Ep10.山吹詩-01 能力

 山吹詩がまだ大学生だった頃、彼女は教育実習の先生として此処、私立白霊学園へ訪れていた。その際受け持ったクラスの生徒の中に、一際人間離れしたオーラを醸し出していた人物……それが夜嵐黒人よあらしくろとという青年だったという。

 

 他者との接触を避け、常に一定の距離を保つ彼だったが、勉強も運動も何をやってもそつなく熟す端正な顔立ちの青年は、周囲の女子からも人気で、詩も教育実習という短い期間でさえ、夜嵐黒人が好きな女子生徒から恋愛相談を沢山受ける程だったらしい。


 しかし、そんな彼に悲劇が訪れる。ある日、彼の家が全焼したのだ。それは、ちょうど詩先生が教育実習を終える前日の出来事。彼の親が借金を抱えていて、誰かに恨みを買われた事で放火に遭ったなどという噂が流れていた。全焼した家の焼け跡から、彼の両親と弟の遺体が発見されたのだが、それ以来、彼は行方不明となったんだそう。


「あの……詩先生が教育実習生の頃って何年も前の話ですよね?」

「ええ、もう十年以上も……ってこら、年齢がバレるような誘導尋問をしないのっ!」

「あ、ごめんなさい。続けてください」


 軽く咳払いをした後、詩は昔話を再開する。警察がその後色々と捜査をしたらしいのだが、犯人が捕まることはなく、夜嵐黒人も行方不明となっていたんだそう。


 そして、大学卒業後、詩先生が晴れて学園の先生となって数年が経った頃、白霊学園にある都市伝説のような〝ウワサ〟が流れ始める。


 それが……。


 ――この学園には死神が存在する 


 そう、私立白霊学園に今も存在しているウワサ。


 詩が発した死神という単語にそれまで黙って話を聞いていた綾芽と小町も息を呑む。


「都市伝説、学校の怪談。死神、幽霊、怪異。そうね、きっかけは何でもよかったのよ。もしかすると彼は、学園のウワサとして語り継がれる事で〝願い〟の力で自らの言魂タマシイを現世に繋ぎ止めているのかもしれない」

「だから夜嵐黒人さんは見た目、私たちと同じくらいの姿なんですね」

「ええ。私が初めて出逢った頃の姿のまま、彼は今もこの地に存在しているわ」


 夜嵐黒人は生きているのか、死んでいるのか? 本当に死神のような存在となってしまっているのか? それは詩にも分からないんだそう。ただひとつ分かること、それは、夜嵐黒人は今もすぐ近くに存在していて、人々の〝願い〟を渡っているのだ。


「あの、詩さんは彼と直接お話出来るんですか?」

「こちらから呼び出す事は出来ないわよ? だって彼、スマホも持ってないでしょう?」

「それは、そうでしょうけど……」

「でもね、わたしが〝言霊コトダマ〟の力に目覚めて〝詠み人よみびと〟になった頃、彼自らわたしへ接触して来たの。『お久しぶりです、先生』ってね」


 もしかしたら以前から話し掛けられていた事に気づいていなかっただけなのかもしれないと詩は補足する。ずっと行方不明だった生徒との再会。詩は、夜嵐黒人が存在している事に歓喜する。ただしその再会は、普通と違っていたことが二点あった。彼がシルクハットと燕尾服という格好だったこと。そして、満月の夜、詩が住んでいるマンションのベランダの前。宙に浮いた状態で現れたこと。


 自らが不思議な力を身につけた事で、都市伝説という存在を認識出来るようになったんだとその時の詩は解釈する。後に、夜嵐黒人も〝言霊コトダマ〟を操る〝詠み人〟だった事が大きかったと気づいたらしいのだが。


「あの、詩先生も、その〝詠み人よみびと〟ということは、何かしら特殊な能力が使えるんですか?」

「そういうコトになるわね。少し間を置きましょうか。紅茶のおかわり、淹れて来るわね」


 詩の口から言霊ことだまのフレーズが飛び出したため、綾芽は疑問形のまま彼女へ聞き返していた。丁度紅茶の入ったカップが空になっていたため、詩はおかわりの紅茶とクッキーを取りに一旦席を立つ。


 詩を待っている間、小町が小声で綾芽に質問していた。


「ねぇ、綾芽ちゃん。その綾芽ちゃんも、言霊コトダマを使えたんだよね?」

「うん。夜嵐黒人さんが教えてくれたの。〝変革へんかく〟の力だって」


 小町へ返答したつもりの綾芽だったのだが、綾芽が発した言葉に紅茶を持って来ていた詩の動きが明らかに止まっていた。そして、紅茶とクッキーをゆっくり置いた彼女は、硝子クリスタルのローテーブルを黙って見つめたまま綾芽へ聞き返した。


「綾芽ちゃん。今の本当? あなた、〝変革〟の力に目醒めたの?」

「はい……昨日、夜嵐黒人さんが教えてくれました。数学教師の重森耕太先生のことも、詩先生は既にご存知なんですよね? 黒人くろとさんに助けていただきましたが、重森先生の〝誘い〟の力を打ち破ったのは……たぶん私の力です」


 綾芽は昨日起きた出来事の真実を詩先生へ包み隠さず話した。今朝、重森先生は家庭の都合で退職した事になっていた。綾芽は薄々気づいていた。重森先生はもう戻って来ない。彼は自らの能力に呑まれ、あの閉鎖空間の中に消えてしまったんだと。


「ごめんなさい!」

「ぇえ? 先生?」

「え? どうして先生が謝るんですか!?」


 綾芽からの報告を聞いていた詩先生が立ち上がって突然深々を頭を下げたものだから、両手を前へ出し『顔をあげてください』と慌てふためく二人の女子高生。でも、詩先生は真剣な眼差しのまま、綾芽と小町へ再び語り始める。


「あのね。わたしたち〝詠み人よみびと〟が操る言霊コトダマの力は、神様に与えられた特別な力なの。だから本来、私利私欲のために使うモノではない。弱きを護り、世の中を正しく導くためにあるべき。わたしはそう考えているわ。でも……」


 ――そう思わない者が少なからず存在する。


 言霊コトダマの力で自身の欲望を満たす者。歪んだ思想で覇道を歩もうと目論む者。山吹詩は部活動・・・と称し、自ら顧問となり、言霊コトダマを悪用する者から人々を、生徒を護るために学園生活の裏で日々活動をしているらしい。

 

「ここ最近、ある組織・・・・の活動が活発になっているの。何かを探しているかのように事件が多発している。知ってる? 今、世の中で起きている事件。そのほとんどが、言霊コトダマの力によって引き起こされているものなの」

「え? そんなコトって?」


 それが真実。その組織は、社会から外れた歪んだ〝詠み人よみびと〟を集め、素質がある者には能力を与え、裏から社会を牛耳ろうとしているんだと言う。詩達以外にも、所謂正義の味方のような〝詠み人よみびと〟は存在しているらしいのだが、人海戦術だけでは食い止める事の出来ない事件も多く存在する。


 正義と悪。まるで英雄ヒーローもののドラマのような出来事が、現実に起きているのだ。


「あなた達を巻き込むつもりはなかった。でも、綾芽ちゃんは〝変革〟の力に目醒め、小町ちゃんも記憶を保持している。そして、今朝の・・・事件。これは運命・・なのかもしれない」 


 最後は独り言のように呟いた山吹詩は、綾芽と小町の手を取り、二人の瞳を真っ直ぐに見つめたままこう提案した。


「綾芽ちゃん、小町ちゃん。あなた達の力が必要なの。あなた達のクラスメイト、神戸美空こうべみそらの救出を手伝って欲しい」

「美空!?」

「え?」


 綾芽と小町、二人の運命の歯車は、こうして少しずつ動き始めるのである――

 


★★★★★

 ここで一の言霊終了となります。〝変革〟の力に目覚めた綾芽、巻き込まれた小町。彼女達の物語はこれから始まります。夜嵐黒人とは何者なのか? 敵組織の目的とは? 言霊をテーマにした現代アクション✕異能バトル、楽しんでいただけると幸いです。

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