもしれなかった。

 そしたら――

(そしたら、【ブレイカー】はどうしていたんだ?)

 ふと、思ってしまった。

 ウィジットの願いが叶ってしまった後の【ブレイカー】はどうするのかと。

 聞いたことがなかったことに気が付いてしまった。

 ゾッとした。

 突然襲い掛かって来た悪寒。

 一体【ブレイカー】の目的は何なのか。

 クロクロムは言っていた。【ブレイカー】とは人々の生み出したものだと。

 死を強く拒絶したものの元へ現れると。

 実際、【ブレイカー】は気が狂わんばかりのウィジットの元へ現れた。

 ウィジットのように死を恐れている人間はもっと他にもいるだろうということは解っていたが、それでも【ブレイカー】はウィジットの前に現れた。

 何を基準に現れるのかは解らない。

 そして、目的を果たした後どうするのかも分からない。

(もしかして、初めから命を貰うつもりだったのか?)

 愕然とした。何一つ。本当に何一つ、ウィジットは【ブレイカー】について知らなかったことに。

 それはもしかしたらクロクロムたちにも同じことが言えたのかもしれないとウィジットは思った。だが、【ブレイカー】の思惑などどうでもいいのだということも想像はできていた。

 クロクロムたち【ガーディアン】にとって大切なことは、この国の【秩序】を保つこと。

 相手が誰であろうと、【秩序】を乱すものを粛正することが目的なのであれば、【ブレイカー】の目的も思惑もどうでもいいこと。相手のことを詳しく知る必要などどこにもないのだということを。結果、誰も【ブレイカー】が何をするのか分からないのだと。

 夢を叶えてくれると思ったのはウィジット自身。

 勝手に都合よく信じたのもウィジット自身。

 何一つ見返りについて訊ねなかったのもウィジット自身。

 何一つ確かめずに【ブレイカー】の話に飛びついた結果が、これだった。

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