第18話 【みんなはどっちを】テレビジョンVSライバーヒーローズ【見る!?】-2


 結局、筋肉を動かすことはしなかった。

 帰りがけにしつこいくらいに「一緒に汗かいていかないか?」とヤマモトに誘われたが、彼なりに心配してくれているのだろう。

 

 夕暮れの帰り道。

 どういうわけか怜と守宮は同じ帰り道を辿る。

 

 人の前を通るたびに、誰かの視線が怜を絡め取る。

 

「なぁ、俺のバディになって――こんな目にあって、辛くないか?」


 ただ歩いているだけなのに、怜はどうしてか動物園のペンギンの行進を思いだす。

 怜の周辺ではシャッター音が鳴り続ける。

 

「私は――私自身は辛くありません。でも、でも――! 私の大切な人が、そんな顔をしなくちゃいけなくなるのは、とても辛いです」


 守宮は、怜の目をじっと見て告げる。

 今、どんな表情をしていただろうか。

 怜は自分の顔を触るが、いつもと違いは分からない。

 

「いつもこんな気持ちで街を歩かなきゃいけない人がいるのも、私にとっては辛いことなんです。れい君はいつも彼らを救っているのに――彼らはそのことに気が付いていないんです。私はそのことが悔しくて――」


 守宮は手を強く握ってギリと歯噛みする。

 


 昔は怜もそうだった。

 どうして分かってもらえないのかと、分かってもらうために苦労した。

 

 だけど――怜の活動とは、根本的に相性が悪かった。

 低評価が力になる、という特例は怜だけのものであり、周知もされていない。

 信じろ、というのが土台無理な話だ。

 

 だから、怜は諦めた。

 

 ただ、身体が向かうままにキョウイを倒して、超人に近づこうとした。

 

 自身の行動を否定されても、なお強くあろうとした。

 

 自分のために誰かを傷つけ、そしてそれ討伐がまた誰かのためになるという言葉を免罪符にして、誰かを傷つけることを良しとした。

 

 精神的に傷つけることは、誰かが肉体的に死ぬよりも犠牲が少ない。

 

 そしてその言葉は回り回って怜に帰ってきた。

 


「なぁ、守宮」


 考えてから、怜は守宮に告げる。

 

「なんですか?」

「俺、気づいたんだ」

「?」


 守宮は、きょとんとした表情で怜を見る。

 

 いつになく、澄んだ瞳だった。

 

「こんな奴ら、救わなくてもいいんだってことに気が付いた」

「私は……そうは思いません」


 今まさに、卵が投げられた。

 怜にも守宮にも当たらず、卵は草むらの中に飛び込んでいった。

 

 守宮はそれでも、自分の言葉を疑わない。

 

 その一方で、怜は自分の言葉に一層の自信を持つ。

 

「ですが、今――れい君のその結論をひっくり返すだけの根拠を持っていません。でも、それは残された力のない人も切り捨てるということになります。れい君は、それでいいんですか?」


「いいんだよ、こいつらなんて。ライバーに守られてるってことが分かっているのに批判するような奴らをわざわざ守らなくてもいいだろ。そういう奴らは自分で自分の身を守れるんだろうしな。俺に悪戯してくるんだっていうなら――それならこっちからも迷惑かけてもいいってことだよなぁ……?」


「それじゃ反目しあう世界しか生まれないじゃないですか! 私が言っているのは――今、私たちのことを見て、何も言わずただ素通りしていく人達のことです。良心があって、善悪の区別がついて、それでいて自分の意見を持っている一般の人ですよ」


 ふと、怜は周りを見る。

 顔を上げた瞬間がシャッターチャンスだと思っている集団。

 その奥には怜たちのことを会話の種だとしか思っていない集団が居て――道の隅っこの方では目を合わせないように、気持ち伏せがちに歩いている学生がいる。

 

「別に、全員を救う必要はないんだ」


 多分、これはスマートなやり方ではない。

 

「俺たちのことを嫌っていない奴だけ助ければいい」


 卑屈で陰湿な、いじめられっ子の発想だ。

 

「でも、そうするには結局みんな助けないといけないんです。そうして初めてその人たちは助かるんですから」

「ただ、俺はこいつらを助けたいとは思わない。助ける、なんて偉そうな言い方をしているけど――キョウイに食われて死んでくれとすら思う」


 心の底から思っていることを、怜は言葉へと変換する。

 

 困っている人を助けるために動いてきた。

 足が止まらないことも何度もあった。

 

 だけど――誰かを助けているわけではないことに、怜は気づいた。

 

「幻滅したか? 『そんなれい君見たくなかったです』かな? どっちでもいいけど――俺は、元からこんな性格だよ」

「そんなこと思ってませんよ」

「他のライバーも、きっと皆これくらい仄暗いことを隠してる。人助けがしたくてライバーになったのなんて、きっとほんの一握りだよ」


 そのひと握りだからこそ、超人は輝いて見えるのかもしれない。

 

 清廉潔白とはあまりにも正反対の所に居すぎた。

 

「本当は、超人の隣に立って戦いたいだけなのかもしれないな」

「そうなのかもしれませんね」


 守宮は怜よりも一歩前に出て、くるりとターンする。

 跳ぶことは考えていなかったのか、今日も彼女はスカートだ。

 動くたびに布が波打つように揺れ、視線が釘付けになる。

 

「きっと、全部繋がってるんです。超人さんの隣で戦いたいことも、仄暗い感情を隠していることも、少ない方を切り捨てる世の中が許せないことも、誰にも嫌われたくないってことも――ぜーんぶ、一つに繋がっているはずなんです」


 まるで何かの答えを握っているような口ぶりで、守宮は言葉を並べる。

 

「でも、結局ずっとれい君のしたいことは変わらないままですよね」

「超人の隣で戦う――だな」

「色々なことがありましたけど――かなり、強くなったんじゃないですか?」


 ライバーウォッチに表示される赤いパラメーターを見る。

 棒グラフの隣に出る数字の桁が、一つ多くなっていた。

 

「自分でも感じるよ。いろんな人の気持ちが流れ込んでくるみたいだ」


 どんな怨嗟を背負っているのかは分からないが――力の高まりだけをひしひしと感じる。

 まさに桁違いの強さだ。

 

 生きやすさと引き換えに、誰かを救うための力を手に入れた。

 

 この力があれば、どんなキョウイだって――きっと倒せる、はずだ。

 

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