第14話 僕が救えなかった世界と三度目の死について

 バリバリバリ。

 

 クルーエルがコウパンをボリボリ食べながら僕とゼクトとのやり取りを見つめてるのにゼクトが気付いた。

 

「クルーエルがコトコの先生ってのは本当なのか?」

「先生というか、コトコは私の妹弟子ってところ? そうそう、私。人間じゃないから」

 

 そう言ってクルーエルはイケメン優男の姿から、師匠のところでの姿。不健康そうな肌の色をした露出の高い格好をした地雷系みたいな女の子の容姿に変わった。誰だっけコイツ、って僕が思うくらいにはあの優男モードのクルーエルに見慣れていた僕がいた。

 

「えっ! クルーエルって女の子だったんか?」

「悪魔に男も女もないよ。まぁ、女の姿の方が人間を騙しやすいってのは合ったけど、時代が進めば男でもそれは変わらなかったね。私の事はまぁ置いといて、あの閃光の夜と戦い。コトコの大好きなデータとサンプルを取って死ぬ。それでいいんだね?」

 

 最初から勝つつもりのない戦いに赴く事はゼクトからすれば納得のいかない部分もあるだろうけど、これはそういう戦いだ。どうせ死ぬならこの僕らですら知らない脅威の事を少しでも知ってからでいいだろう。

 

「剣士が一人、魔法使いが二人、内一人はデーモン。バランスの悪いパーティーだ」

 

 本来、そういう事は日本で生まれた僕が言うべきなんだろうけど、クルーエルがそういった。クルーエルは長い爪をペロリと舐めながら、

 

「二人とも、どうせ死ぬんだから無理して、足掻いて見せてよね? コトコは魔本によるこの世界の収集を同時に詠唱して。いくよ!」

 

 五つの世界を閉じ込める事ができる魔本、その収集作業をしろという事はこの世界が終わるからなんだけど、いきなり二重詠唱をしろって……まぁ、やってやれない事はないか……

 僕は魔法の杖を構えると超上級魔法。ブラストルファイアーの詠唱を始める。僕が戸惑いながら二重詠唱を行なっているとゼクトが言った。

 

「この剣、凄い軽いな。ハジャを持ってるみたいだ」

 

 そう言ってロングソードを構えるゼクトにクルーエルが言う「君が使っていたあの玩具とは比べ物にならない程の業物だけどね」と、そう言うクルーエルは両手に破壊線をギラギラと溜め込んでいる。

 師匠程ではないにしても気が遠くなる程長い事生きているクルーエル。それも人殺しをせずにデーモンロードにまで師匠が育て上げた存在。魔力量だけでも分かるよ。努力の天才だという事が、

 

「ブラストルファイアー! シュート!」

 

 魔法の詠唱は理論があり、そして掛け声はなんでもいい。僕は一番しっくりくる発射という言葉を使う事にした。発射だとなんかカッコ悪いのでシュートに変えた。僕の魔法に続くようにクルーエルの破壊線が放たれ、大ぶりに横なぎ、そして縦なぎにゼクトは邪神の大剣を振るう。魔法剣特有の衝撃波が合わさり閃光の夜に放たれる。

 

「すげぇ……」

 

 ゼクトが僕らの同時攻撃の威力に驚いて感嘆の声を上げてる。正直、何も凄くない。確かに、今の一撃は天衣祭の使ったテロワールに匹敵するくらいの火力を閃光の夜に叩き込んだけどそのテロワールは一撃の元に沈められたんだ。

 

「向こうの攻撃が来るよ。意味があるか分からないけど、防御魔法は貼ってある。じゃあ生きていればまた」

 

 クルーエルがそう言うと同時に僕らは散会。ほとんど焼け野原と化した王都跡と言っておこう。そこでの閃光の夜からの攻撃はこのフィールド全てに及ぶ。まぁ、言うなれば逃げ場なんてないわけだ。

 閃光の夜は一本のドラゴンの首をこっちに向けると咆哮、そして世界を終わらせる光を放つ。

 その攻撃範囲は笑うしかない。

 

「おい、あれどうやって避けるんだ?」

 

 閃光の夜が放つ光は逃げ場がない攻撃範囲を誇っている。あれに飲まれてこの世界でも僕らのクエストは終わりかと思いきや。

 

「ぐっ……私の力を歯牙にもかけないとか……」

 

 クルーエルが僕らの盾となって閃光の夜の攻撃を防いでるけどかなり辛そうだ。多分、防御魔法を使ってるんじゃなくて、クルーエルは攻撃魔法で相殺しようとしているんだと思う。だけど、クルーエルの魔法は上部に逸らされ、拮抗するどころかただ押されているだけじゃん。今の即席パーティーで倒すのは不可能な敵である事だけは分かったよ。

 

「コトコ、魔本による収集作業を急いで、あんまりもたないよ」

 

 収集作業って急げるものなの? 僕も精一杯やってるけど、まぁまぁ時間かかりそうなんだけど……クルーエルの両腕が焼かれている。

 

「クッソォおおお!」

 

 クルーエルは悪魔の翼を生やして、閃光の夜の砲撃を凌ぎ切った。とは言え腕が肘から下がなくなる程度にはダメージを負ってる。すぐに再生しないのはできないのか時間がかかるからなんだろうか?

 

「二人とも、覚悟はいい? 次はないよ」

 

 痛そうな顔もせずにクルーエルはなくなった腕を見せて僕らに言う。これが異世界の魔物の脅威か……僕は崩壊魔法カイーナを閃光の夜にぶつけてみたいと思ったけど、僕の今の魔力じゃ発動も怪しいし、術式を完成させる前にお陀仏。それに師匠と違って僕は多重詠唱に慣れていない。今、この世界の記録を魔本に読み込ませている最中で現状僕は何もできない。

 

「ゼクト、命にかえてもコトコがこの世界を収集するまであのデカブツから守んだ! いいね?」

「あぁ、いつかコイツらを根絶やしにする為に俺の世界が滅ぶのは必要だったんだろ……」

 

 本来なら自分の世界を救って笑いたかっただろう。ゼクトという英雄の心の叫びが聞こえるようだ。でも、ゼクトは分かっている。誰にも覚えられなかった世界の住人代表として、気が遠くなるような未来かもしれない。いつか僕とクルーエルが必ず異世界の魔物を滅ぼすために僕を全力で守る。

 

「私にヘイトが向かっている間はまぁ、大丈夫だろう。だけど、私もあいつの攻撃を次止められる自信はない。悔しいけどアレは規格外だ」

 

 悪魔の翼をはためかしてクルーエルは僕らとは真逆側に飛び、閃光の夜の意識をクルーエルに向けさせる。腕は失ったけどクルーエルは周囲に雷の魔法を呼び出した。それも十や二十じゃない。

 

「コトコ、見てな。これが私のクライマックス・スペル。全てを撃ち抜く、邪悪なる光よ。今ここにこぞって、列をなせ! 暗黒魔法ディアボリック・サンダー!」

 

 凄い。

 クルーエルの魔法、初級のサンダーボルトくらいの大きさを持ちながら、無数に放たれるそれらの威力は天衣祭の操ったテロワールの一撃を凌駕しているぞ。どうしてアガルタの月が出てきた時に使わなかったの? いや、師匠が使わせなかったんだろうけど、閃光の夜が反撃をする暇を与えずにディアボリック・サンダーは雨霰の如く閃光の夜に放たれている。

 

「クルーエル、強すぎだろ……もしかして、あのデカブツ倒せちまうんじゃないのか……」

 

 僕もこの世界に来たばかりだった頃にはそう思ったかもしれない。クルーエルのあの魔法も無限に撃ち続ける事ができるわけじゃない。気が遠くなる程の長い間攻撃を与え続ける事ができればもしかすると手数の差で倒せたのかもしれない。だけど、残念ながらクルーエルの切り札も終わりがくる。

 

「……私が言うのもなんだけど……化け物め」

 

 クルーエルのディアボリック・サンダーの雨霰が止まった後、少しくらいはダメージを通せたのだろうかと現れる閃光の夜は薄い光のシールドの中で静止していた。これはクルーエルの攻撃魔法を凌いでいたとかそういう話じゃなくて、無駄な攻撃が止むの待つ高みの見物だったんだろう。

 

 あちゃー、クルーエルが完全に諦めてるな。僕と目が合うと、舌をぺろりと出しててへぺろ。閃光の夜の反撃を受けて塵一つなくなっちゃった。僕に取り憑いているとか言ってたけど、次の転生先でクルーエルは本当に復活できるんだろうな?

 

「魔本の世界収集確率89%。後少しだな」

「次は俺の番だな? 武器、壊しちまうかもしれないけど、勘弁な?」

 

 そう言って駆けていくゼクト。時間稼ぎとはいえ、魔法を使えないゼクトが単独で閃光の夜に立ち向かうのはあまり得策じゃないんだよなぁ。僕を連れて逃げるとか、時間の稼ぎ方はいくらでもあるじゃん。

 

 収集確率92%。

 

 閃光の夜からすれば僕とゼクトをぶち殺すなんて息を吸って吐くくらい簡単な事だろうに……僕は魔本の収集をしながらゆっくりここからズラかるとするか……この世界の何処に逃げれるところがあるのやら分からないけど。

 さて、魔本の収集率は?

 

「95%、いけそうだね……さてさて、ゼクトは?」

 

 閃光の夜に向けて魔剣から放たれる斬撃を使ってるけど閃光の夜には当然効いてないか、でもゼクト凄いな。閃光の夜の砲撃を魔剣で逸らしながらなんとか生存してるぞ。クルーエルと違って一発くらったら死ぬ世界の中で生きてきたわけだもんね。

 よし、ゼクトの奮闘で、魔本の収集が完了した。

 

 99%、収集完了。これで、いつ死んでもいいや。

 じゃあ、僕もそろそろ。

 

「混ぜろよ」

 

 魔本を開き、僕の魔法で今使用できる最大の魔法をぶちこんでやる。閃光の夜、お前の光と僕の光魔法どっちが強いか試してやる。

 

「闇を打ち消す破壊の光よ! 集て眼前の敵を撃て! シュート! スーパーノヴァ!」

 

 僕の光魔法は閃光の夜の光の砲撃には全く持って通用しなかった。

 ははっ……クルーエルは凄いなぁ……こんな奴相手にそこそこ戦えてんじゃん。

 

「コトコぉおお!」

 

 ゼクトが僕を呼んだ。僕の事心配しちゃってさ、君もやられてんじゃん……この世界は希望も何もあったもんじゃなかった。

 だけどさ、だからこそ異世界の魔物というものを僕は少し知れたかも知れない。

 閃光の夜は抵抗できる僕らがみんな死んだ事で世界の蹂躙を始めるんだろうか? 僕の意識はそこで途絶えた。

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