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「てってってれてーてってってってーてってってーれれてってってっ」
メロディを音程なしの棒読みで口ずさみながら、イケメンが私の手を引いて踊り始める。違う、そんな可愛いもんじゃない。芝生を燃やさんばかりの勢いで疾走し、引きずり引き回し引っ立てる。
待って待って待って!? マイムマイムって、こんなアグレッシブなダンスだっけ!?
ヤバイぞ、このイケメン……猛牛にでも取り憑かれてんの!? 足がもつれて転びでもしたら、顔面の皮膚から頭蓋骨まで大根おろし化待ったなしだよ!
突如として訪れた死の危機に、抗議の言葉も出やしない。できることといったら、イケメンの荒ぶる猛牛じみた横走りに必死についていく、それのみだ。
マイムマイムのステップ? んなもん思い出してる余裕なんざありゃしませんですよ!
「てってってれてーてってってってーてってってーれれてってってっ」
イケメンはのんびりとしたリズムでお経みたいに曲を奏で、音声とは真逆にハイスピードで足を動かしながら、お連れ様だった女子の周りを一心不乱に回る。回る回る、回り続ける。
うああ、歌と動きのズレが激しすぎて酔いそう……頭ぐるぐるしてきた……足も限界……もうダメ、倒れる……。
「マーイムマーイムマーイムマーイム、マイムマイマイマイ」
掛け声パートに来ると、ついにイケメンが私の手を離してくれた。私の記憶ではウマイム・ベッサンソンだったとこがえらい適当に流された気がするけど、そんなの放置だ。ギリで助かった! よし、この隙に逃げよう!
「んぎゅ」
が、猛ダッシュしようとしたのに体が言うことを聞かず、私は頭から芝生の地面に転がった。思った以上に足腰と三半規管がやられてたみたいだ。
へろへろと上半身を起こすと、頭上から影が落ちた。ぐらつく頭を恐る恐る上げてみれば、イケメン様がこちらを見下ろしていらっしゃる。そして、再びこちらに手を伸ばされたところで――私の涙腺は暴発した。
「ごめんなさいごめんなさい! もうマイムマイムは勘弁してください! 私、体力ないんです! おまけに春休みに二キロ太ったんです! だから寝起きのナマケモノばりに体が動かないんです!」
打ち明けなくてもいいことまで暴露したのは、もう本当の本当に無理だったからだ。
いくらイケメンと手繋ぎダンスができるからといって、まだ死にとうない。念願の高校生になったばかりなのに、ここまで育ててくれた両親に先立つ不幸をお許しくださいなんて言いとうない。
「は? マイムマイムを選んだのはそっちだろ。だったら何を踊るんだよ?」
ひええ……イケメンが凄む顔って、とても怖いんだね。初めて知ったよ。選んでないしそっちがおかしな聞き間違いをしただけだし、何よりどうして二人で踊らなきゃならないの!? なんてとても言えない……。キレた美形、怖すぎる。
「あっあっ……そ、そうだ、ラジオ体操! ラジオ体操がいいです! ラジオ体操にしませんか!? ラジオ体操がいいですよ、ラジオ体操以外ありませんって! やるしかない、ラジオ体操! イエス、ラジオ体操一択、イエア!」
だばだば涙を流しながら、私は必死の提案を全力で推した。そう、ラジオ体操なら二人でやっても個別に動ける。猛牛に引き倒されズタボロになるような無残な死を迎えることはない。
イケメンは、顎に手をやって考えるというイケメンがさらにイケメンに見えるポーズを取って答えた
「……ラジオ体操は第二しか知らない。ムキムキアクションある方」
「うんうん! ジャンプから始まるところもいいよね、第二!」
滝のように流れ落ちる涙をそのままに、へらへら愛想笑いで相槌を打つ。するとイケメンも気を良くしたようで、眉間の皺が和らいだ。
「お前、なかなかわかる奴だな。じゃあ次はラジオ体操第二で」
「
イケメンのイケボを遮ったのは、透き通るような美声。思わず顔を向けると、声に相応しい美貌の女子が駆けてきた。
いや、待って。近付いて輪郭がはっきりするにつれて、美しさマシマシ。風を受けて翻る長い髪まで、彼女を華やかに彩る効果線みたいに見える。うわ、色しっろ! 肌きっれい! 毛穴レス・オブ・レス! 目は大きいし睫毛は長いし鼻は高いし、唇だってぷるつや! 本当に私と同じ人類なの? 頭目鼻口耳四肢指パーツの数しか共通点がない!
並び立つ美男美女を前に、私は時間と疲労も忘れて呆然とした。
今日はやたらと美形遭遇率高くない? 超絶イケメンといいこの超絶美少女といい、どっちもこの世界にいていいレベルの顔立ちじゃないでしょ。二人共、私と同じ制服着てるけど、どうしてこんな片田舎の高校にこんなワールドクラスの美男美女が集ってるの? もしかしてここ、流行りの小説みたいにいつの間にかゲーム世界転生の舞台になったのかな? いろんなタイプのイケメン達を攻略する乙女ゲーかな? 多種多様な美少女達を落とすギャルゲーかな?
「留佳、探したわよ。こんなところで何をしているの? さてはこいつらに拐かされたのね? 私が新入生代表スピーチをしている隙を見計らって、連れ出されたんでしょう? 可哀想に、怖かったわよね。でももう大丈夫よ、この咎人共には私が鉄槌を下してあげるわ」
アホなことを考えている間に、美し極まる女子は超絶イケメンに優しく語りかけて頭をナデナデしてから、ギンと音がしそうなほど殺意漲る視線を私ともう一人の女子に向けてきた。
何故か処刑される流れになってるけれど、一体どうしてこのような判決が下ったのかさっぱりわからない。わかったのは、この美し怖い女子は私が欠席した入学式で新入生代表スピーチをしたってことくらいだ。
「ち、違うわ、
美し怖い女子の威圧オーラに耐え兼ねたようで、処刑宣告仲間の女子が叫ぶように訴える。いつの間にやら般若化は解かれていた。その点だけは安心した、けれども。
彼女の言うこの人って、もしかしなくても私、かな? そしてこのイケメンは有瀬くん、美し怖い女子は城咲さんと仰るらしい。そういえばチラッと、我が恋人がどうとか言われてたような気がするけど……?
「留佳の恋人ですって!? どういうことなの、あなた!」
美し怖い女子の目が、私一点に集中する。ひえぇ、美怖極まる視線で射殺されそうだ。どういうことって私が聞きたいよ!
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