第25話 俺があなたを救います
『緊急生中継です! 迷惑なライバーがまたもやテレビ塔に侵入してきました!』
監視カメラを切り替えるように、様々な画角から怜が映し出される。
「別に、ライブするわけじゃないから春咲まで付いてくる必要はないんだけど」
「あたしだって守宮ちゃん大切だもん!」
そういいながら、春咲は動画用に怜の後ろについてカメラを回す。
こうして探している間にも、脱出の制限時間が刻一刻と過ぎていく。
モニターに映る画面では、春咲が電流イライラ棒で苦戦している。
そして、その画面のワイプでは怜が映し出され――『脱出までにライバーは彼女を助け出すことが出来るのか!?』という特別放送仕様になっていた。
怜はテレビ局に侵入する。
数多のキョウイが怜に襲い掛かるが――遺産を食いつぶすように、惜しげもなくアンチメーターから力を注入する。
「どこにいるんだよ――!」
入り組んだ構造の中、怜は当てもなく走り回る。
だが。
『時間切れです!』
館内放送で、怜に向けてのアナウンスがされる。
「そんな――守宮!」
モニタの中で、守宮の足元がぱかっと開く。
落とし穴が登場して守宮が吸い込まれて――
『それでは、また来しゅ……』
締めようとしたした司会者の言葉が止まる。
それは――落ちていたはずの守宮がまだそこにいたから。
「困っている人がいるのなら――ボクはいつでも助ける!」
『おお――っと! なんと超人が、番組の枠を超えての登場だ! これはアツい!!』
「超人……」
『さて、脱出するぞ――!』
超人が息巻いて――それから、放送枠が終わって次の番組が始まった。
怜は長く続く廊下の隅っこにへなと座り込む。
「なんだよ……俺、やっぱり要らねーじゃん」
結局、守宮は地下二階のスタジオに居た。
怜が迎えに来ることを読んでいたかのように、守宮が待つ楽屋までの道にキョウイは一人も居なかった。
「悪いな。俺――守宮のこと、助けられなかった」
「そんなことありませんっ! 助けに来てくれただけで充分です!」
「結局超人に持っていかれて――なっさけない」
ぶっきらぼうに、怜は言葉を吐き捨てる。
「違いますよ――れい君。自分を責めないでください。確かに、私は超人さんに助けられましたが――れい君が来てくれて、とっても救われてるんです」
守宮は、怜が着ている服をきゅっと握る。
「私のために、この服に袖を通してくれたって思うだけで、幸せなんです」
「想われてんねぇ~ひゅぅ~」
あまりにも守宮の会話ペースに呑まれてしまったから、春咲が茶化して場の空気を軽くしはじめた。
「俺がライバーをやるのは、今日が最後だよ」
「そんなこと……言わないでくれよ」
楽屋の奥――リノリウムの床から声がする。
何かと思えば、その声の主は――
「……超人!?」
「驚かないでくれよ。さっきまで見てたんじゃないのか? ボクが守宮君を助けるトコロ、見てなかったのかい……?」
驚いているのは、超人が居ることではない。
超人の弱り具合に、ただ驚いているだけだ。
「テレビジョンは……このキョウイは、恐ろしいよ――」
超人は弱りはてた声で、怜達に告げる。
「この建物に居ちゃいけない――この建物にいるだけで、精神が汚染されていくようだ!」
テレビジョン。
自身が提供する番組・コンテンツに依存させ――その地域のライバーを徐々に衰弱させていく。
“ライバーヒーローズ“そのものをオワコン化させるキョウイだ――と春咲は自身の調査結果を告げていく。
「あのモニターは、その思想を外に広めていくもの。言ってしまえば大型の拡声器だ。徐々にライバーの秘密を公開し、どんどんライバーのイメージを下げている――って、キミの前でいう話ではないかもしれないね」
迷惑系――ライバーの地位を下げる筆頭である怜に向かって超人は言った。
「ここにいるだけで――思うんだ。ライバーであることがそもそも間違いだったんじゃないか、って。でも、そうじゃないと思うボクもいるんだ――訳が分からなくなりそうだよ」
「じゃあいったん外に出て――」
「そういうわけにもいかない。ボクがここから外に出ると、この中にいるキョウイがこの周囲の人を襲うと警告されている。ここは三千都市のど真ん中――被害は千じゃすまないだろうね」
「なんで――そんな状況なのに本部は何も言ってこないんだ!?」
超人はデバイスも持っているし、ライバースーツも着たままだ。
外部と連絡を取れる状態にあるし、配信だってできるだろう。
どうしてここまで追い詰められているのか――その答えは春咲によって語られた。
「本部は、待ってるんだよ」
「待ってる?」
「どんなにピンチな状態でも、超人ならどうにかしてくれるだろう――って。今までどれだけ危険な状況でも何とかしてくれた彼女なら、きっと今回も――ってね」
「そんなわけ――」
「本当さ」
超人TVは、苦痛を孕んだ声で頷く。
「だから、ボクは応えなくちゃいけない。笑いながら、元気に、気を抜かず、言葉に気を付けて――超人として、振舞わなくちゃいけない」
超人は、今どんな感情を抱いているのだろうか。
声音は震えていたが――表情はいつもの、動画で見る超人そのままだった。
どれだけの感情を押し殺せば、ニコニコと笑っていられるのだろうか。
怜は、超人の顔を見ることが出来ない。
「キミたちには、見苦しい姿を見せてしまったね」
ふぅ、と少しだけ落ち着いたのか、超人の声のボルテージは下がっていた。
「きっと大丈夫――一週間後かもしれないし、二週間後かもしれない。もっと先かもしれないが――いつか、きっとテレビジョンはボクが倒すから、心配しなくても大丈夫だよ」
さっきの話を聞いたばかりなのに――なぜか、超人が言えばそうなる気がするから不思議だ。
これが今までの実績が織りなす信頼なのかもしれない。
「こんなこと――俺が言うのも烏滸がましいかもしれないですけど」
「なんだい?」
「俺があなたを救います」
低評価で強くなる俺は――特別な存在だった。
怜に対するフォローは当然ないし、嫌われることが当たり前。
自分のことを特別だとも思ったし、全員に見捨てられているとも思っていた。
こんな特別は、自分だけだと思っていた。
そして、そんな特別な自分を救ってくれたのは超人で。
ずっと孤高な彼女は――一体何を支えにしているのだろうと。
「助けて……くれるのかい?」
ずっと、切り離されて生きてきた。
トリアージ、される側だった。
助けてと言えない声を、誰にも届かない掠れ声を聞き取るのが俺の役目だと思っていた。
そして、その声は――目の前から発せられている。
『完璧超人』だからこそ、誰に頼ることもできなかった女性が――目の前にいる。
超人の瞳から、涙が零れた。
表情筋は笑顔のまま動かない。
それが壊れてしまっているのか、意図通りなのかは怜には想像もつかない。
「俺でよければ」
怜は、その言葉に応える。
「もし、俺があなたのことを助けられたら――その時は俺のこと、ライバルだって認めてくれますか?」
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