12月3日

 授業と授業の合間の五分休みの際に、ぺんぎんがあざらしの元にやってきた。


「昨日のデートはどうだった?」

「デートじゃないですって。おうちに遊びに行かせてもらっただけですよ」

「……それがデートじゃねえかな……」


 あざらしの耳に最後の言葉は届かなかったようで、何か言いましたか? と訊ねたが、ぺんぎんには何でもないと返されてしまった。

 追及するほどのことでもないか、とスルーし、あざらしは次の授業の準備をしていく。


「ぺんぎん君はもう準備終わったんですか? 次は現代文ですよ」

「終わった終わった。すぐにでも受けられるよ」

「楽しみですよね、授業」


 今は中島敦の山月記についての授業が行われている。担当教師は作者の中島敦の人生についても解説してくれるので、あざらしは毎度楽しく授業を受けていた。

 あざらしの言葉に、おや? みたいな顔をするぺんぎん。


「あざらし的には中島敦がお気に入りな感じ? 坂口安吾じゃなくて?」

「坂口安吾についても色々知りたいですけど、一番好きな文豪はやっぱり、織田作之助ですかね」

「信長の親戚?」

「坂口安吾と仲良くお話した人ですよ」

「太宰治じゃなくて?」

「その太宰治も含め、三人で楽しく話されたそうで」

「ほーん。てか、昔の文豪の話はいいんだよ、白熊先輩とはどんな風に過ごしたわけ?」


 ああ、と呟いて、頬に手を添えながら、昨日のことを思い出すあざらし。

 ぺんぎんはどこかうきうきとした顔をし、あざらしの横に立って、彼が話すのを待っていた。


「言えないようなことでもした?」

「何ですか、それ。ただ単に、お互いに本を貸して読み合って、お夕飯ごちそうになっただけですよ」


 急遽、鮫島は南極と食べにいくことになり、鮫島の分の夕飯が余ったからと、白熊の祖母から食べてくれとお願いされたのだ。

 母は仕事で家にいない。帰ってくるのは土曜日。ご飯は自分で用意しなければいけないから、あざらしはありがたく食べさせてもらうことになり、白熊の部屋で、二人で食べることになったと。


「公認じゃん」

「どういうことですか……。おばあさんのお夕飯、たまにごちそうになることがありますが、本当に美味しいし、あったかくて、お袋の味とは何なのか、教わってます」

「あざらしってよく、美味しいものの感想にあったかいって言うよな」

「そうですか?」

「わりと」


 そんなに言っていたのかと思いつつ、まあ、そうだろうな、なんて感想も抱いた。

 まだそこまで生きてはいないが、母の手作り料理とは縁遠い人生だ。物心ついた時には、コンビニやスーパーの弁当、冷凍食品が食卓にはあり、それを一人で食べるように母からは言われていた。


『母さんは仕事で忙しいから、一人でできることはちゃんとして』


 小学生の時には食品を用意してくれていたわけだが、中学生になるとお金だけ渡されて、土曜日以外は不在になって、その土曜日も、母の顔をちゃんと見る暇はなく、お金を置いたらさっさと出ていってしまう。

 あざらしにとって食事とは、寒い中、一人でするものだった。


「……食べ物自体もあったかいですけど、誰かと食べると、なんか、あったかくなるんですよね」

「……そうか」


 ぺんぎんもそれなりに、あざらしの家庭事情については知っている。

 それ以上は突っ込まず、別のことに突っ込んだ。


「白熊先輩と食べる時はもうあっついくらいあったかいんじゃなーい?」

「……うーん」


 考え込むあざらしに、ぺんぎんは目を開かせる。


「いえいえそんなことは、って言うと思ったのに」

「あっつい、わけではないですけど、確かに、白熊先輩との食事は、他の誰よりもあったかく感じますね」

「……」

「変ですね、熱でもあるんでしょうか」


 あざらしは自分の額を手で押さえながら、ぺんぎんに視線を向けると、彼は何故だか、とても叫びたそうな顔をしていた。

 ぺんぎん君? と顔を近付けると、白熊先輩に悪いからと、後退してしまった。

 はて、と首を傾げるあざらし。──そこで、次の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。


「戻るわ」

「ではまた、後で」


 今日もおにぎり同好会の活動は行われる。もちろん場所は白熊と斑鳩の教室。

 通学途中に寄ったコンビニで、チャーハンやチキンライスのおにぎりを買ってきたから、皆で食べるのを楽しみに、あざらしは頭を切り替え、授業に臨むことにした。

 教師が入ってくる。さあ、今日は中島敦の何を教わることになるのだろうか。

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