3 剣士のKさんのケース【ざまぁ編】

「虫は胴体にも神経節があって、頭を潰しても攻撃してくることがあるから気をつけないといけないんだ」


 実演形式で、俺はビッグビートルの胸部に剣を突き立てながらそう説明した。


「はい、分かりました」魔術師のマーサは生真面目にメモを取る。


「分かりました、ケヴィン先生!」武闘家のブレンダはおどけて手を挙げる。


 今日俺は、『ざまぁ代行』の男に紹介された新人たちを連れて、森へクエストに来ていたのだった。


 反応は対照的だが、二人は俺の話をよく聞いてくれていた。『ざまぁ代行』の説明通り、素直な性格のようだ。


 クエストの雰囲気にも慣れてきただろうし、次はマーサたちだけで討伐をさせてみるか。そう考えて、俺は森の散策を再開しようとする。


 その時、森の奥から見覚えのある人物が走ってきた。


「その年で【剣術Lv3】はやばいでしょ」「おじさんみたいな無能はいらないんだって」…… そう言って俺を追放した、元のパーティメンバーたちである。


「邪魔よ! どいて!」


 自分から突っ込んできておいて何を言ってるんだ。特にお前はリーダーなんだから、メンバーの模範になるような振る舞いをしろ。


 と、俺が彼女を説教することはなかった。リーダーはぶつかるよりも、もっと重大な問題を起こしていたからだ。


「擦りつけだ!」


 わざと他のパーティの方へ逃げて、モンスターの攻撃対象を自分たちからそらすことを擦りつけと呼ぶ。冒険者の間では、最上級の迷惑行為として固く禁じられている。


 その上、元パーティが擦りつけてきたモンスターは、この森の王とも称される巨狼、ベインウルフだった。【剣術Lv3】の俺では到底勝ち目はないだろう。


 だが、それでも俺はベインウルフの前に立つのだった。



          ◇◇◇



「紹介料の支払い以外に、ケヴィン様にはもう一つ守っていただきたい条件があります」


『ざまぁ代行』の男は、ビジネスバッグを開く。かばんの大きさよりもずっと長い、棒状のものを取り出す。


「討伐の際は、必ずこちらの武器を持っていくようにしてください」


「これは?」


「カタナと言うそうです」


【剣術Lv3】とはいえ長年剣士をやってきたから、名前くらいなら聞いたことがあった。確かサムライとかいう東国の剣士が使う武器だったはずである。


「そんなにすごい剣なんですか?」


「確かに性能はいいです。しかし、それ以上にあなたとの相性がいいんです」


 相手の能力を見抜くというレアなスキルを改めて使ったのだろう。男の瞳に閃光が走った。


「ケヴィン様には、普段使っておられないスキルがありますよね?」



          ◇◇◇



 難敵ベインウルフを前に、俺は未使用のままになっていたスキル、【天風てんぷう】を使う決意を固める。


 名前からずっと風魔法系のスキルだと思い込んでいた。杖を買って試してみたこともあった。しかし、『ざまぁ代行』に言わせると、剣術系に属するものらしい。


 右手は剣を握り、左手は鞘を握る。手だけでなく脚や腰の動きも使って、踏み込むように鞘から剣を抜く。その「抜き」の動作によって相手を斬る。


 これが【天風】の――【の正しい使い方なのだという。


 スキルを発動した瞬間、カタナが疾走する。


 名前の通り、あたかも天つ風天空を渡る風のようだった。


 そして、その風に吹かれて、ベインウルフは真っ二つになるのだった。


「こんな強力なスキルを持ってらしたんですか!」マーサが珍しく大声を上げる。


「ケヴィン先生じゃなくて、ケヴィン剣聖じゃん!」ブレンダは普段以上にはしゃぐ。


 もっとも、一番興奮していたのは二人ではなかった。


「いやぁ、俺も使うのは初めてで」


 まじまじとカタナを握る自分の手を見つめる。もう二十年以上冒険者をやってきたのに、こんな力が自分にあったなんて知らなかった。


 ベインウルフの討伐報酬は1億Gは下らない。つまり今日だけで、『ざまぁ代行』には10万Gの紹介料が入ることになる。「0.1%で十分」と言っていたのは、こういう意味だったようだ。


「や、やるじゃん、ケヴィンおじさん」


 擦りつけをうやむやにするためだろう。ベインウルフが死んだのを見て、元パーティのリーダーたちが引き返してきた。


「おじさんがどうしてもって言うなら、パーティに復帰させてあげてもいいけど?」


 お前らと違って、マーサとブレンダは素直に注意を聞いてくれる。


 それに【天風】を使う前から、二人は俺の努力や経験を尊敬してくれていた。


『ざまぁ代行』に真の仲間を紹介してもらったあとで、元のパーティに戻る理由なんて何一つなかった。


「もう遅い!」

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