月之宮さんとはビジネスの付き合いだから
ノリカワショーガ
プロローグ 〝優しさ〟というビジネス
「ねぇ
下校の道すがら、隣を歩く
月之宮さんとの交際にすっかり浮かれ気分の僕は、突然の質問に不意を衝かれ、つい面白みのない答えを口にしてしまった。
「そりゃ、そうするのが人として当然だからじゃないの?」
「トートロジーだね。でもご存知の通り、世の中には他人に優しくしない人もいる。そういう人たちとの違いは何なんだろうね?」
言葉に詰まる僕に、月之宮さんは滔々と持論を呈する。
「人はね、優しくした人と〝契約〟を結ぶんだよ。『私はあなたに友好的に接したので、あなたも私と友好的に接してください』っていうね。契約が有効な内はその人から危害を加えられないし、いつか思わぬ利益に繋がるかもしれない。だけどその契約の価値を理解できなかったり、必要ないほど立場が強かったり、優しくしないことが利益になるタイプの人が相手だと、契約が反故になったりそもそも成立しなかったりする。人が人に優しくする理由、そして優しくしない人との差異は、ここにあるわけだ」
契約。価値。利益。
およそ〝優しさ〟とは程遠い無機質な単語が、今の僕には不思議と馴染んで聞こえる。
月之宮さんは長い指を立て、含み笑いとともに結論付けた。
「情けは人の為ならず。突き詰めれば、優しさも立派なビジネスなんだよ。自分の人生を豊かにするためのね」
「人の善意にそこまで理屈を捏ねるのは、きっと月之宮さんくらいのものだろうね」
僕は苦笑し、興味本位でちょっぴり意地悪な質問をしてみた。
「じゃあ要するに、月之宮さんにとっては友情も恋仲も家族愛さえも、全部打算込みのビジネスでしかないってことなのかい?」
「もちろんだよ。この世の全てはビジネスで成り立っている。ビジネスの理念がもっと広まれば、世界はもっと素敵になると確信しているよ」
挑発めいた僕の問い掛けに、月之宮さんは躊躇うことなく即答する。
月之宮さんは小首を傾げ、僕の目を覗き込んで訊き返した。
「花房くんは、そんな私と付き合うのは嫌かな?」
家族以外の女子と話す機会もなかった僕には、刺激が強すぎる光景だ。
直視に耐えかね、僕は目を背けてボソボソと答える。
「……別に、嫌なんて言ってないけど」
僕と月之宮さんは、数日前に恋人関係になった。
ただし――ビジネスの、という注釈付きで。
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