第5話 📜 妄想と現実の交錯:芥川治の「太公望」
中国到着・夜の路地裏
飛行機が着陸し、ホテルにチェックインした後、芥川治は興奮冷めやらぬまま、歴史の空気を感じようと夜の街へ繰り出していた。彼の手には、いつもの分厚い脚本ノートが握られている。
「孫武(阿部サダヲ)の兵法思想は、現代のビジネスにも通じる。これをいかに映像化するか…」
治は頭の中で「呉越編」のシーンを組み立てながら、賑やかな大通りから一本入った、暗い路地裏に入り込んでしまった。
突如、路地の影から、二人の男がぬっと現れた。いかにも柄の悪そうな地元のチンピラだ。彼らは治の手にある分厚いノートと、治の首から下げたカメラに目をつけた。
「おい、観光客。そこで止まれよ」
「そのバッグ、ちょっと見せてもらうぜ?」
男たちは、荒っぽい中国語で捲し立てる。治は急に現実に引き戻され、背筋に冷たいものが走った。
「な、なんだ君たちは! 私は脚本家だ、何も持っていない!」
治は震える手でノートを胸に抱きしめた。このノートこそ、彼の「天命」そのものだったからだ。
「脚本だぁ? そんな紙切れ、金にならねえよ! カメラと財布を出せ!」
チンピラの一人が治に掴みかかり、ノートを奪い取ろうとした。治は抵抗し、もみ合いになった瞬間、治の頭の中で**「天命の法則」**が閃いた。
悪徳の排除と、太公望の召喚
(治の頭の中のナレーション)
――黄帝は蚩尤を討ち、湯王は桀王を討った。歴史とは、悪しき者(混沌)を排除し、新しい秩序(天命)を呼び込むことで、初めて前進するのだ!
…そうだ、私の妄想する歴史大河ドラマの世界では、悪しき者を排除する力が、賢者を召喚する鍵となるはずだ!
治の目は、恐怖から一転、ギラリとした脚本家特有の狂気を帯びた。彼は、右手に持っていた、重さのある頑丈な金属製の筆記用具ケースを、チンピラの顔面に渾身の力で叩きつけた。
「この**『暴虐の化身』**めが! 私の『天命』を邪魔するな!」
チンピラは、鈍い音と共に呻きを上げて倒れ込んだ。
その瞬間、暗い路地裏の空気全体が、まるでCGで描かれたように歪み始めた。治の脳裏に、渭水のほとりの光景がフラッシュバックする。
「…王の運命を釣る」
治は、よろめきながら、もう一人のチンピラに向かって叫んだ。
「お前も、**『歴史を汚す悪徳』**だ! 放伐の剣を受けよ!」
治は、倒れたチンピラから剥がれ落ちた、粗末な木製の看板の破片を拾い上げ、もう一人の男の腹に突き刺した。男は絶叫し、血を流して倒れ伏した。
治の周りには、二人の倒れたチンピラと、血、そして、彼の荒い息遣いだけが残った。しかし、路地裏は、もはや現実の光景ではなかった。
濃密な霧が立ち込め、霧の中から、微かに釣り糸の音が聞こえてきた。
「…ふむ。このタイミングで、天命を欲する王が訪れるとは、面白い」
霧の中から、一人の老人がゆっくりと姿を現した。
賢者の降臨
現れたのは、質素な布衣をまとい、その顔には深い知性と、人を食ったような飄々とした笑みを浮かべた老人。
(西田敏行演じる太公望が、釣竿を肩に、治の目の前に立つ。治は、あまりの迫真性に腰を抜かす)
太公望(西田敏行):「ほう? わしが七十年待ったのは、周の西伯昌だったはずだが。お前さんは、やけに慌ただしい**『脚本家』**じゃな」
治は、恐怖と興奮で声が裏返った。
「た、太公望様! き、姜子牙様! なぜここに…?」
太公望(西田敏行):「**
太公望は、倒れているチンピラたちを一瞥し、鼻で笑った。
太公望(西田敏行):「しかし、随分と粗暴な**『放伐』じゃな。王の器には、まだ遠い。それよりも、お前さんの顔には、『呉越の時代』**の悩みが見える」
治は、持っていたノートを太公望に差し出した。
「太公望様! 助けてください! **勾践(高橋一生)をいかにして孫武(阿部サダヲ)**に勝たせ、**伍子胥(玉木宏)**の悲劇をいかに描けば良いのか、道筋が見えません!」
太公望は、ノートを受け取ると、表紙のタイトル**「天命」**を指で叩いた。
太公望(西田敏行):「ふむ。呉越の戦いとは、『忍耐と復讐』の物語。勾践が勝った鍵は、『
彼は、治の顔を覗き込む。
太公望(西田敏行):「お前さんは、**『即座に悪を討つ』ことはできたが、『七年間、鎖に繋がれて耐え忍ぶ』ことはできまい。それが、お前さんの脚本の『知恵の穴』**じゃ」
治は、太公望の言葉に心臓を鷲掴みにされた。
「臥薪嘗胆…忍耐…」
太公望(西田敏行):「お前さんの『天命』を完成させたければ、まずは、この現実で、忍耐を学べ。さあ、立て。次の舞台は、『孔子の時代』。彼は、この混沌とした時代に**『人の道』という、新しい秩序**を提示する」
太公望は、治の肩を軽く叩いた。その瞬間、霧は晴れ、太公望の姿は、まるで砂のように消滅した。路地裏には、二人のチンピラが血を流して倒れている。
治は、呆然と立ち尽くした。ノートのページには、太公望の書き込みが残されていた。
「孔子:役所広司。彼の*『仁』こそが、究極の忍耐**じゃ」*
(現実に戻った治は、チンピラたちを前に震えながらも、次の脚本のアイデアに打ち震える…)
エピローグ:逃走と新たな構想
治は、警察に通報する暇もなく、チンピラの財布から少額の現金を抜き取り、恐怖に駆られてホテルまで駆け戻った。
部屋に戻った彼は、洗面所で顔の血を洗いながら、興奮を抑えきれなかった。
「見た…見たぞ! 西田敏行の太公望だ! 『孔子の時代』…次は**『仁と忍耐』**の物語だ!」
治は、再びノートを広げ、次のページに書き込み始めた。
「孔子編:主演 役所広司。テーマ:仁と忍耐。…究極の忍耐とは、自分の思想が受け入れられなくとも、『道』を説き続けることだ」
治は、この国での旅が、現実と妄想が入り混じる、予測不能な**「天命の旅」**になることを確信した。
次は、「孔子の時代」の物語を描きます。
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