第9話 死にたがりの少女と死を覚悟した少年

 キキの死はゼクトとムサカに強い悲しみと怒りを与えた。手に負えない強さを誇るマガカミの群れ。それを悔しそうに見つめている二人。

 

「キキが……キキが! 俺、何にもできなかった……」

「それは俺も一緒だ。ゼクト、しっかりしろ」

 

 崩れゆく街の中で誰かが戦っている。

 おそらくはザ・キューブとかいう上位バンガード達だろう。それを指を咥えて見つめているしかできない僕ら。今できる事は他のバンガード達と合流、そして民の避難誘導なんだろう。

 とはいえ世界が終わろうとしているのにどこに逃げろというのか……

 

「今のところ手に負えないね。他のバンガードと合流して指示を受けるか、このまま逃げるかくらいしかできる事はなさそうだよ。逃げるにしてもエイミーの事も心配だ」

 

 キキの死で動揺しているゼクトの意識をエイミーに向ける。彼の守るべき者。彼女の名前を聞くと、


「そうだ! エイミーが、助けなきゃ。巫学院に今すぐい行かねーと!」


 一人で向かおうとしたゼクトをムサカが思いっきり殴った。突然の出来事に僕も少々驚いたよ。頭に血が上ったゼクトは何が起こったのが分からないという表情。

 

「少し落ち着いたか? あんな状態で魔神型の中を飛び込んだらすぐに殺されて終わりだ。コトコ、ゼクトを頼む。俺が時間を稼ぐ」

 

 よくあるパターンだ。だけど、その申し出は受けられない。クルーエルとの合流も必要なので……

 

「ムサカも冷静になって。生存確率を上げよう。僕が時間を稼ぐよ。少なくとも二人よりも身動きが速い僕の方が確実に生存率が高い、そして君たち火力が高い二人でいる方がまた同様だ。いいね? エイミーの事は任せるよ。僕もクルーエルと合流できたらすぐに二人の元に向かう」

 

 僕の提案。

 

「いやちょっと待てよコトコ、女の子一人で……」

「今は男か女かは関係ないよ。生き残る提案だと言ったよね?」

「ゼクト、コトコのいう通りにしよう。単独での生存率は俺たちの中で一番コトコの方が可能性が高い。コトコ、無理するなよ」

「うん、さぁ行って! 僕が魔神型を集めるから」

 

 そう言って僕は魔神型の蔓延る中に飛び込んだ。

 

「デーヴァ!」

 

 さて、この役に立たないハジャで魔神型にヒットアンドウェー。案の定なんのダメージも与えられない。僕と魔神型の交戦が始まった事で周囲の魔神型が集まってくる。僕らを心配そうに見ながらゼクトとムサカは巫学院へと向かう。彼らがいなくなると僕はクルーエルを呼んだ。

 

「出てきていいよ」

 

 四体の魔神型、おそらく普通のバンガードにとって生存を諦める状況。僕は詠唱を始めようとした時、魔神型が切り裂かれた。

 そこに、鼻につくイケメンが髪を掻き分けて「ふぅ、久しぶり」とクルーエルが声をかけた。

 

「ほんとその姿どうにかならない?」

「ルッキンズムは大切だよ。第一印象で全てが決まるからね。エイミーを安心させるのにこの姿を取ったけど、相手が男の子なら年上の人間の雌型。ゼクト達くらいの年齢なら同い年くらいの麗しい雌型になるさ」

「あっそ、で? 伝えたい事って?」

「あーそれね」

 

 デーモンロード、師匠が全身全霊を込めて育て上げた元ファミリア。人類の脅威となり得る程の魔物であるクルーエルは近づいてきた魔神型をハエでも払うように滅ぼしながら語ってくれた。


「巫学兵器っての、これはなかなかに興味深いよ。エイミーを探しに行った際に世界中から集めた巫術師達がどうなったのか見に行ったんだよ」

 

 クルーエルの瞳が少し大きくなった。こいつ、猫みたいに感心を持った物を見つけた時の反応が分かり易い。それもあまりよくない事に対して反応する事が多いので僕は尋ねる。

 

「どうなってたの? エイミーは無事?」

「コトコは自分の目で見た物しか信じないだろ? だから私はコトコを呼びにきたんだよ」

「そう、巫学祭って人については?」

「あぁ、会いに行ったらそのロイヤルガードみたいな奴に襲われたよ。なんて言ったっけ? ザ、まぁなんでもいいや。私を傷つける程じゃないけど、今街で暴れている連中を討伐できる程度には強化された武器を使ってるよ」

「ザ・キューブか、なんでアイツらの武器は強いのかは気になるな。僕のコレ、酷いもんだよ?」

 

 そう言って僕はクルーエルにハジャを見せるとクルーエルはそれを受け取ってマジマジと見つめると興味なさそうに僕にそれを返した。街での戦闘音が大きくなった。他のザ・キューブの連中、それ意外の他の班も戦闘に参加しているのだろう。僕ら十一班のハジャが異様に弱いだけじゃなかったら無駄に死体が増えるだけのような気もするけど魔神型のマガカミは音に反応して集まる傾向があるし、この間に僕らもゼクトとムサカを追って巫学院へ向かう。

 

「かなり荒らされてるけど大丈夫? 二人は無事かな?」

「終わる世界の住人の心配って、コトコ。情が移ったの?」

「僕は人間だからね」

「なるほど、人間だからか」

 

 本当に分かってるのか分からないけど僕はクルーエルと出来の悪い石住の建造物。巫学院の中へ侵入する。そこでは倒れて事切れているバンガードの警備の人。マガカミの襲撃がここにもあったんだろう。この建造物は螺旋状の階段で上に上がれるようになっているらしい。階段に向かうと、壁に背をつけて座っている……よく知る人物、ムサカの姿。

 

「コトコか……そっちが、知り合いか……出会えてよかった」

 

 腹部から血を流している。僕はハンカチを取り出すと傷にそれを当てようとしたけど。

 

「もういい。多分、俺はもうダメだ。下にゼクトが向かった。行ってやってくれ」

 

 地下に続く階段の前でムサカは防衛していたのだ。

 回復魔法をと僕は思ったけどクルーエルが首を横に振った。助けたところで役に立たない。あとこの世界で無闇矢鱈に魔法を使わない方がいい。なぜならこの世界には僕が必要としている情報は何も見つかりそうにない。だからこの世界において異世界の魔物、もといこの世界のマガカミに不用意な学習はさせない方がいいという事だろう。だから、せめて僕は小さい丸薬を取り出すとムサカに手渡した。

 

「痛みがなくなる薬だよ。あとは僕らに任せて」

 

 ムサカは僕らに軽く手を振った。僕とクルーエルは地下に降りる。防空壕のような物だろうか? 地下に続く階段は思った以上に長く、広い空間が用意されていた。

 

「なにあれ?」

 

 物凄いでかい何かが建造されている。

 

「天衣祭曰く、最強の巫学兵器らしいよ」

 

 柱みたいな円柱形の足が四つ。それが支えているのは楕円形の操縦席なんだろうか? 乗り込んで戦える戦車のような物と仮定しておこう。それはエネルギー的な大きなタンクに繋がっている。ドクンドクンと脈打っているようにタンクから伸びる管が動く。

 

「誰かがいるのですか?」

 

 それは落ち着いた声、クルーエルの瞳が大きくなる。

 多分この声の主が、

 

「天衣祭様?」

 

 僕は声をかけてみた。

 白い祭司の服みたいな物を来た男性。杖をついている事から身体が悪いのかもしれない。

 

「ザ・キューブの誰かでもなさそうですね? いかにも私が巫学院最高責任者の天衣祭です。貴女は?」

 

 僕の姿を見てそう聞くので、僕はナイフ型のハジャを見せてから自己紹介をする。


「バンガード第十一班のコトコだよ」

「第十一班……先ほどの少年もそう言っていましたね」

「少年ってゼクトの事?」

「えぇ、仲間を失った事を聞きました。だから、彼には私が新しい力を与える事にしました」

「ゼクトは何処?」

「ついてきなさい」

 

 言われるがままについていくと、そこには数々のハジャと思われる物が並んでいた。ここでハジャが作られていたんだ。そんな中にゼクトの姿があった。

 

「よぉ、コトコ。それにクルーエルも」

 

 点滴のような物に繋がれたゼクト。僕は彼に近寄ると、

 

「エイミーには会えたの?」

「いや、会ってねーけど声は聞いた。今はマガカミと戦う為に巫術の力を使う事にみんな専念してるんだ。だから、俺は天衣祭様に新しい力をもらってマガカミ共を倒してやる。ここにくる途中のアレ見たろ? すげー力を持ったハジャらしいんだ。あれが動けば外の奴らなんて一撃だぜ! そういや、地下の入り口の所にムサカがいたと思うんだけど……コトコの顔を見れば分かるぜ。アイツも逝きやがったのかよ……あいつらの分まで俺がマガカミを滅ぼしてやる」

 

 ゼクトのすぐ近くに用意されている手足に固定する道具。そして元々ゼクトのハジャともう一つ何か別のハジャ。コレらを同時装備する為になんらかの投薬なのか身体に注入しているらしい。

 

「気になるかコトコ? こいつはアドバンスドハジャ。ザ・キューブと同じ力を持ったハジャなんだ。本来は選ばれた者にしか使えないらしんだけど、俺は無理やりそれに適合させてもらう」

「それって身体とかへの負担とか大丈夫?」

 

 ゼクトの身体には不自然に血管が浮かび上がっている。そして心なしか辛そうに見える。聞かなくても身体への負担は大きいのだろう。二人の仲間を失ってゼクトも覚悟を決めたという事らしい。あの巨大な巫学兵器が起動すればマガカミの群れに勝てるという希望を胸に最後の戦いに赴くつもりだ。

 

「もう死ぬのが怖いとか言ってられる状況じゃねーからな。俺がやらなきゃ、マガカミに王都が落とされる。コトコ、頼みがあるんだけど聞いてくれるか?」

「何?」

 

 ゼクトは少し辛そうにしながらなんとか笑顔を作ると僕にこう言った。

 

「エイミーと話す事があったら俺の心配してると思うからさ。大丈夫だって言っといてくれよな」

 

 ゼクトはどうあれ自分の身体の使用期限が今回のアドバンスドハジャを使う事で終わると薄々気づいているらしい。

 僕は一言。

 

「分かったよ」

 

 これは死を望む僕に対して、死を覚悟したゼクトへ僕なりの敬意だ。

 

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