Ep12.山吹詩ー02 姉と弟

 山吹詩は綾芽と小町をとある場所へ連れていく。


 白霊学園は文武両道、特待生制度もあることから部活動も盛んだ。講堂とは別に、部活の練習棟が別で用意されており、各部活が利用出来るようになっている。


 綾芽達が詩に案内された施設は、学園で昔剣道部が使っていた武道場を改装した場所らしい。柔道部や剣道部、空手部などが合同で使える武道場が作られたタイミングで使う者が居なくなったため、詩のやっている部活が理事長公認で借りている場所らしい。


 綾芽は詩先生の事だから、吹奏楽部や合唱部か何かが使っているだと思っていた。


 しかし、広い建物の中に入ると楽器の音や歌声が聴こえて来る事もなく、代わりに遠くからでもひときわ目立つ水色アクアマリンの髪をした青年が三人を出迎える。


「詩、遅いぞ。こっちも忙しいんだ。早く始めるぞ?」

「こら水星すいせい、詩お姉さんでしょう? ほら、後輩に自己紹介しなさい!」


「え? もしかして、あの有名な山吹水星先輩ですか? あ、そうか。詩先生と姉弟なんでしたっけ?」

「ええ、そうよ。血は繋がっていないんだけどね。父親の再婚相手の連れ子が水星すいせいなんだけど、わたしにとっては可愛い弟ね」

「そうだったんですね。山吹先輩はじめまして。二年A組の新庄綾芽と言います。で、この子が」

「あ、えっと。栗原小町です。よろしくお願いします」


 綾芽の前へと近づいて来た水星は、黙って彼女の頭から爪先までを凝視する。相手は白霊学園のイケメン四天王と呼ばれる程の青年。背の高いキレ長の瞳に突然マジマジと見つめられた綾芽はどうしていいか分からず、思わず視線を逸らしてしまう。


「あの……先輩。私に何かついてますか?」

「下の名前で構わん。よろしく、ちんちくりん・・・・・・


 一瞬の沈黙。何て呼ばれたのか分からず逡巡する綾芽。そして、それが自分の事だと気づいた綾芽は、聞き間違えでないかと彼、水星にもう一度尋ねる。


「あの、水星すいせい先輩、今なんて?」

「ちんちくりんはちんちくりんだ。二度も言わせるな」


 身長百七十二センチの水星にとっては百六十四センチの綾芽もちんちくりんに見えたのかもしれないが、水星の発言を聞き終わるや否や、彼女の中で何かがプツッと切れる音がした。


「はぁ? 初対面の女子に向かってちんちくりんって何ですか? 多少・・顔がいいからって何か勘違いしてません? 世の女子皆が背の高いイケメンを好むとは限りませんからね? この性格ゴリラ・・・・・

「ほぅ……俺をゴリラ呼ばわりする女子はあんたが初めてだよ。ちんちくりん」 

「綾芽です! 何度言わせるんですか? 水色ゴリラ、あおの暴君!」

「ふっ、俺を本気で怒らせたいらしいな……」


「はいはい、そこまで。ほら、水星も後輩ちゃんと仲良くする! 綾芽ちゃんごめんね。水星性格がこんなだから私以外の女の子と普段ほとんど会話しないのよ。これでも悪い子じゃないの。私に免じてここは許してあげて」

「俺は謝らないからな」

「詩先生居なかったら私も絶対許してないですから!」


 水星と綾芽。二人の手を取り、無理矢理握手させる詩。それまで慌てふためきながら黙って様子を見ていた小町が、自分の顔へ指を差しつつやって来て……。


「あの……私……完全に空気なんですが……」

 

 そして、再び場に静寂が訪れた後。


「なんだ、居たのか文学少女・・・・

「「ごめん、小町ちゃん!」」 



 このあと、詩は綾芽達へなぜ水星を呼んだのかを説明する。簡単な事だった。水星は詩と同じく言霊コトダマを使う能力者――詠み人よみびとの一人であり、悪しき詠み人よみびとから人々や生徒を救う活動をしているんだそう。


 能力に目覚めたばかりの綾芽は、この世界の事も、能力の仕組みも使い方も何も知らない訳で、普段直接戦闘を熟している水星すいせいに教わるのが一番早いという事で、詩は彼を此処へ呼んだのだ。


 詩によると、先日白骨死体が発見された公園での事件に美空が巻き込まれている可能性があるのだと言う。そして、敵の能力からして、美空が今すぐ殺される事はないだろうとも。


「どうして、そう言い切れるんですか?」

「今回の敵はね、ターゲットを飼い殺しにし、食べ頃になった時に食べる傾向があるの。言葉には生命が宿っている。詠み人よみびとに目醒める事は稀だけど、本来人間には生命と別に言葉の力を留める言魂タマシイが宿っているの。今回の敵は強制的にターゲットから言魂の力を表面へ引き出したあと……食べる・・・

「え?」


 詩から思いもよらぬ言葉が出て来たため、綾芽と小町がゴクリと唾を飲む。


「そのままの意味よ。彼等は食べるのよ、人間を・・・。ファンタジーな世界に例えると己の魔力を強化するためと言えば分かりやすいかしらね。自身の言霊コトダマの力を強化するために、他の言魂タマシイを喰らう。勿論、詠み人の歴史では禁忌とされている事よ。だから、私達はそうなる前に彼等を止めなければならないの」


 思わず口元を押さえる小町。綾芽は小町の背中を優しくさする。


 綾芽と小町は思い出す。二人が対峙した重森が生徒を自殺に追い込んでいた理由。もしかしたら彼も言葉では生徒を救うと詭弁を披露しつつ、結局は自身のために言魂を喰らっていたのではないかと。


「今回の相手が美空ちゃんを狙うまで、恐らく一週間位の猶予がある。だからそれまでに美空ちゃんの居場所を突き止めて、綾芽ちゃんが即戦力で戦えるまでに鍛えるわ」

「戦う……私が……」

 

 〝誘いいざない〟の力は見事跳ね除けたものの、その時は無我夢中で、夜嵐黒人という存在が居てくれたからこそ、重森の攻撃を退ける事が出来たのだと綾芽は考えていたのだ。自分に戦う力が本当に備わっているのか、半信半疑の綾芽。


 綾芽の迷いを見透かすように彼女へ言葉を投げ掛けたのは誰であろう水星であった。


「嫌なら別に辞めてもいいんだぞ?」

「やらないとは言ってません」


「美空という生徒を救いたいんなら覚悟を決めろ。お前が本気でやろうと言うなら、俺はお前に戦い方を教えてやる」

「分かりました。お願いします!」


 水星のその言葉に綾芽の中の迷いが消える。同時に小町も何か自分に出来る事はないかと詩へ尋ねる。


「あの、私はどうすればいいでしょうか?」

「小町ちゃんも本来忘れてしまう筈の〝詠会の儀よみおくり〟での記憶を保持している事に意味があると思うの。知っている事は大きな武器になる。私が色々教えてあげる。私と美空ちゃんを探すのを手伝って」

「わかりました、詩先生。私、がんばります」


「よし、そうと決まれば早速始めようか。詩、文学少女と待っていろ。〝詠会の儀よみおくり〟――開宴!」


 詩と小町の姿と建物が一瞬で消失し、地面は足首が浸かる程度の水面へと変化する。白い世界に広がる水面。そこは綾芽と水星。二人だけしか存在しない外界と隔絶された世界。


「え? どうなってるんですか?」

綾芽・・、初めてではないだろう? これが言霊コトダマの力を直接発動するために創られる結界。俺の創った〝詠会の儀よみおくり〟の結界内だ」


 重森は旧校舎の風景をそのまま結界としていた。水星の創る〝詠会の儀よみおくり〟の世界は、真っ白で何もない。だが、まるで清廉された心を投影したかのような世界で、とても綺麗だった。


「ほら、ボーッとするな。今からお前が持つ言霊コトダマの力で俺の攻撃を止めてみろ!」

「そんな、いきなり?」

「俺は詩のように優しくはないぞ?」 

「ちょっと、待っ……」


 戸惑う綾芽を後目に、水星は掌に水の塊を創り出し……綾芽へ向かって放つのだった。

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