吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~
兄貴
第1話 森から出れない吸血鬼
誰もが憧れる異世界転生。
運命の女神に選ばれ、夢と希望溢れる異世界へと転生を果した俺は――
「あー…………死のう」
死のうとしていた。
「むり」
決断から約3秒、俺の心はいつものように容易くへし折れる。そして八つ当たりとして、最初に目に映った大木も圧し折っておいた。
目が合っただけで突然蹴られ、真っ二つにされてしまった木には同情するが、俺の前ですくすく生きてるのが悪い。そんなの、死人でありながら死ねない俺を挑発しているようではないか。
そんな被害妄想の被害者たる大木を蹴り抜けば、その衝撃で辺り一面の木々が次々と倒壊していく。まさに二次被害。ここは被害者しかいない空間だった。
「なんで俺が死ななきゃならねぇんだよ。くそ女神が!」
異世界転生から300年。俺はまだ、スタート地点の森から出られていない。その理由は、転生直前にまで遡る。それこそが、300年消えることのない俺の怒りの根源でもあり、この地獄の始まり。
そう、あれは――
「いいや、めんどい」
お約束のように回想を挟もうとしたが、この300年間で思い起こすのは当然初めてではないし、いまさら初めてのように語り出すのも不自然でしかないため、やめておく。何よりあのくそ女神のことはできるだけ思い出したくなかった。
だからほんとに軽い流れだけにしとこう。別に説明がめんどくさかったとかそういうのでは決してない。
「やった! やったぞ! 夢にまで見た異世界転生だ! ついに俺の番が回ってきた!」
「うんうん! 嬉しいよね! その調子で向こうの世界を救ってね!」
「もちろんです女神様! 俺は必ずや魔王を倒し、世界を救ってみせます!」
「その意気やよし! そんな君には特別に、ちょうちょう豪華な転生特典をプレゼントだ~!」
「本当ですか! ありがたく頂戴します!」
「うんうん! あ~とそろそろお時間だぁ! 名残惜しいがしゅっぱつしんこう! 君の活躍を心から願ってるよ!」
「はい! 俺は必ず――」
「そうそう! 君に与えた肉体は最強の種族と呼び声高い”吸血鬼”なんだけど、太陽の光をちょっとでも浴びようものなら、もうすっごい勢いで干からびてって最後には干物みたいになって死んじゃうから! そこだけくれぐれも気を付けてね~」
「え? あっ!? ちょっ!? まっ――!!」
「よい異世界ライフを~!!」
――とまあそんな感じだ。
思い出すだけで腹が立つ。300年経ってなおこの怒りだけは消えない。むしろ年々増すばかりだ。
いや、確かに転生に浮かれてちゃんと話を聞かなかった俺も悪いのだが、これは流石にないだろう。だって聞いてもどうにもならない。生物が太陽の光に当たらずにどう生きろというのか。全国の引きこもりたちを一斉に敵に回しそうな発言だが、この待遇には彼らだってきっと同情してくれるはずだ。
ちなみにこうして俺がまだ生きていることからも分かる通り、この森には太陽の光は一切差し込まない。俺の生は癪なことに、女神の言葉が正しかったという証明になる。実際彼女の言葉に嘘はなかった。
だがもちろん、俺もこの300年間、女神の言葉をただ鵜呑みにしてボケっと生きてきたわけではない。生あるものとして、当然ながら足掻いた。それも必死に。
転生直後は、きっと何かの間違いだろうと信じていた。信じたかったのだ。
この広く暗い森の中を彷徨い歩き、ただひたすら出口を目指した。そして辿り着いたのだ。太陽の元に。
不安と期待を胸に、俺は外に出ようとした。間違いでも、正しく生きたくて。
結論から言えば、やめておけばよかった。
なぜなら、そこには地獄というのも生ぬるいほどの――”洗礼”が待ち受けていたから。
当たり前だが、森の出口と日の光が見えたからと言って、そこに一心不乱にダイブを敢行する程、俺は考えなしではない。死ぬという前情報があってそんなことをする馬鹿がこの世にいるとは思えないが、俺も例にもれず、慎重に慎重を期して、指先から行った。
指先に太陽の光が掠めた瞬間――俺の全身は干からびた。
火なんてそこにはないのに、全身が焼かれるような感覚。そしてそのイメージを遥か凌駕する痛み。
人生でも出したことのないような絶叫をあげ、のたうち回ったことだけははっきりと覚えている。
その後の記憶は曖昧なのだが、気が付いたら俺は、森の深くにまで戻っていた。周囲には獣を思わせる生物の無数の残骸。皮、骨、肉が視界が届く場所一帯に散らばっていた。
中央には血まみれの俺。肉体の回復に生物の血肉を貪ったのだと、遅れて理解した。
九死に一生を得た経験だったが、確かなトラウマとして刻み込まれた経験でもあった。あれを体験して、もう一度と思うような胆力は、平々凡々を地でいく俺の中には残されなかった。
それからしばらくはメンタルの回復に時間を使ったが、やはり300年間ウジウジしていたわけではない。
何と言っても300年だ。そんな時間を無駄にできるだろうか。無駄な時間などなかったとは言わないし、なんならほとんどが無駄だったが、だからこそ時間だけはあった。
それからも俺は足掻いた。足掻き続けた。
やったことをあげればキリがないので省くが、300年の間に、人間一人の頭で考えつくことは全てやったと思う。
これは森脱出とは関係ないが、この広大すぎる森は、人間は人っ子一人いないが、魔獣なら掃いて捨てるほどいる。そいつらを殺すのが俺の専らの暇つぶし手段だった。
自由への手段を模索しながら、300年殺しまくっても殲滅できない、一体どこから湧いてるんだと思うような魔獣たちを殺す毎日。
だからレベルだけはぐんぐん上がっていき、とにかく強くなっていた。外に出れないのに強くなってどうするんだという感じだが、とにかく何かやっていなければ正気を保てなかったのだ。
そのうえで、俺はまだ森の中にいる。
つまりは――そういうことだ。
「あー…………やっぱ死のう」
300年間、生きることも死ぬこともできない生き地獄。
当然人一人が正常に精神を保てるはずもなく、正気のままでいられるはずもなく、俺は壊れた。
一通り気が狂い、暴れ狂い、塞ぎこみ、やっぱり狂乱し、抱え込む。植物状態になった時期もあったし、逆に常時深夜テンションのような時期もあった。
狂って狂って狂って、壊れて壊れて壊れて、今がある。
今は、比較的安定期だ。
人間の精神というのは300年も経つと、逆に正常になっていくことが分かる。
死ぬ死ぬ詐欺を連日繰り返す男が正常と呼べるかは分からないが、とにかくそこまでおかしくはないだろう。少なくとも意味のある言葉は吐けるし、八つ当たりで目の前の景色を一変させるだけの元気もある。
たぶん俺の心はもう、壊れる場所が見当たらないくらい、完全に壊れているのだろう。願わくば修復していくことを望むが、そんな日は決してやってこない。
俺はもう、生きることは諦めていた。
「ああー死ぬぞー。今日こそ死ぬぞー」
――もういい。
300年で、何度思ったか分からない。
それでも俺は死ねなかった。希望があったからではない。絶望の中でも、それでも死にたくないと思ってしまうのだ。
既に死人の領域に足を踏み入れた吸血鬼の、生への渇望。いや、死への恐怖。
笑いたければ笑えばいい。俺は、それでも死にたくないのだ。
「――ん?」
微かな悲鳴を人外の聴覚が捉え、俺は顔をあげる。
何かが、何かから逃げている足音。
希望とまではいかないまでも、何かが起こるのではないかという期待が、波紋となって広がる。
「この足音……
聞き馴染みのある足音の正体を察知すれば、視界の中に正解が飛び込んでくる。
しかし、そこには間違いもあった。
人外の視力が捉えたのは、人間。
それも――女。
この深く暗い森の中には決しているはずのない――間違った存在。
期待が、希望に変わる。
「人!? 女!?」
瞬間――俺は一も二もなく飛び出した。
それは、先ほどまで死のうなどと口にしていたとは思えないほどに、活き活きとした姿だった。
ただ勝手に、体が動いた。
それは死の象徴たる不死の体が、生あるものを求めたかのように。
現金なことに、俺の生は――”女”程度で簡単に刺激されたのだ。
「女だぁ!!」
「きゃああっ!?」
第一声に、特に深い意味はなかった。なんとなく、出てきた言葉だった。
300年振りに会った女に、テンションがおかしくなっていたのだろう。やっぱり俺は壊れているのかもしれない。
そこには、女と見るや否や見ず知らずの少女に飛び掛かる、吸血鬼の姿があった。
これが、俺と彼女の出会い。
俺が300年振りに生きることとなった日。
暗い森の中で、男と女は――運命の邂逅を果した。
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