第13話 高評価でー2

 三千都市の出入りは自由。

 ただし、出ていくからには自己責任。

 それがこの都市のルールだ。

 ライバー以外の武装は許されていないし、ただの鉛弾ではキョウイは撃ち抜けない。

 

「いやいや、冗談に決まってるじゃないですか。そもそも、私がここに来た方が先なんですから。れい君はむしろさっきまで三千都市の事務所にいたじゃないですか。そんなに私のことが好きなんですか~? うりうり~」


 けらけら笑いながら、怜の脇腹を肘で突っついてくる守屋を見て、怜は少し熱くなってしまっていたと自分を見返す。

 それと同時にどうしてこんな奴を助けてしまったのだろうかという後悔が――


「どうしてこんな奴を助けてしまったんだ、って顔やめてくださいよ。私だって傷つくんですから」

「そんなこと思ってナイ」

「動揺が語尾に出てるんですけど」

「嘘じゃないよ。たとえ思っててもそれは気の迷いだから」


 本音で思っているわけじゃない。

 あの時怜が動かなかったら守宮は死んでいたし、怜も自責の念に囚われていただろう。

 

「その結果がこれだっていうのは、かなり不服だけど……」

「そういう本音こそ黙っておくべきじゃないんですか!? っていうか、れい君の方から私に会いに来たんですよ! 私はずっとここに居たんですから」


「ここに居た、って?」

「ここは安全じゃないかもしれませんが、それでも昼間は普通の街です。ときどき、たまにキョウイに遭遇しますが、人口だって千人はいます。三千万人住んでいる大きな都市とは違いますが、別に田舎の廃村ってわけじゃないんです。死にに来たわけじゃないですよ。ただ、実家に荷物を取りに来ただけです」


「実家?」

「ってか、れい君二回目に会った女の子にそんなことまで聞いちゃうんですか~?」

「……それもそうだな。別に、いうほど興味なかったわ」

「って、引かないでくださいよ! 押してもだめならなんとやら、ってやつなんですから。あ、そうだ! 両親に挨拶しますか? 私の家、すぐそこですけど」


 しないよ、と怜が返事をする前に、赤いジャージの裾を掴んで守宮が引っ張っていこうとする。

 怜はつんのめりそうになった。

 

「いや、俺は今日はライブなしでキョウイを狩りに来たんだよ」

「ライブしないんですか? した方が『応援力』が溜まるし力も増幅するって聞いたんですけど」

「最近、ライブするとどうにも調子が悪くてさ……」


 愚痴りつつも、怜はその調子の悪さの正体を知っている。

 

「そんなことないですよ! 私が出会ってからの、いえ、出会う前かられい君はずっとカッコいいライバーです!」

「迷惑系ライバーにそこまで入れ込むなよ。節穴だって馬鹿にされるぞ」

「節穴じゃないですよ! 私が応援しているライバーさんのこと馬鹿にすると、怒りますよ!」


 目の前で見ると『ぷんすか』という書き文字がぴったりな守宮だが、コメント欄ではいつも真面目な論調で『迷惑をかけている時もありますが、一方で多数のキョウイを退けている影の立役者でもあり~』という長文コメントを打ち込んでいる。


 彼女が出てくるたびに『熱心なファン』か『ファンの振りをしたアンチ』かという議論が絶えない。

 ちなみに怜は『ファンの振りをしたアンチ』だと思っている。

 

「――だから、今日はライブ配信はなし。そっちの方が調子いいかもしれないから」

「じゃあ今日はれい君の配信見れないってことですか!?」

「そういうこと。諦めてお家へお帰り」

「嫌ですっ! 私、着いていきます!」

「一般人の方を守りながら戦うことはできないんだ。これはライバーの規定だから」

「急に距離を置かないでくださいよ」


 一般人の方呼ばわりされたことにムカッと来たのか、守宮は怜のジャージの裾を放す。

 そのまま守宮は怜から一歩後退った。

 

「ねぇねぇ、れい君、分かりますか? 私、変わったところがあるんですけど」

「変わったところ? それこそ二度目に会っただけだから分からないよ。それに――あの時は夜だったし」


「それもそうかもしれませんね。今はお昼ですから、私の美貌をまじまじと見ていいんですよ? ほらほら~」


 くるりと守宮は回転して、スカートを棚引かせる。

 胸を強調させたニットベストと、下は黒いスカート。

 少しおしゃれに着飾った彼女の全体像を捉えて、怜は眼を逸らしがてらデバイスを取り出した。

 

 画面を点灯させるのとほぼ同時に、デバイスにぴーっ、という音で緊急の通知が流れ込む。

 怜がこのエリアに来ているのも、三千都市の郊外でキョウイの出現情報があったからだ。

 

「ああ、そろそろ時間ですね」

「そうだな、俺はキョウイの出現スポットに向かうとするか……」

「安心してください! ここにいればすぐにキョウイに会えますよ!」


「何言って……」

「これでもちょっとこの辺に住んでたんですよ? キョウイが出てくるポイントなんて抑えてますって! ほら――あの山のふもとのほう! あっちからぞろぞろ来ますよ!」


 ピクニックに来たかのようなテンションの守宮だが、実際に彼女が指さした先にはキョウイが跋扈していた。

 

「目、いいんだな……」

「目っていうか勘です! 直感! それに、キョウイなんて待ってりゃ来るんですから、わざわざこっち側から向かう必要もないじゃないですか! それまで一緒におしゃべりしましょーよ、れい君」


「なんで敵を目の前にしてお前と喋らなきゃいけねーんだ。あそこまでの道に人が居たら大変だろ」

「……真面目ですね、れい君は。こんな三千都市の端っこ、しかも人里から若干離れた山間部に住んでる人のことを心配してるんですか? 今までそんなライバーさん見たこと無いですよ」


「いや、ライバーはみんなこういうもんだろ」

「だとしたら世界はもうちょっと平和ですよ。れい君は他のライバーさんのこととか知らないんですか?」

「あんまり知らないかもな……暇な時間があったらキョウイ倒しに行ってるし」


「そんなんだから友達いないんですよ?」

「友達がいないのはそんな理由じゃねーよ」

「原因がわかっているなら直したほうがいいですよ? ま、私という執心なファンがいるので話し相手には困らないと思いますが」


 ぺし、と怜は守宮を軽く叩く。

 こんな調子で話していたらいつまで経っても討伐に向かえない。

 

「じゃ、そろそろ俺はほんとに行くから」


 怜はライバーシューズに応援力を溜める。

 跳ぶだけでなく、速く走る時にも重宝する便利グッズだ。

 

「ま、待ってください! 私も――」


 守宮の話が終わらないうちに怜は駆け抜ける。

 出会ったことすら偶然だ。

 今日は少しツイてない。

 


 軽い溜息を付くまでもなく、怜はキョウイと対峙する。

 守宮と話していた場所からおよそ二キロも離れていない、旧国道の峠道。

 

 怜は配信を始めることなく、一人でただ黙々とキョウイに対して立ち向かい始めた。

 

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