勇者御一行様の案内係

丸もりお

第一章『エレジア王国旅記録』

第一話 フィンという青年

『封魔譚』より

はるか昔、世界は闇に包まれたり。

天を濁し、大地を蝕み、

命あるすべてを恐怖の淵へと追いやる存在、

現れん。


人々より、その名を

悪魔の王「魔王」と呼ばれし者なり。


恐るべき魔の力と、終わりなき邪気をまとい、

森を枯らし、山を崩し、

国を、民を、魂までもを滅ぼす、

異形の王なり。


だが、その時現れしは、

大いなる光を携えし、

三柱の英雄。


祈りをもって癒しの奇跡を起こす、「慈愛の聖女」

万の理を知り、万の魔を操る、「叡智の賢者」

剛腕と揺るがぬ意志を持って戦斧を振るう、「剛毅の斧王ふおう


かの三英雄、世の中の光と成りて、

忌まわしき魔王を封じたり。




旅の途中で師を亡くした青年は、小さな孤児院の扉に付いた丸い金具を二度打ち付けた。

━━コンコン━━


「フィンです」


青年が名乗ると、孤児院のシスターらしき五十代ほどの女性が扉を開けた。

扉の前に立つ彼女に、フィンは小さく微笑んだ。


「これ、どうぞ」

「今回が最後になると思うので、いつもより多めに」


フィンはそう言いながら、さっきの売上の半分ほどが入った牛革の巾着をそっと差し出した。


「それじゃあ、僕はこれで」


短く頭を下げると、荷馬車に乗り込んだ。

フィンが馬を走らせようとした時、


「フィン! 一緒にご飯食べてかないかい」


フィンは少し寂しげな笑顔を浮かべ、


「僕よりもみんなにご飯をたくさん食べさせてあげてください」


と告げ、馬を走らせた。



フィンは、旅商人の弟子だった。

その商人は、孤児院に物を安く売りに来てくれる優しい人で、幼いフィンにとっては憧れの存在だった。

親を知らないまま王都の孤児院で育ったフィンは、この国で成人の歳である、15歳の時に、その商人に弟子入りした。

それから三年ほど、師となった彼女の元で、大陸各地を回りながら交易・文化・地理・言語などを学んだ。

そのうちに、フィンは、非戦闘員ながら、知識と観察眼、行動力に優れ、旅の支援役として重宝されるまでに成長していた。

しかし、三年が経ったある日、旅から帰る途中のある町で、彼女は突然病に伏してしまう。

そこで死を悟った彼女は、フィンに形見のペンダントを託し、息を引き取った。

師匠亡き後、一人で旅を続けて王都まで戻り、彼女と二人での最後の商売を終えると、残っているのは、何も乗せていない荷馬車とそれをここまで引っ張ってきてくれた馬と、そして自分だけだった。

その売上金は『お前の自由にしていい』と師匠が言ってくれた最後の餞別であった。

フィンは師匠の分の半分と自分の分の少しだけを残し、残りは昔お世話になった孤児院へ寄付した。




フィンは孤児院を後にしたあと、広場で今後のことを考えていた。

生きるためにはお金を稼がなければならない。

これからまたひとりで旅商人となり、商品を集めに行くのも手ではあった。

しかし、商品を集める旅をするには、ひとつ大きな問題があった。

フィンは、戦えないのだ。

旅に出るということは、野生の動物だけでなく、盗賊やたまに出る魔物などとも戦える力が必要だった。

師匠は商人なのにも関わらず、魔法と剣を人より扱えていたため、一人でも、途中からは二人でも旅を続けられた。

でもフィンは、師匠から戦う術まで教えて貰っていないのだ。

だから、魔法も剣も使えない。


どうしたものでしょう。

そうだ、冒険者を雇いましょう。

稼いだお金を使えば、そこそこ実力がある冒険者を雇えるはずです。


そう思って巾着の中身を見た。

………フィンは焦りすぎて忘れていた。


そういえば自由に使えるお金はほとんど孤児院に寄付したんでした……。


この半分を使えば、雇える可能性はある。

けれど、フィンには使えなかった。

この半分は、師の墓に供えるのだ。

二人での最後の記憶として。


さて、ではどうしたものでしょう。

もういっそのこと、王都のどこかで働きましょうか。

いや、そうすると今度は僕がセリカを置き去りにすることになってしまいます。


セリカとは荷馬車を引っ張ってくれていた馬のことで、ベージュの毛並みをしたメスの馬である。

旅のほとんどの時間を共に過ごした相棒で、フィンにとっては家族のような存在。

長旅で疲れているはずなのに、セリカはのんびりと小さな街路樹の草を噛みしめながら、まるで「心配するな」と言いたげに優しい目を向けてくる。


その草、食べてもいいやつなの?


思わずフィンは、心の中でセリカにツッコんでいた。


流石に、セリカまで一人には出来ません。

第一、セリカを一人にした場合、セリカはどうなるでしょうか。

野生に返したところで、長く僕たちと過ごしたことで平和ボケしたセリカじゃすぐに食べられて終わりでしょう。


━━ブルルン━━

……こののんきな馬面である。


「僕は君のことを心配してこんなに考えてるのに、なんで君はそんなにリラックスしてるの?」

「ねえ?セリカ」


そう言うと、セリカは鼻をフンと鳴らし、フィンの袖口を甘えるように噛んだ。


「……はいはい、わかったよ」


フィンは小さく笑い、セリカの首元を優しく撫でる。

セリカは気持ちよさそうに目を細め、フィンの手に顔をすり寄せた。


うーん、どうしましょう。


ふと、空を見上げると雲の間から光が指していた。

まるで答えを探すフィンをからかうように──。


神のイタズラか、はたまた運命か。

強い風が吹く。

その風に乗って、ある紙がフィンの足元に飛んでくる。

それを拾ってみると、

『公募!! 勇者パーティの案内人募集中!!!』

そう書かれた張り紙だった。

よく見ると、報酬も書かれている。

『前払いで銀貨三十枚』

銀貨三十枚といえば、さきほどフィンが孤児院に寄付した分よりも多い。

これは、案内するだけにしてはすごい額である。

普通の人を案内するだけなら、なのだが。


ですが、そんなことを考えていても、仕方がないです。

案内というなら、ここまで旅商人で培ってきた知識が役に立つかもしれません。

勇者パーティの案内というなら、多少は戦えなくちゃいけないのでしょうか。

いえ、まずは志願だけでも、してみましょうか。


フィンはそう思い、セリカに荷馬車を引かせ、王城へと向かった。

それが、心優しき青年フィンの、新しい物語の幕開けとなるとも知らずに。


──────────────────────────────────────

【世界観資料:大陸の基本情報】


■人種

人族ヒューマン:もっとも人口が多く、諸国の基盤を築く。

妖精族エルフ:豊富な魔力と長い寿命を誇る。耳が長い。

小人族ドワーフ:背丈は子供ほどだが、鍛冶や力仕事に秀でる。

獣人族セリアン:獣の耳や尾を持ち、優れた身体能力を誇る。

魔族デーモン:邪気を帯びた魔力を持ち、しばしば脅威とされる。


■国々

・エレジア王国:人族のみの大国。旅商人の弟子であったフィンが帰還し、商売の拠点としていた国でもある。物語の出発点となる。

・神聖エルネア帝国:宗教を基盤とする帝国。

・エルダリス王国:妖精族の国。

・トラズメル王国:小人族の国。

・セレディア連邦:多民族国家。

・スノールカ氷牙国:獣人の国。

・魔族の支配領域:魔族が支配する地域。


■魔法属性

火・水・土・風の四属性に加え、希少な「聖属性」が存在する。


■伝承

『封魔譚』──かつて大陸を救った三英雄の物語。


■時代区分

・英雄歴(~0年):伝説の三英雄が活躍した時代。

・大陸歴(0~520年):戦争と覇権の時代。エレジアが覇権を握る。

・魔王歴(1年~現在):魔王復活により、諸国が団結した時代。

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