第22話 【みんなはどっちを】テレビジョンVSライバーヒーローズ【見る!?】-6


 奥の扉の前に、テレビジョンは立っていた。

 

 テレビジョンは、真っ黒な顔の上にマスクをかぶる。

 精巧に作られた、人間の顔そっくりのマスクだ。

 アメリカンな男性の顔を上からちょいと調整して、白い歯を見せ笑顔を作る。

 

「マルデ――ニンゲンミタイダ」


 テレビジョンが呟く。

 外国の顔立ちもあって、片言な日本語も違和感がない。

 

 一方、モニターの中では、評論家っぽい顔立ちの人が怜の映像を見て話しを広げていた。

 ニュースというよりかはワイドショーが近いだろう。

 

『こんなに暴れられたら、器物損害罪は間違いないよ!』

『強盗もそうですし、最近のライバーさんは物騒ですよねぇ』


 盛り上がるスタジオがモニターに映し出される。

 怜はテレビジョンの本体をキッと睨む。

 

 カメラマンが怜とテレビジョンの間にすかさず割り込み、人相の悪い映像を抜いていく。

 

『この凶悪な顔、見ましたか!?』

『彼は超人TVを怪我に追いやった悪人ですからね……いまだに捕まっていないのは、多額の金銭のやり取りがあったとも噂されていますし――』


「れい君、これまずいかもしれないです!」


 後ろで退避していた守宮が叫ぶ。

 

『ただ、うちのテレビ塔のエースが彼を撃退してくれますから、安心してください!』


 司会者然とした顔の男性が、一つのボードを取り出す。

 そこには、テレビジョンが被ったマスクの男性が紹介されていた。


 昔野球の助っ人外国人枠で来日したとか、それから総合格闘技で一位を取ったとか――真偽のほどは正直分からない『なんか強そう』をごった煮にしたキャラクターだ。

 



 テレビジョンの本体が、怜に向かって近づいてくる。

 

 見ただけで、さっきとは比べ物にならないくらいテレビジョンの底力が上昇していることが分かる。

 生放送に切り替わって、沢山の人がこの試合に注目している。

 

 超人を傷つけた怜は、世間的に見て『悪』――『どこかでぎゃふんと言ってほしい』相手だ。

 

 日頃の行いが悪いからそんな目に合うんだ――『ざまぁみろ』と。

 

 悪者がここでテレビジョンを倒して――“三千都市を救ったヒーロー”として担ぎ上げられるのは、感情的に納得できない。

 

 そもそも、テレビジョンは悪い敵なのか。

 

 ――大方、この放送を見ている一般市民はそう思っているだろう。

 

 怜に負けて欲しいと。

 

 、と。

 

 勧善懲悪。

 エンターテイメントのコンテンツとして正しい姿だ。

 

「ヒトドウシガタタカッテ――セイギノミカタノキミガ、オウエンサレズニマケル」

『では、もう一度中継してみましょう、現場は――』


 カメラが切り替わる。

 赤い中継マークがカメラに灯る。

 

 強大な力を前に、怜は一歩後退るも――後ろは大道具が崩れた残骸が残っている。

 打ち付けられたベニヤ板に阻まれ、怜は下がれない。

 

「キョウイデアルワタシガ、オウエンサレル」


 反撃準備として、怜は拳に力を溜める。

 応援力ではなく、低評価の力――アンチメーター。

 

「俺だって、ちゃんと悪役ヒールできてるはずなんだよ」


 自分の中に溜まった、低評価を信じて怜はありったけの力を込める。

 ポケットには罠も入っている。

 銃弾に弾は装填されている。

 いざというときの手裏剣も準備してある。

 

 戦いの準備は万全だ。

 

 負ける気はしない――いや、しなかった。

 

 テレビジョンの圧倒的な力を目の当たりにするまでは。

 

「コレガ、オウエンサレルチカラダ――」


 超人よりも、さらに強大な力は怜を蹂躙するには十分で。

 

「ヒトノチカラニヨッテマケルナンテ――ドウダイ? トテモオモシロイダロウ!」


 その言葉を最後に、怜の記憶は途切れた。

 






 ああ――面白い。

 

 なんていうか、笑える。

 

 人は愚かだ。

 


 もしもあそこにいるのが俺じゃなかったら、結果は変わっていたのだろうか。

 

 人望のなさが、信頼のなさが、洲河崎怜という人間が積み重ねてきたものの無さが――負けへという結果に導いた。

 


 選ばれなかった。

 

 応援されなかった。

 

 ――こうなる結末は、きっと分かっていたはずだ。

 

 テレビジョンの策略に、怜は完敗した。

 

 病室に設置されたモニターは、今日もバラエティ番組を映し出す。

 

 ヤマモトの予想が当たり――テレビジョンはいつしか、三千都市の一部になった。

 

 相変わらずテレビジョンのことを危険分子だとライバーヒーローズ社は言い張るが――テレビジョンの中の評論家は『可処分時間の奪い合いになりたくないだけでしょう。

 ですが、人の時間は独占禁止法に縛られませんからね、がはは』というコメントを残していった。

 

 それに加え、どんなデバイスからでも電波が届くことにより、テレビジョンはどんどんと三千都市に侵食しはじめている。

 


 毎日のように、守宮はお見舞いに来てくれるが――その口数は少ない。

 

 気付いている。

 俺も守宮も、きっと。

 

 ライバーとして、潮時だということに。

 




 負けてから一か月。

 

 その間に超人TVやヤマモトTVが戦いに挑んだ。

 

 たまに中継が流れては、知らない『テレビ塔のエース』が現れ、時にはライバーを撃退し、時にはライバーに打ち勝つ。

 そんないたちごっこのような試合が放送されている。

 

 ただ、この放送が続いていることが何よりの結果だが――その試合に勝とうが負けようが、ライバーはテレビジョンを倒すに至っていない。

 

 怜は分かる。

 あれ以来、同じマスクを被ったキョウイは居るが、中に入っているのがテレビジョン本体だったことは数えるほどしかない。

 

 いい具合ライバーに勝たせることで、見ている側のバランスを取っている。

 ライバーを応援している側のガス抜きをして、ライバーが強くなり過ぎないようにすることで――徐々に徐々にテレビジョンの勢力を拡大している。

 

 そして、病院を退院した怜は――街中で、ひそひそ話をされることも、石を投げられることも無くなった。

 

「よかったですね、怜君。大手を振って街を歩けるわけじゃないですけど――人のうわさも七十五日、もう皆さん忘れているみたいですよ!」


 退院した怜に、守宮は花束を持ってそう言った。

 たまに子供が「負けた人だ!」と言って指を指してくる、そんな可愛い噂話くらいだ。

 

「れい君?」


 川沿いを歩く怜の隣で、守宮は怜の顔色を伺う。

 何人もの人とすれ違うが、今更怜のことを見て騒ぎ立てる人はいない。

 

「……どうした?」

「そうです! 実はれい君が居ないうちに窓とかリフォームしたんですよ! 投石被害も落ち付いて、郵便受けもこの機会に綺麗にしてもらいました! なんと、鍵まで新しいものに変わったんですよ!」


「それは……ありがとう。後で大家さんリフォーム分払っておかなきゃ」

「いいんですよ、私からの退院祝いということで」

「いや、申し訳ないし……そもそも俺から守宮に払えてないし」

「いいんですいいんです。それに、このリフォームも私の部屋の改修ついでですし」

「そう……なら、よかった」


 ちょろちょろという小川の流れる音と、遠くでボールを蹴りあうサッカー少年の声が聞こえる。

 

 そして、空を見上げれば――巨大なモニターが映し出されている。

 

『ライバー集団【アニマルコッペパンズ】の一員【ぽーち】がキョウイに襲われている一般女性を見捨てていた映像が発見されました』



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