第1話 尖った男①

 ジリリリリリリッッッーーー!!!


 けたたましい目覚まし時計の音で半覚醒状態の布団の中から手を伸ばす。

 何度か空振りの後、手探りだけでアラームを切る。

 手を伸ばした姿勢そのままにうつらうつら。。。


 すると今度は布団から距離のある所に置いた目覚まし時計が同じようにけたたましく鳴り響く。さすがにこちらは手が届かないので諦めたように、声にならないくぐもった声とともにのそのそと布団から這いずり出てアラームを切る。


 「んぐぅ・・ふぁぁぁぁ・・・もう、朝か・・・ねみぃ・・・」


 両手で目をこすりながら、いまだ覚醒に至らない不甲斐ない体に活をいれるように大きなあくびとともに独り言ちる。


 二度寝の誘惑に負けないよう、遮光カーテンを開けベッドに座りまずは深呼吸。

 腕を交差させたり、体を屈伸したりと軽いストレッチを始めていく。徐々に体が覚醒していく。 毎朝の習慣のため繰り返されるルーティン。 少し痛気持ちいい程度まで負荷をかけ、「一日が始まるぞ」と体をリセットさせる。


 頭と体が覚醒したらキッチンへ 。トースト2枚をトースターへセット。

 所せましと並んだたくさんのコーヒー豆から「よし、今日はモカだな」と選んだら、コーヒーミルで粉砕しコーヒーメーカーにセットしてスイッチを入れる。


 どちらも準備できたらBGM代わりにテレビの電源をつけ、適当に番組を選び洗面台へ。「さてさて今日の歯磨き粉は・・・うし、これだな」と数ある歯磨き粉からA社の強ミント味をチョイスしたら歯を磨きながら寝ぐせを水で濡らして整える。最後にうがいをしてついでにそのまま顔もばしゃばしゃと洗う。


 ちょうど「チーン」とトースターのタイマー音がなり、合わせたようにコーヒーもぴったり出来上がる。部屋の中に満たされるトーストの焼きたての香りとコーヒーの煎れたての香りがたまらない。


 独り暮らしなのに無駄に3つ並んだ冷蔵庫の一番右から数あるバターと数あるジャムの中から5つ葉バターと特選とちおとめイチゴジャムを手にとる。

 その場で回れ右して食器置きにそのままの乾いた皿とコーヒーカップを取りだし、トーストをのせ、コーヒーを注ぎ、そのまま流しの上でバターとイチゴジャムをふんだんに塗りたくった朝食を「いただきマッスル」と手を合わせ立ち食いする。


 なぜって?パンくずが落ちるのが嫌なのとそのまま流しにおけるってだけの時短という名のずぼら。行儀が悪いのは重々承知してるがそこは独り暮らしゆえの行動。


 もぐもぐ

 ぐびぐび


 テレビから「今日の占いカウントダウン~」って聞こえだしたぐらいで「ごちそうサマンサ」と手を合わせ終了。そのまま流しに置く。ね?時短でしょ?


 もう一度歯磨きをしつつ、そのままお手洗いに行ってうなることしばし・・・

 色々さっぱりしたら残ったコーヒーを水筒に詰めて、貴重品の入ったリュックに押し込んで、いつもの黒のジャージ上下を着ていざ出勤。隣接の納屋から愛車のカブを取り出し職場へレッツラゴー。


 ""佐野原 章介""(さのはら しょうすけ)の朝はこうしていつも始まる。


 もうお気づきだろうが、章介には少々?変わった趣味がある。

 そう「気に入ったものは集めずにはいられない」という尖った趣味という名の病気である。


 コーヒー、歯磨き粉、バター、ジャム・・・その他にも石鹸、洗濯洗剤、柔軟剤、醤油、味噌、包丁などなどなど・・・そのくせ服や靴などは毛玉があろうが「着れたらいい」、靴底がつるつるだろうが「履けたらいい」とほぼ無頓着。出勤、外出全てジャージである。


 尖った収集癖である。


 その中でも特に多いのが本。漫画、小説、雑誌、辞書、専門書・・・

 図書館もかくやといわんばかりの蔵書量である。


 章介は専門学校卒業から就職と同時に親元から独り暮らしに移行。ここまでは一般的だが、「物の置き場所がない」という斜めな理由で独り暮らしをはじめた。

 本の置き場所のためにも、給料と相談のうえとにかく広さを求めたので職場までバイクで1時間かかるが山の中にリアルポツンと一軒家という現状である。


 二階部分は一人分通れる隙間を残し、びっちりと本棚と本が鎮座している状態。最近では階段部分も浸食されつつあり本気で増築するかが悩みの種となっている。

 ちなみに本当にするかどうかは別として、すでに大家さんには増築しても良いと許可はとっている。根回しはできる子である。


 学生時代はお小遣いとバイトで稼いだ金銭と一人部屋のサイズ的に色々と限られていたが、まとまった安定した給与になったとたん抑えに抑えていた衝動をいかんなく現在進行形で発揮している。

 独り暮らしして10年・・・それはそれはすごいことになっているとだけ記載する。


△▼△▼△ △▼△▼△


 バイクにまたがりお気に入りアニメOP曲マイベストメドレーを鼻歌熱唱1時間。

 俺の職場である病院に到着。職種は臨床検査技師という職種。


 知ってるかな?まぁ、あまりメジャーではないみたいで一般的には「検査の人?」とひとくくりにされるけど、あながち間違ってはいない。


 給与の安定を求めた結果、医療系にしようと安直に決め、実家から近い各種専門学校を回っているときに見つけた職種。

 何か縁があって臨床検査技師って職を知らないと、この職業にはたどり着かんと思うんだよね。


 かくいう俺も医療系っていったら看護師かな?なんてふわふわとした考えで専門学校巡りしてるときに「白衣、かっけぇ」と安易な決めかたしたぐらいだし。

 けっして「ひょっとして心電図検査ってお π チャンス?」なんてラッキースケベが脳裏をよぎったとかよぎらなかったとか、そんな説もなくはないこともない。


 検査っていっても本当に幅が広い。

 採血作業、血液検査、尿検査、遺伝子検査(PCR)、輸血関係、病理検査、病理解剖助手、心電図検査(ECG)、眼底検査、脳波検査(EEG)、筋電図検査(EMG)、呼吸機能検査(スパイロ)、超音波検査(エコー)、聴力検査などなど・・・・

 委細詳細は今は割愛するが、ざっくりと検査技師の職域幅は本当に広いと知ってくれたらいいよ。


 救急のために当直業務もあるため関係する検査はだいたい満遍なくこなせるが、そこから各個に皆自分で決めた専門の検査項目に特化していく。

 これもあまり一般的ではないけど治験分野や不妊治療や臓器移植コーディネーターなんかも検査技師がいるんだぜ?

 関わりないから正直詳しくは俺も知らんけど・・・


 ちなみに俺の特化は超音波検査。所謂エコーってやつな。ほんとはultrasonography(US)ってのが正しいんだけどもエコーで定着してるわな 。

 さらにエコーっても上腹部、下腹部、甲状腺、頸動脈、上下肢動静脈、心臓、乳腺、産科などなどさらに専門性は細分化して中々やりこみ要素が強い職種だと思う。

 上腹部ひとつとっても、臓器の位置や働き、各種疾患との関連性、どういう見え方映り方をするか、年齢や性別による差異など覚えることがとにかく多い。

 これに加えて所見用紙の作成、エコー機の操作の習熟やシステムの把握、各種論文に目を通したり発表したりと奥が深すぎる。まぁ意外にやりがいのある仕事ではないかなと俺自身は思う。


 エコーよりCT?そりゃざっくりとスクリーニングする分には優秀だけど、何mmでって設定でスライスしてるから、病巣が飛んで映らない時もあるからね。たしか腹部CTだと1~5mmぐらいが標準的だったかな?詳しくは知らんけど・・・それは放射線技師の分野だからね。


 何よりCTは閉所恐怖症の人や妊婦さんとか放射線が向かない人もいるし、認知症の高齢者やじっとできない子供とかには向かないので、ケースバイケースだね。


 そうそう、ついでなんでここで愚痴をひとつ聞いてくれや。検査ってさ、原則予約制なんよな。よくさ、5分、10分と検査の予約時間に理由もなく平気で遅れてくる人がいるんだけど・・・あれさ、マジ困るんだわ 。

 もちろん人の行動だから日々色々あってどうしようもないときは仕方ないってわかってるよ? でもね「5分遅れたんで、じゃ全部検査できてないけどここまでね」なんてできるわけもなく、遅れたら遅れた分だけそのまま次の検査予約もズレてくんだわ。

 これが2人、3人とかなってくるともう昼休憩がなくなるうえに、時間通りに来てる他の患者さんには「遅い」って怒られる。

 社会人としてマジレスするわけにもいかんので「申し訳ありません」と言いつつも、心の中では「はぁ?俺に言うなよ」とストレスましまし。マジ禿げる。


・・・すまん。ちょっと愚痴って楽になったわ。


 ちょい脱線したけど、俺の仕事はこんな感じ。それをかれこれ10年ほどやってる。役職はないけど新人教育をするぐらいの中堅にはなっている。(彼女歴なし = TB = 31歳独身だけどな!涙)


 職場環境良し、他職種とも仲良し、両親健在、貯金をしつつも趣味に全力。

 だからこんな人生だけど概ね不満はない。

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