第25話 ビジネスVSゲーム(3)
数日後。
他学年の廊下で生徒を見繕い、買収工作に勤しんでいた
前までは「選挙頑張ってね」「応援してるよ」と声を掛けてくれる生徒がそれなりにいたのに、今日はゼロ。
好意はおろか、嫌悪の気配さえ感じられるほどだ。
――
考えられる可能性はそれしかないが、真偽も分からない下級生の噂話で、ここまで印象がガラリと変わるだろうか。
――気のせいかな。ま、モブに何と思われようがどうでもいいや。
そう割り切ろうとした矢先、空良に一人の男子生徒が声を掛けてきた。
「おい、
空良の記憶にない生徒だったが、自分に話しかけるということは、先日買収工作を試みた上級生の一人だろう。
空良はそう判断し、外行き用の笑顔で挨拶した。
「ああ、先輩。どうしたんですか?」
上級生はニコリとするどころか、この上なく険しい面持ちで空良に迫る。
「どういうことだよ。『頼りにしてる』って言ったの、嘘だったのか?」
「ん? 何のことですか?」
怒りの理由が分からずキョトンとする空良を、上級生はひそめた声で問い詰めた。
「グループチャットで回ってきたんだよ! お前の買収は、相手によって金額に差ァ付けてるってこと! 中には一万円受け取った奴もいるって聞いたぞ! 俺はたった千円なのに、どういうことだ!」
それを聞き、空良の眉がピクリと動いた。
買収工作は一律で千円だ。生徒会選挙の買収工作ごときで一万円も払うわけがない。
「その一万円受け取った人って、誰です?」
「俺が知るわけねーだろ! でも、クラスの奴と話してもそういう話がどんどん出てくるんだよ! 三千円とか五千円とかよぉ!」
空良の問い掛けは、火に油を注ぐ結果にしかならない。
空良は小さく溜息を吐き、財布を出して単刀直入に尋ねた。
「分かりました。じゃあ、いくら払えば先輩は納得してくれるんですか?」
しかし彼の不快そうな表情は消えることなく、逆に自分の財布から千円を取り出すと、空良に押し付けて言った。
「もういいわ。なんか気味わりーし、金も返す。選挙は別の奴に投票すっから」
肩を怒らせて立ち去る上級生を見届けた空良は、唇を舐めて不敵に笑う。
「……なるほどね、風説の流布か。やってくれたな」
* * *
選挙当日を三日後に控えた昼休み。
選挙演説のリハーサルのため体育館に向かう道すがら、僕は隣の月之宮さんに訊く。
「……うまくいってるかな?」
「噂は広まってるはず。どこまで有利に働くかは未知数だけど、現状打てる手としては最善だと思うよ。さすがだね、花房くん」
「い、いやぁ、月之宮さんの人望あっての策ですから……」
他人が得をしていると自分が損をしているように思ってしまう感覚。
その心理を利用し、僕たちは空良の買収金額についてデマを流すことにした。
作戦にあたっては月之宮さんだけでなく、西城さんや戸崎くんのような上級生とのコネがある生徒に協力してもらった――もっとも西城さん以外はデマだということすら知らないけど。
空良が買収工作をしていることは事実。
金銭に差を付けていることが虚偽でも、それを証明することは実質不可能。そもそも買収自体が倫理的に問題のある行為だから。
水面下での暗躍が裏目に出た形だ。
これで少なくとも、空良の絶対的有利はある程度解消されたはずだ。
仮に空良が僕たちの策に気付いても、新たな買収や対抗策を実行する時間はないだろう。人心を動かすのは一朝一夕でできることじゃない。
小細工はここまで。あとは僕自身が投票前演説をどこまでうまくできるかだ。
生徒会役員の立候補者は、事前に演説のリハーサルを行うことになっているそうだ。
体育館が空く昼休みに行う都合上、一日にリハーサルできる候補者は二人まで。
そのため、僕と月之宮さんは同じ日に希望を届け出た。
体育館に着くと、待機していた選管委員が早速音響のセットアップを始め、裏手からステージの僕たちに呼び掛けた。
「こちらは準備できました。あとはそちらでマイクの電源を入れるだけです」
「花房くん、お先にどうぞ」
月之宮さんに促され、僕は演壇に立った。
誰もいない体育館だけど、そこに全校生徒の姿を幻視し、僕は生唾を呑み込む。
マイクを手に取るとずっしり重い。
震える指でスイッチを入れ、僕はマイクテストする。
「あ、あー」
僕の声が体育館中に響き渡り、すごく恥ずかしい気持ちになってしまう。
どうして自分の声って、こんなに変な風に聞こえるんだろう。
僕は首を横に振り、深呼吸を一つ。
――しっかりしろ、堂々としろ。グダグダの演説で誰が僕に投票してくれるんだ?
そう自分に言い聞かせると、僕は腹を括り、演壇に置いた演説文を読み上げた。
「皆さん、僕は生徒会の副会長に立候補した、一年一組の花房英斗と申します。僕が副会長に立候補した理由は、大きく三点あり、一つは――」
* * *
「――以上で演説を終わります。花房英斗に皆さんの清き一票をよろしくお願いします」
時々つっかえながらも、月之宮さんと考えた演説文を読み終え、僕は深く息をついた。
ちょっと離れた所に立つ月之宮さんに、僕はおずおずと尋ねる。
「……どうだった?」
「うん、バッチリ」
「そっか。……よかった」
指で〇を作る月之宮さんを見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。
演説内容はぶっちゃけありきたりでつまらないものだけど、それも月之宮さんの意図だった。
奇抜な演説や演出をすれば、〝面白がる声〟は大きくなるけど、それは必ずしも〝肯定する数〟を意味しない。何より奇をてらうのは僕のキャラじゃない。
それなら実直さを全力でアピールした方が、空良と差別化する意味でも良い方向に転がるだろう、と。
僕は演壇に片手を置き、感慨深い気持ちで体育館を見回す。
そんな僕を不思議に思った様子で、月之宮さんが尋ねてくる。
「花房くん、何か考え事?」
「うん、ちょっと前まではこんなこと想像できなかったからさ」
怒涛の二ヵ月を思い返し、僕はしみじみと呟く。
「月之宮さんと恋人になって、クラスのみんなと普通に仲良くなって、こうして生徒会の副会長に立候補することになって。今の僕がここに立っているのは、きっと奇跡みたいな確率がいくつも積み重なったおかげなんだ。だからこそ……」
マイクを差し出し、僕は月之宮さんに言った。
「僕はこの日常を守りたい。空良に勝てるように頑張るよ」
「うん、絶対成功させよう。私たちのビジネスを」
受け取る月之宮さんもまた、期待に満ちた表情で応じた。
そのまま月之宮さんが演説リハーサルをする流れになったが、やはりさすがの安定感だ。
カンペも読まず前を見て、滑らかに喋る月之宮さんは、大多数の生徒の心を打つに違いない。
それにしても……一体何だろう、この違和感は。
僕たちは、何か重要なことを見落としていないか……?
* * *
翌日。
演説リハーサルのため、休み時間に体育館を訪れた吹代瀬空良は、待機していた選管委員に尋ねた。
「一つ確認したいんだけど、凛久……会長に立候補した月之宮さんと、彼女と一緒にいる副会長志望の一年男子は、普通に本番想定のリハーサル演説をしていたのかな?」
空良の妙な質問に、委員は戸惑いがちに答える。
「え? はい、もちろんですけど、それが何か?」
「別に、ちょっと気になっただけだよ。……おっとと」
カンペを床に落とした空良は、それを拾う途中、さり気なく演壇の下に手を遣る。
仕込んでいたモノが残っていたことを確認した空良は、ほくそ笑み、それを回収してポケットに突っ込んだ。
「全く、だから言ったじゃないか。油断しすぎだって」
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