2章:旅立ちの朝ってもっと静かだと思ってたよ
援助? ダルいから無視一択でしょ
セレナたちが泊まっている宿に出向くと、やつらはだらけていた。
ベッドやソファに腰掛けて、冒険をいまからするという気概が感じられない勇者一行である。
「やあ、来たね」とセレナは嬉しそうに言った。
「ルーサに行くって言ったからな」と俺は言った。
「バベルバって呼ぶ。きみもセレナ、ポルカ、ルーサね!」とセレナは宣言した。
「いや、バベルバ適当な偽名……」
「それで慣れたからいいでしょ? それにバベルちゃんって言うときみの母親を思い出すからね!」
そうだった。
途中で逃げたこいつは母さんとなにも和解してなかった。
「セレナ。もう1回ちゃんとあいさつには行くからな?」
「ええっ!? 正気なの、ルーサ!?」
「俺が訊きてえよ、おまえが正気なのかを」
「だってムカつくし!」
「あれはどっちもどっち」とルーサは言って、茶を飲んだ。「しかし、ジョフスの水は基本魔法で生成するんだな」
「客に出すのはそうですよ。魔法が最上のもてなしだと思ってますからね」
「水資源は豊富だろ?」
「家で生成魔法使うひとはいないかも」
「茶葉は?」
「農作業してますよ」と俺は言った。
やっぱり素人だ。
魔法で生成するものと、しないものの差が理解できていない。
このあたりは俺は死ぬほどやったからだいたい線引がわかっている。スキルがない場合、基本的に贅沢品は生成できないかコストがバカ高いと思っていればいい。
誤解は招く可能性があるが簡単に言うなら、おいしいお茶を魔法で淹れるためには、すくなくともその魔法使いがおいしいお茶を魔法なしで淹れられる必要がある。
「やっぱり、魔法使いってのは必要だな」
「俺は生活魔法は好きじゃないですけどね」
「きみに使えない魔法はないって聞いたが」
「どこから仕入れてるんですか、その情報は。とくに隠してはないけど、多少気になる」
「さる御仁がきみに関する資料をくれたのだよ!」
やつか。
ぜったいやつだな。
「さぞや名のある御仁だろうなあ」
「いや、汚いおっさんだったけど」
「まあ、気にしないことにする」
「なんかいろいろきみは言ってないことがありそうなんだよねえ」とセレナは頬杖をついてこちらを見てくる。
「まあ、おいおい」
「わたしたちはもう仲間じゃないか!」
一度会ったらトモダチ。
仲間になるって言ったら仲間。
世界はどうも平和みたいだ。魔王はいるけど攻めて来ないし。
「世界には魔王よりもっと悪いやつがいるんでね。とりあえずスケジュール確認したいんですけど」
俺もたいがいのんびりしているが、3家の領主が絡んでいるプロジェクトのわりには宿屋でのんびりしているだけなのが危機感を欠落させている主要因ではある。
だれも切羽詰まってない魔王討伐チームである。
「これから旅に出る!」とセレナは言い切った。
が、それはスケジュールでも計画でもない。
「旅に出るのはいいけど、なんでこれデカめのプロジェクトなのにおまえは家出してるのかから説明して欲しい」
「それは吟味してる途中で逃げ出したからだな、セレナが。そのまま超速でうちに来て、俺をさらって、そのあと超速でハーディーン行って、ポルカをふたりで連行して、ここに来た。ポルカを連行したときに、リトルガーデンのご当主がハーディーンから連絡受けて、まだなにも決まってないのに正気かって捜索しはじめていまに至る」
「え、じゃあ、いまからリトルガーデン行くんですか?」
「行くのか?」とルーサはセレナに尋ねた。
「まさか! このまま南下して魔王城を一気に叩くよ!」とセレナは言い切った。
「援助なしで?」
「だって揉めるじゃん! 魔王が脅威かどうかを調べるところからなんて、そのあいだに魔王来たらどうするの?」とセレナは自信に満ちた表情である。
「めんどくさいから全部のアドバンテージ放棄して目的地直行……?」
「まあ、そういうことになるな。俺はもうなんか慣れたぞ。父上が同じ感じで領主さまに付き合ってたからな。そういう一族なんだって割り切ることにした。当然、うちの領主さまはセレナほど無茶じゃないがな」
「俺も慣れた。というか、魔王を倒せればいい」とポルカは短く言った。
なるほど。
わかった。
こいつらも無口と常識の皮を被ったやってる側のやつらだ。
「それは通常、プロジェクトは始まってないと解釈すべきでは……?」
「はっはっは! まあ、親にはそう言っときゃいいんだよ。それで理由になるんだから。おまえがどうしても嫌なら、セレナがなんて言ったところで連れてく気はなかったよ、そもそも」
まずい。
選ぶパーティを間違えた可能性が高い。
パーティ運がないかもしれない。というか、全部悪魔王の仕込みなわけだから、そもそもハズレしかないクジの可能性すらある。
前よりはちょっとマシだが、こいつらもこいつらで充分マズい。
「まあまあ、そんなに警戒しなくてもいいだろう。魔王が脅威じゃなかったら1ヶ月もあれば終わる旅だ」とルーサは言った。「どんな強さかもわからないんだよ、現状」
「強いのは強いと思いますよ」と俺は言った。
「ほらー、そうやって小出しにする」とセレナが不満を訴える。
「魔王の危険性は慧眼さまで認識はしてるんだろ?」
「悪いやつだってことはわかってるけど、人類にとっての脅威かはわかんないよ。だから、たしかめに行く」
時間の問題だろうとは思う。
ナンゼイジ教授は基本的にはいつ攻めてきてもおかしくない。
はるか南方ではもしかしたらすでに領地のひとつくらいは落ちているのかもしれない。
悪魔の言うことを根拠にしているので、俺もたいがいだが、危機を予測して動くこと自体は問題ではないと思う。
「ルートとしてはひたすら南下して情報を集めるってことで」とルーサがまとめた。
適切かは知らないが、パーティメンバーの強さもセレナの「慧眼」以外は情報がないのでそんなもんだろう、と俺は思った。
ギリギリ及第点か……?
及第点か……? 本当に?
「じゃあ、早速だけど明日立つよ。早く行かないとリトルガーデンから追手が来ちゃうかもしれないしね!」とセレナはまるでひとごとみたいに言った。
が。
旅立ちは失敗した。
その日の午後セレナがボロを出さないように短めに俺の両親のあいさつを終え、装備品をいちおう買い周り、ぐっすり眠っていよいよ出立の朝。
おー、やっぱ朝はまだ寒いね、とやや厚めに着込んだセレナが吐く息が白かったジョフスの春3月の早朝。
あたりまえに予想できた気もするが、リトルガーデン領の兵士が大挙してジョフスからの全ルートを封鎖していた。
家出して解決したと思っているのは勇者一行だけである。
時期領主候補が家出というのはもしかしたら、リトルガーデンにとってはメンツの問題なのかもしれなかった。
「セレナさま」と爺さんが静かな怒りを湛えて道を塞いでいた。
「うげっ!? 爺! なんでここに!?」
「お逃げになったからです」
真っ当だった。
爺が手を挙げると兵士が一斉にセレナを取り押さえる。
「ばかなああああああああああああああああああああああ!」
「これは見通せなかったのかよ慧眼は!」
「100パーじゃないから! こういうこともあるんだよねえええええええええええ」と言いながら、セレナは引きずられて行った。
「あなたがたもご足労いただきますよ?」と有無を言わせぬ爺に俺たちも連行された。
リトルガーデン領の使用人が有能であったのか、セレナがあまりにアレだったのかは考えないようにしておくが、俺たちは(セレナはしっかりぐるぐるに縛られていた)馬車に詰め込まれた。
リトルガーデンは馬車で2時間くらいだった。
道は悪いし、居心地も悪いし、セレナは騒ぐし、最悪の旅だった。
これが勇者一行の門出かと思うとさきが思いやられる。
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