第6話 猫ちゃんだからネ

 翌日の昼下がり、スタジオスタッフのバイトまであと一時間半。

 O市駅前の広場は、待ち合わせや、所在なく時間を潰す人でそこそこに賑わっていた。

 遅れないよう早めに出たのだ。


 親友が亡くなってその部屋を……などと事情を聞けば皆同情してくれたので、復帰にあたり気まずさは無い。

 もっとも、部屋はそのままで、故人はオバケとなり横で鼻歌を歌っているわけだが。

 駅前も数ヶ月ぶりで、亜美は周囲を見回した。お店とかちょっと入れ替わってる?


 ――と、悲しげな光景が目に入った。

 広場のベンチに腰掛け、俯く女の子がいた。

 ペット用と思われるバスケットを抱き抱え、蓋は開いている。

 中学生くらいで、肩は小刻みに震えていた。


 亜美は、いかにもお節介だと思いながらも、声をかけた。

「――どうしたの?」


 少女はビクリと肩を揺らし顔を上げた。泣き腫らした目だ。

「あっ、その……猫が」

 彼女はバスケットに目を落として言った。


「うちの猫、サヨリが、逃げちゃって……」

 病院の帰りに、キャリーバッグの留め具が甘かったのか、何かの音に驚いたのか。

 籠から飛び出し逃げてしまったのだ。

「やっぱり病院はキライで、注射もカラーもしたから怒っちゃって……」


『うう、かわいそう』

 亜美の肩ごしに顔を出した香織が呟いた。亜美の頭にしか聞こえない声だ。


「どんな猫?」

「茶トラで、ケガしてて、エリザベスカラーを付けてます」

 カラーを付けて出歩く猫は目立つ。遠目でもわかるだろう。

 既に事情を聞いたらしい数人が植え込みや車の底を覗き込み探していた。


 ――皆優しいな、猫ちゃんだしな。

 亜美は見回して、ビル群を見た。

 少し遠目、人目のないところまで迷い込んだかも知れない。


「わたし、向こうの路地裏とか見てみるよ。あなたはここに居て。戻ってくるかも知れないから」

「え、でも」

「いいから。ああ、これひとつ貸して」

 彼女が持っていた猫オヤツをもらった。


『亜美、優しいね』

「あたりまえでしょ、なにしろ猫ちゃんだからね。香織も探してよ」

 躊躇する理由は何も無い。あの娘はサヨリが見つかるまで動けない。


『うん、猫ちゃんだもんね! よーし、手伝うよ。ちょっと待ってて』

 人差し指を立ててポーズ(必要ない)を取ると、香織の体がフッと消えた。

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