第2話 一人前の魔女の条件は良い弟子に出会える事
毎朝の日課。
水汲み、掃除、そして次の日のパンの仕込み。
今日のパンは昨日仕込んだ物を焼く。
ロスウェル、もとい師匠は日常生活において不便さを大切にしろと僕に教えてくれた。魔法を駆使すれば生活のほぼ全てを効率化できる。
魔法は偉大で、それを扱う者は優れていると一部の者が勘違いし、魔法先進思想論者達による戦争が大昔にあったという。ほんとか嘘かは分からないけど、その戦争を止めた偉大なる魔女の一人がロスウェル。
僕の師匠らしい。
師匠は僕に魔法の修行の時間を朝食後の二時間、昼食後の二時間、そして復習をかねた夕食前の一時間のみとしている。
褒められ、優しく注意され、そして新しい事を学ぶ。
楽しい、実に楽しい!
僕は要領が良い方じゃないかもしれないけど師匠はそんな僕を大いに大事にしてくれた。
「師匠、お茶の時間だよ」
「おぉ、そうかそうか!」
残ったパンと沸かしたミルク、そして卵でタルトの下地を作り、焼いた物に果物を乗せたお菓子。そういえば僕はかつてケーキ屋さんになりたいと漠然と思っていたんだ。
限りある材料で出来合いみたいなそれでも師匠は喜んで食べてくれる。
師匠はお茶で口の中を潤し、タルトを美味しそうに頬張ると、
「うむ今日の菓子も美味い! コトコ。時に外の世界、街に出てみたいとかは思わぬのか?」
「いや別に、多すぎる情報は僕をまた殺したくなるかも知れないし」
「全くコトコは悪い方にばかり考えよるの。思いつく懸念など意外と思い過ごしであることの方が多い。千年以上生きるワシが言うのじゃ、コトコの言うサンプルとやらなら十分に取れておるであろ?」
師匠は頭がいい。
僕が屁理屈を述べれば僕が納得する水準で理屈で返してくる。外の世界なんて全く興味はないけど、師匠と一緒なら悪くないかもしれない。あまり気乗りしなかったけれど、僕が行くよと言ったら師匠は嬉しそうに笑って僕の手を取った。
転移魔法、それも無詠唱ときた。無詠唱理論は教えてもらったけど相当ヤバいレベルの魔法構文を解読しなきゃならない。
師匠は本当に大魔女なのかもしれない。
目を開くとそこは海外のアーケードのような多種多様の店が僕を出迎えた。
なるほど、全く無くならない食材の確保はここから仕入れていたのだろう。
大きな赤い実を二つ手に取った師匠は「おやじ、二つもらおう」と小径の貨幣を支払っていた。
そういえば、この世界の貨幣経済に関して僕は何も知らないなと思うが、別に興味もなかった。師匠に渡された赤い実。
リンゴのようなものかと思って齧ってみると、
「!!!!!!」
すっぱ!
僕の驚いた顔に師匠はしてやったりな表情を浮かべている。なんで師匠は普通に齧って食べてるんだ? レモンよりすっぱいぞ。僕は僕の持っている木の実を師匠に差し出して代わりに師匠の木の実を齧ってみた。
すっぱ!
「ははははは! ワシのは甘いと思ったか? この実はマジックポーションの原料にもなる。精製すると酸味が消えてしまうが、生のままだと癖になる酸っぱさだからな。コトコにはまだ早かったか」
くっそ……見た目は小さい子供なのに酸っぱいもの好きとかそこだけ年寄りみたいだ。あれこれと僕の知らない物を教えてくれる師匠。弟子とはいえ、全く関係のない僕にこれだけの事をしてくれる師匠と、何もしてくれなかった両親とを比べると、親ガチャってのは実際ある物だなと僕は思った。
師匠は雑貨屋の前で足を止めると、とんがり帽子。これぞ魔女だ! という代物を見つけた。
「コトコ! これはお前によく似合いそうだ」
冗談でしょ。
渋谷のハロウィンでもそんな帽子かぶってるのはテンション振り切ってるJKか外国人くらいだよ。僕は元JKだったけどダウナーで陰よりの人間だよ。とはいえ師匠は僕の頭にそれを乗せてお会計しちゃったよ。
「師匠、ありがと」
「良い良い。かつては師匠の持ち物を代々譲るのが慣わしであるが、新しい物の方がよかろう」
「僕は師匠の持ち物でも全然嬉しいよ」
「コトコは物欲がないの、ワシが弟子をしていた時はなんでもかんでも新しい物を欲しがった物であるがな」
師匠が弟子だった頃、想像がつかないや。師匠って生まれながらに師匠だったんじゃないかなとか思ってたけど、そりゃそうか……
「師匠の師匠ってどんな人だったの? 師匠みたいに優しかったの?」
「一言で言うなれば、全てを呪っておったな。ワシが弟子入り志願した時も冷やかしか罰ゲームで来たと十年は思っておったからな」
十年も修行して冷やかしとか仕掛ける側も相当な胆力がいるだろうに……師匠の師匠は見た目が恐ろしかったらしい。どんな風にかは師匠の話からは分からなかったけど、それで迫害されてきた魔女だったという事。されど、凄まじい魔法の力と知識を持ったその魔女に師匠は弟子志願をした。師匠は見た目とか気にしなさそうだし、風評被害とかもまぁ流しそうだもんな。
「それでもまぁ、長くいるとワシの師匠もワシの事を認めてくれてな。卒業するときに何が欲しいかと聞かれ、ワシは師匠の全てを欲した。流石に怒られたがの! ふふ、懐かしい話じゃ。一人前の魔女はの? 生涯に一人、立派な弟子に出会えるかどうかと言われておる。そういう意味では師匠はワシに出会い。ワシはコトコに出会えた。魔女冥利に尽きるという物じゃな。いつか、コトコが弟子を取るときは、ワシより良い師匠になる事じゃ」
「ならないよ。僕は死ぬまで師匠の弟子のままだし、きっと師匠の元から離れる時は死ぬ時だよ」
またそんな事を言ってと師匠に笑われた。アーケードを抜けると、この世界の文字で喫茶に近い意味合いを持つ。テーと書かれたお店の前で師匠は立ち止まった。
「冷たい物でも少し飲んでゆくか?」
「うん」
僕は弟子になった時に師匠にもらった魔法の杖、そして街に降りて知ったけど僕に着せてくれた服は相当物がいい。それに先ほど見繕ってくれた帽子。見た目だけなら一人前の魔女といってもいいかも知れない。
店員に注文をして待っていると、一人の初老の男性が近づいてきた。
「ロスウェル先生、ロスウェル先生ではありませんか?」
「ほぉ、ワシの名を知っているとは、確かにワシはロスウェルじゃが」
「わた、いえ! 僕です! 四十年前に異世界の魔物から救っていただいた」
「あー、あの時の小僧か、良い年の取り方をしたな。妻に、子は?」
「娘と息子が……妻は流行病で……ですが、私の話を聞いて長女は魔法学園に入ったんです。これも何かの縁です。もし卒業後に先生の元で従事できれば」
嫌だなとちょっと思った。
師匠が取られるみたいで……
「すまんな。ワシには今、このコトコという弟子がいてこやつを立派にするのに時間がかかりそうだ。じゃが、今の魔法学園の講師陣にも知り合いはおる。目をかけてやるように言っておいてやるゆえ」
「ありがとうございます!」
魔女ロスウェル、その名前に、お店の人たちが一気にこちらを注目する。どうやら師匠は自称ではないガチの大魔女だったらしい。
「師匠って、ほんと凄い魔女だったんだね?」
「当然じゃ、なんせ大魔女ロスウェルであるからな……コトコ、店を出るぞ? 何やら邪気を感じる」
師匠に遅れて随分して僕も何かがここに、いや違う。僕が把握できる全ての地域に現れる気配を感じた。
これが僕にとって長い長い、命を宿した出会いとなる事になる
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