第6話 ダンジョンは楽しい!
「スラスト! スラスト! スラスト!」
「ギャッ⁉」「ギャッ⁉」「ギャッ⁉」
隙をついてゴブリンのねぐらから脱出した僕は、それからというものひたすらにダンジョンを走り回っていた。もちろん道行くゴブリンを片っ端から倒して。
いつもなら死体を漁って稼ぎを増やす。けれど今の僕にはそんなこと頭には、いいや、頭にあっても敢えて無視をした。そんなことしてる暇が勿体ないから。
スキルを放つ度に気分が高揚する。こんなにも力強いものだったなんて知らなかった。
――楽しい、楽しい!
「スラストォ!」
「グェアアッ⁉」
――楽しすぎる!
ずるいよ天職持ちは。最初からこんな気分を味わえていたなんて。
でもいいんだ。今日からは僕も天職持ち――かどうかは知らないけどスキルを使えたから。それだけでもう全てが報われた気分になる。
……ありがとうございます。アストリッド様。
分かっている。これは僕の努力が結ばれたからとかそういうのではなく、彼女のおかげだっていうことくらい。彼女がいなければ当たり前のようにゴブリンに殺されていたことくらい、僕は知っている。
それでもいい。どうでもいい。彼女が僕に何をしたかなんて知らなくていい。
――ただ、最大限の感謝を。
あの人、多分女神。飴くれるし。
「――スラ、おっと」
僕は一匹のゴブリンを前にして、スキルの発動を一旦止めた。
それは噂に聞くスキルの使い過ぎによる気絶、とかそういうのを防ぐ為ではなく、単純にもっと試してみたくなったからだ。
スキルとは、天職に宿る力そのもの――。
なればこそ、スキルを扱うにはそれ相応の力が必要となる。
レンジャーの《耳鳴り》を扱うには相応の聴力。ウォーリアの《パリィ》には肌感覚。だからレアはすっごい敏感だったりする。ちょっとくすぐっただけで変な声出すし。
ともあれそうした五感もそうだけど、基本的なこととして筋力や器用さも天職に最適化されていく。だから『無職』の僕はどれだけ努力しても彼らに追いつけず、本当に弱いままだった。
――でも、今は?
……試してみたい。
「――ハッ!」
「ギィッ⁉」
何千何万回とやってきた素振りの通り、僕はゴブリンに片手剣を振り下ろした。
それは残念ながら手斧によって受け止められる。これまでの僕だったらこれでおしまい。逆にゴブリンに押し返され、僕は頭をかち割られていただろう。
――しかし今は、拮抗している。
「うぬぬぬぬぬぬッ!」
「グギャギャギャギャギャッ!」
互いに譲らないとばかりに力を込める。それしか知らない。避けることしか知らない僕にはこれ以上なにをしたらいいのか分からない。
ゴブリンの緑色の顔が少しずつ赤くなっていく。僕を殺そうとするその獣染みた思考が丸わかりだ。
筋肉の隆起が激しい。更に一段、力が上がる――。
あ、そうか。
避けることしか知らないなら、避ければいいんだ。
「――ほっ」
「グギャ⁉」
彼が力を込めて更に圧そうとした瞬間、僕は敢えて力を抜いた。
力の行き所を失った彼の体は勢いそのままにつんのめる。僕は僕とそれほど変わらないゴブリンの身長、その懐に潜り込んだ。
「うぉぉぉりゃあああああッ!」
何度も死んだ僕だから分かる。人はお腹や心臓を刺されてもまだ少し動けるんだ。まして彼はモンスター、最後の抵抗で僕に手斧を振り下ろしたっておかしくない。
だから僕は――真下から頭を突き刺した。
「――グギャアッ⁉」
一瞬だけ断末魔を上げて事切れる彼。僕は力を無くしたその体から這うように逃れた。
「……はぁ……はぁ……っ」
つ、疲れた。
ほんの短時間だったとはいえ、命と命のやり取りがこれほど疲れるなんて知らなかった。避けて逃げるだけでは決して味わえない緊張。腕力もそうだけどとにかく精神的に色々きた。
……でも、気持ちいい。
それに、勝てた。
スキルを使わなくても、僕はゴブリンに勝てた。
それはつまり……つまり、単純に、強くなったっ!
「やっっっっったッ!」
両手を上げて叫ぶ。もうモンスターが寄ってくるかもとか関係なかった。
強くなれた……僕はもっと、強くなれるんだ。
「――宝箱っ!」
喜んだのも束の間、部屋の少し奥まった所に宝箱が置いてあるのが見えた。
しかも――鈍い金色。俗にいう金宝箱。
小さな宝箱や樫の宝箱には当たり外れがある。けれどこの金宝箱は絶対当たり――少なくとも僕の一ヵ月分の稼ぎは約束されるくらいに中身が良い、らしい。開けたことないけど。
……嬉しい、嬉しい、嬉しい!
強くなれた。もっと強くなれると確信した。
それだけでも涙が出そうなほどに嬉しいのに、おまけにこんな報酬が用意されているなんて。
僕はもう、今日で死んでしまうのかもしれない。
……アストリッド様、本当にありがとうございます。貴方は僕にとって間違いなく女神です。一生崇めます。
失敗だった? 運が悪い?
とんでもない!
「今日は僕の、人生最良の日――――あ」
宝箱はミミックだった。
僕は当然のように喰われて死んだ。
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