ep02.紅い瞳の女

 それにしても、体が重い。

 呪われた装備の影響で、全身に倦怠感がまとわりついて離れなかった。

 体を引きずるように進み、俺はようやく迷宮の森の奥地へと辿り着く。

 そこでは、青の暴君と激しい戦闘を繰り広げるイグナス達の姿があった。


 ――グオオオーーッ!


 青の暴君が咆哮を上げる。

 サファイアのごとき美しい青鱗、瑠璃色の瞳と湾曲した角──。

 凶暴なモンスターと聞いていたが、あまりの美しさに俺は一瞬見入ってしまった。


雷鳴の一閃アラメイ・スラッシュッ!」


 イグナスが剣を構え、魔法剣を発動させる。

 彼の代名詞とも言える雷属性の剣技。勇者にのみ許された奥義の一つだ。

 光に満ちた刃が横薙ぎに振り抜かれ、青の暴君の硬い鱗を鮮やかに切り裂いた。


 ――ギャオオオーーッ!


 散った鮮血は、まるで赤い花弁が舞ったようだった。

 青の暴君はそのまま崩れ落ち、息を引き取る。

 これにて、迷宮の森のクエストは終了となった。


「これでクエスト終了だな。後は村に戻って報告するだけだ」

「お疲れ様、イグナス」


 疲労困憊のイグナス──相当な死闘だったのだろう。

 ミラがそっと近づき、回復呪文『アンバーケア』を唱える。

 淡い琥珀色のオーラがイグナスを包み、みるみる傷が癒えていった。


「流石、ミラの回復魔法だな」

「えへへ……」


 褒められて頬を染めるミラ。

 本当にイグナスのことが好きなんだな、と思う。

 そんな二人を見ながら、俺は少し虚しさを覚えていた。

 やっと追いついたというのに、結局何もできず見守るだけだったからだ。


「青の暴君か、それに――」


 ジルが死骸を眺め、ふと俺のカタストハンマーに視線を向けていた。

 何か言いたげだ。


「どうした?」

「いや……何でもない」


 ジルはそれだけ告げ、イグナスたちのもとへ戻っていった。


          ***


≪名も無き村≫


 俺たちは村に帰還し、討伐の成功を祝して盛大な祝勝会が開かれていた。


「勇者様、本当にありがとうございました! これで村は救われます」

「あのドラゴンに何人も村人が殺されましたからな……!」


 村長をはじめ、多くの村人たちが礼を述べてくる。

 豪勢な料理が並べられ、酒の入ったジョッキが次々と運ばれてくる。


「ハハッ!いいってことよ!」


 イグナスは上機嫌で酒を飲み干していた。

 一方の俺は――。


「ところでイグナス様、あちらのお方は……?」

「ああ、あいつか。まあ、一応“仲間”みたいなもんだな」


 呪われた装備のせいで、俺の見た目はもはや魔王軍の幹部のようだ。

 とても戦士には見えず、魔剣士と勘違いされてもおかしくない格好だった。

 気まずくなった俺は、会場の隅でひっそりと酒を飲んでいた。


「体が……重いな……」


 ブラッドアーマー、呪いの防具。

 防御力は跳ね上がるが、素早さが大幅に低下する。

 おまけに装備を外すこともできない。

 呪いを解除するには『ケンバヤ』の呪文か、教会で神父に解呪してもらう必要がある。


「お兄さん、ひとりで寂しそうね」


 ふいに声がし、隣を見ると黒いローブの少女が座っていた。

 幼い顔立ちなのに、どこか妖艶な雰囲気をまとっている。

 こんな女、村で見た覚えはない。


(魔術師……か?)


 フードから覗く赤い瞳は、まるで磨いたレッドスピネル。

 思わず見とれてしまい、慌てて目を逸らす。


「何か?」

「い、いや……何でもない」

「ふぅん……」


 彼女は頬杖をつき、微笑んでいる。

 しかしその笑顔は、どこか『作り物』のようだった。


「あなた、勇者パーティの戦士なんですってね?」

「ま、まあ一応は」

「へぇ……じゃあ青の暴君を倒したのはあなた?」

「いや、俺じゃない。あそこにいるイグナスがやった」

「……イグナス。あの勇者が……」


 ローブの女は、冷たい光を宿した瞳でイグナスを見つめていた。

 嫌な圧を感じたその瞬間――。


「ガルア!ちょっと来てくれ!」


 イグナスに呼ばれた。


「あ、ああ……」


 彼女に軽く会釈して席を立つ。

 俺の近くにいた村人たちは、怯えるように距離を取っていった。


「お前、恐がられてるぞ」

「それはお前が……」


 イグナスは笑い、いつもの調子で言う。


「その呪い装備、強力だけどデメリットもデカいからな。イベント終わったら“いつも通り”解いてやるよ」


 そうだ。

 戦闘が終わるたびに、イグナスは少しだけ金を教会に寄付し、俺の呪いを解いてくれる。

 これはいつもの流れ――のはずだった。

 だが、今日は違った。


「ガルア。クエストの後、俺の泊ってる部屋に来てくれ」

「部屋?」

「俺の部屋だ」

「……何の話だ」

「大事な話がある」

「大事な……?」

「詳しくは後でだ。戻っていいぞ」

「わ、わかった……」


 イグナスの目は真剣……だが、どこか濁った光が見えた。

 嫌な胸騒ぎがする。

 席に戻ると、ふと気付いた。


「あれ……?」


 さっきまで話しかけていたローブの女が、跡形もなく消えていたのだ。

 あの存在感の薄さ……まるで幻でも見たかのようだった。

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