第5話 バディとの出会いー2
キョウイはライバーを追いかけることなく、囮と化した残された少女に向かって巨大な拳を振りかぶった。
怜からキョウイの距離はおよそ百メートル。
躊躇せず怜は引鉄を引く。
ここで少女に誤射したら、その時は大人しくパッシングを受けるだけだ。
元より下がる好感度もない。
銃口から弾が発射される。
エネルギーが装填された特殊な弾だ。
強い緑色を帯びており、銃の弾道が網膜に焼き付く。
ヒット。
まずは一体。
市街地に響く撃鉄の音にキョウイの動きが一瞬止まる。
そのほんのわずかな合間を縫って、怜は全速力で少女を持ち上げた。
お嬢様のような姿勢で掬い上げられた少女は、羽毛のような軽さでしかない。
「えっ……あのっ」
「舌、噛まないでね」
怜は注意だけして、あとは知らないとばかりに勢いよく跳躍する。
ほのかに灯る住宅街の明かりを置き去りにするように、眩しい星空に近づいた。
「わぁっ――と、飛んでますよ!?」
「ライバーだから。そういうときもある」
「ライバーってそうなんですか!? もしかしてこれ配信中です!?」
「めんどくさいから配信はしてない」
抱えられた少女が、腕の中で目を輝かせながら尋ねてくる。
吐息も当たるような距離感に、怜は少女から目を逸らす。
女の子はおろか、人とこんなに近づいたのはいつ振りだったか。
助けるためとはいえ、勢いに任せた行動をしてしまった、と怜は後悔した。
関わるつもりすらなかったのに、どうしても身体が先に動いてしまっていた。
さっきもそうだ。
配信が終わった後、怜の前に倒しそびれた著作犬が戻ってきた。
配信はもうすでに切ってしまっている。
今ここで戦っても、怜の人気には繋がらない。
普通のライバーなら、ここでカメラを回す。
あるいは配信を始める。
だが、怜は違った。
配信なんてどうでもよかった。
少なくとも、洲河崎怜には、キョウイの一体ごときで変わるパラメーターはない。
ただ、目の前に倒すべき相手がいるから――そう思っていたら、身体が勝手に動いてしまっていた。
そうして積み上げられたスコアが、累計討伐数『七百六十五』。
去年の討伐数ランキングは二位だった。
キョウイ一体を倒す労力が甚大な中、このスコアは圧倒的だ。
それにもかからわらず、怜の存在が知られていないのはこうした背景がある。
怜は今日も鉈を振り下ろす。
弱っている相手には、後ろから最後の一撃を加えればいい。
悲しいかな、手慣れた作業だ。
「あのー……重く、ないですか?」
「重くはないよ……それより、怖くないのか?」
高さは百メートルを超え、近くにあった団地は遥か下へと落ちていく。
空と地平の境界線は、とっくに夕闇の中に紛れてしまった。
応援力を使って空気を蹴り上げて空を飛ぶ――ライバーになってから身につけた特殊技能だ。
吸い込まれるような夜空に浮かぶのはいつだって慣れない。
不思議な浮遊感が全身を襲い続ける。
「怖い……ですけど、さっきに比べれば、全然」
「そろそろ降りるけど、家はどの辺?」
「あの、それは……えっと……」
「さっきも言った通り配信はしてないから。別に個人情報とか不安なら近くとかでもいいし」
こんな夜中に見知らぬ男から家の場所を聞かれれば誰だって答えたくないだろう。
気を遣ったつもりだったが、却ってキモくなってしまったと怜は反省する。
「ちがうんです!」
否定した少女はその声の大きさに自分でも驚いたのか、わわわとふためいてから「……ちがいます」と修正する。
何が違うのか、怜は首を傾げた。
少女は少し躊躇いつつも、言葉を重ねる。
「私……行く当てがなくて」
「じゃ、その辺で降ろすけどいい?」
「ええ!? そんな塩対応しないでくださいよ!」
「さっき取り逃したキョウイを追いかけなきゃいけないから……」
ここまで人里に近いとさっきのように一般人を襲いかねない。
ライバーが襲われる分には構わないけれど、ライバーのせいで誰かが犠牲になってしまうのはよろしくない。
一人の人命よりリスクの芽を摘む、怜はこれが冷静な判断だと自負している。
たとえそれが感情的にいけないことだとしても。
「私をこの暗闇の中に放り出すんですか!?」
「さすがにちゃんと降ろすよ、人殺しにはなりたくないからね」
「そういうことじゃないです!」
ライバーは、基本的にはどんな人にも優しくあるべきだと怜は考えている。
どんな人でも視聴者になる可能性がある。
実際に話した人、特に助けたりした人はファンになってくれるかもしれない。
チャンネルの高評価が戦力に繋がる『ライバー』という職業である以上、どんなに性根が腐っていようと、本性が悪かろうとも、表面上は“いい人”でなければならない、というのが怜の持論だ。
そうしないと、生きていけないから。
死んでいったライバーから、怜はそう学んだ。
だから、今日も怜は見知らぬ少女に対して優しくしようとした。
だが――今回だけは、それが裏目に出てしまった。
「いいですか? ここにいるのは行く当てのない幼気な少女が一人……そして、偶然にも心優しきライバーさんが救ってくれた、これが偶然だと思いますか?」
……どうやら、変な人を救ってしまったようだ。
少女は、怜の呆然とした表情を機敏に汲み取りチッチッチッと指を振った。
「否、運命なのです!」
「いや、偶然だけど……」
「そこで、運命のライバーさんに一つお願いがあるのですが――」
くりっとした瞳で、少女は口早に告げる。
まるで助けられたことが物のついでで、ここから本題が始まるぞと言わんばかりだ。
「私を、カメラマンにしてください!」
「嫌かな」
ノータイムだった。
考えるまでもなく、怜は断る。
「なんでですか!? こう見えて私結構やりますよ!? ついでに美少女ですし!」
「美少女を売りにされると余計に断らざるを得ないから」
「じゃあ美少女じゃないです! ちょっとカワイイ女の子くらいです!」
喚く美少女(?)の言葉に耳を貸さず、怜は少しずつ下降する。
少女の言葉が聞こえないのは、風切り音で音が聞こえないから、そういうことにしようと怜は思った。
「見た感じ、まだ誰もバディとか居ないですよね? 初めは低賃金でもいいですから! おカネは自分でどうにかしますから~!」
「いかがわしい言い方するな。カメラマンが必要になったら本部に探してもらうようにお願いするよ。見ず知らずの一般人を引き込むような真似はしない」
「というか、ちょっと待ってください!」
「……なに?」
「連れて行ってほしい場所があるんです!」
「帰るついでだからいいけど……ライバーはタクシーじゃないぞ」
とはいえ、ここで降ろすのも可哀想ではある。
「で、どこまで?」
少女の厚かましさに比例するように、怜の口調も少しずつ素に戻っていく。
もとより、怜は好感度を気にする必要はなかった。
「『三千都市』に行きたいんです!」
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