チェンジリング

桶谷 雨恭

チェンジリング

薄っすらと張られたガラス越しにどんよりとした空を仰いだ。

町一つをすっぽりとスノードームのように覆うそのガラスには、いつも通り人間が到底浴びることのできない汚れた雨が降り注いでいる。

バス停にはすでに行列ができており、大人たちは一様に目の前に映し出されるホロに目を走らせている。霧島はその大人たちの列に身を投じた。真新しいスーツが周りから浮いているような気がして見様見真似でホロを開いてみるが、いくつかの小説と整理し忘れていた大学の教科書が並ぶばかりだ。社会人らしくニュースのコマンドを視線で選択する。

開かれた一覧には、AIによってみるべきだと選定されたニュースが並ぶ。

『本日、1-1国との首脳会談』『国交正常化80周年』『有名子役誘拐事件!あの子を返して!』

斜めにざっと読んでいると、いつの間にか霧島の後ろに女子高生が並んでいたようで、一気に騒がしくなった。彼女たちは、お互いのホロを外見せモードにし何かをしきりに見せ合っている。


「みてみて、この女優さん!いいなぁこのきれいな足!」

「えーめっちゃ綺麗!この足ってこの前発売された最新モデルだよね。うわぁお金ほしい。」


どうやら話題の女優がまた足を取り換えたようで、同じブランドのカタログからほしい足を語りあっていた。

人間の体をロボ化する技術である『チェンジ』は昔からある技術だが、学生がバイト代でできるほど普及して久しい。

今や理想の体型は後からいくらでも『チェンジ』で買えることができる。最近ではチェンジしたパーツをさらに自分でカスタマイズをすることが流行っているようで、配信サイトはカスタマイズを紹介する内容で溢れていた。

霧島にはその良さはわからない上に今日はそんな話題にかまっている暇はない。なにせ今日は社会人最初の1日なのだから。


バスがゆっくりと着地し、ドアが開いた。波に逆らうことなく降りると目の前にそびえ立つコンクリートの塊を見上げた。

普段はOFFにしているホロモードをつけると、町中に漂う広告が現れるとともに建物は青々とした植物が生い茂り、鳥がさえずりながら羽ばたいている。

職員証ホロを起動し入口ゲートをくぐると、公式キャラクターのホログラムをまとった警備ドローンが霧島の前で静止すると胸元に着いた職員証を読み取り動作の後、自動で建物内のマップがインストールされた。


霧島蒼きりしま あおさん。警備庁へ入庁おめでとうございます。刑事局特殊捜査課にて金陵課長がお待ちです。特殊捜査課は7階になります。』


ドローンがホロの矢印で示した先にエレベーターがあることを確認する。


「ありがとう。」

『はい。またお声がけください。』


霧島は示されたエレベーターに乗り込むと、7階のランプが点灯し動きだす。7階まで上がりきると、スライドを始める。ようやく止まり扉には『特殊捜査課』の文字が浮かび開いた。足を踏み入れると中では数名の先輩たちと10歳~15歳ほどの子供たちがデスクに向かっている。


「おー!新人さん?いらっしゃーい!」

紅水こうすいうるさい。」


入口付近で珈琲を飲んでいる、派手な髪色の先輩が霧島に声をかけた。その横には白いロリータの裾をなびかせた女の子が彼の足を蹴り上げている。


「いやぁ。ここってあんまり適正出るやついないからさ、第一志望?」

「いえ、第一志望は国軍で…。」

「あー。希望職種判定してもらえなかったタイプ?どんまい!どんまい!」

「紅水。」

「あーごめんて、そんな怒んなって。」

「こんにちは。私はリチア捜査員よ。この失礼なうるさいのは紅水。私の監視員」


紅水がしゃがみこんで謝罪しているのを完全に無視して、リチアは霧島の目をじっと見ていた。


「あの、俺の顔に何かついてますか?」

「いいえ。国防軍志望の貴方が彼の相棒になると思うと面白くて。ついね。」

「確かに!今相棒がいないのってあいつだけだもんな。」

「何かあったら相談して、できる限り話は聞いてあげるわ。紅水が。」

「オレかよ!まぁいいけど。じゃぁな新人!がんばれよ!」


紅水は霧島の肩を軽くたたくとリチアに手を引かれながら自分のデスクに戻っていく。

呆れ顔で紅水に何かを話話しているリチアを眺める。


(外見は12~13歳ほど。あれが、時を止められた子供『チェンジリング』)


楽しそうに話す彼女は一見普通の少女にしか見えないが、その皮膚は人工物で覆われ体内には血液は流れておらず、髪の毛一本に至るまで成長することがない。


「『永遠の美しさ』」


突如、吐息とともに言葉が吹き込まれた。

霧島は思わず耳をおさえて、飛びのく。その拍子に近くの物が倒れた音がしたがそんなことにかまってはいられない。声の主をすかさず見ると背後には、長い髪をなびかせた女性が立っていた。

彼女はきれいにくびれた腰に手をあて、霧島を見ている。今朝、女子高生の話を聞いていたからか自然に霧島の視線は彼女の足に向かってしまう。


「私の足は生身だよ。」

「いや、あ。すみません。不躾でした。」


自分の視線がばれていたことに慌てて頭をさげる。


「最近の若者たちは足をチェンジすることがトレンドなようだしな。気にはせんよ。」

「すみません。」

「さて、仕事の話をしよう。こちらに。」


課長室に案内され、室内に入ると彼女は扉をしめ、霧島の目の前にあるデスクに寄り掛かった。


「それでは改めて『刑事局特殊捜査課』へようこそ。私は課長の金陵 緑きんりょう みどりだ。」


緑に手を差し出され、答えるようにその手を握る。握り返されたその手は力強く、友人たちよりも柔らかい体温だった。


「本題に入ろう。君は『チェンジリング』についてどれほど知っている?」

「全身チェンジした状態と認識しています。その中でも、ここにいる人たちは『違法チェンジリング』の事件に巻き込まれた人たちと伺っています。」

「概ね正解だ。彼らは違法チェンジリングによって、自分の意志ではなく勝手に時を止められてしまった被害者たちだ。」

「その被害者たちの社会復帰の場として『特殊捜査課』があり、『捜査員』という職業に従事していると認識しています。」

「表向きはな。」


緑は悲しいという表情を無理やり微笑むに変更しているような、複雑な表情で霧島を見ている。表情から彼女の感情を読み取ることは霧島には難しいことであったが、あまり良くないことであることだけは肌で感じていた。


「まぁ、それについては働いて行けば自ずとわかるだろ。まずは君の相棒パートナーについてだな。」

「は、はい。」

「彼は少々曲者でね、監視員を過去に3度も変えているんだ。」

「その、変わった監視員たちは…。」

「全員異動または退職している。監視員は監視対象であるチェンジリングを変更することはできないからな。」

「そんな方の相棒を俺のような新人に任せて良いのでしょうか?」

「あぁそのことか。MOTHERがね、わざわざ君にやらせろと通達を出してきたんだ。」

「あの国家AIがですか…?」


(国会AIである『MOTHER』がわざわざ俺を指名?なぜ?)


霧島はある程度考えたところで、答えは出ないと判断する。一瞬父親や祖父の顔がよぎったが、さすがに子供の就職ごときでMOTHERへの干渉はしないだろうと頭から思考を追い出した。


「まぁそこまで身構えなくとも、良いやつだよ。ぜひ仲良くしてやってくれ。」

「はい。」

「良い返事だな。それでは行こうか。」


緑に先導されて部屋を出て、エレベーターに乗り込む。先ほどとは違いまっすぐ上がり最上階で止まった。扉の向こう側にはホロで彩られた庭園が広がっている。真ん中には大きな洋館のホロがかぶせられた建物が鎮座していた。

緑の後に続き、エレベーターを降り、建物に向かう。中に入ると広いエントランスと大きなシャンデリアが霧島たちを出迎えた。

慣れない階段を上がり、長い廊下を抜けて建物の最奥の部屋にたどり着く。ホロではない、本物の木の扉がはめられたその部屋からは人のいる気配は感じられず、物音ひとつ聞こえなかった。

ノックしようとしていた緑もそれに気が付いたのか、扉に触れようとしていた手を引っ込め、そのまま額に当てて項垂れる。


「あちゃ~。これは寝落ちしてるな。まったくあいつは。」


そこまで言うと、緑は声をかけずに扉を大きく開け放った。

部屋の中はたくさんの資料で溢れかえっている。家具はすべて古めかしいデザインのものであることにも驚きだが、さらに驚いたことにソファーは艶々とした革でできていた。ホロモードをOFFにすると、部屋中にあふれている資料は消え去ったが家具は見たままのものが鎮座している。つまり、この部屋の家具はすべて本物でできているということだ。

霧島は珍しい革のソファーを眺めていると、その上に本が一冊置いてあることに気が付いた。今時珍しい貴重な紙でできた本のようでつるりとしたハードカバーに手を触れる。


「勝手に人の物に触らないでくれるか?」


ハイトーンの声が霧島の行動を統制する。驚いて振り返ると、そこには10歳ほどの少年が、不機嫌そうな顔で立っていた。

慌てて霧島は本から手を放し、その場に置くと彼に向き合う。


「君が新しい僕の監視員かい?」

「はい、本日付けで配属となりました、霧島蒼です。せいいっ…」

「そういったものは不要だ。テンプレートな挨拶に意味はないからね。」

「はぁ…。」


彼の大仰な態度に戸惑いを棒立ちとなってしまったが、ゆっくりと近づいてくる彼から目を離すことはできなった。艶やかな髪をなびかせるその顔は目鼻立ちが整っており、町を歩けばすれ違う人達は皆振り返るような容姿だった。そして、思わず跪きたくなるような、そんな雰囲気をまとっていた。


「初めまして。僕はあい、今日から君が所有権を握るチェンジリングだ。短い間になるだろうがよろしく頼むよ。」


藍は霧島に手を差し伸べることもなく、表情を動かすこともなく、淡々と述べている。

「藍。あまり新人をいじめるな。それから、あまり物であるように表現するのもやめろ。自分を物に貶めるな。」

「金陵、君は相変わらずチェンジリングを人として扱うんだな。君のそうゆうところは嫌いじゃないが、出世できない要因の一つだと思うよ。」

「私は出世に興味はないからな。それよりも、仲良くしてやれよ。また異動願いを受け取るなんて嫌だからな。」

「あぁ。善処するさ。」


藍は踵を返すと、窓際に置かれていたこれまたアンティークなデスクに近寄り、これまた本物の革で作られた椅子に座ると資料を一つ開いた。


「霧島蒼。父上は国防軍の将校『霧島元』母親は大物政治家『西園寺正彦』の一人娘『西園寺桜子』兄の『霧島 碧人』は祖父西園寺正彦の私設秘書。随分なエリート一家じゃないか。それで?君はどうして監視員に?」


デスクに組んだ手を置き、前のめりになりながら聞いてくる藍に、霧島は何を聞かれているのかを一瞬理解できていいなかったが、監視員を選んだ経緯を聞かれているのだろうと口を開く。


「仕事適正AIでこの仕事を指定されました。」

「なるほどね。元々の志望は?」

「父のいる国防軍を志望していました。」

「AIの判定は参考程度と考えて、第一志望である国防軍に行こうとは思わなかったのかい?」

「仕事適正AIはその人の職業適性を図り、その人が最も向いている職業を指定しています。今の俺はこの監視員の仕事が最も向いていると判断されたわけですから、ほかの仕事を考える必要はないと思いますが?」

「なるほど。あのAIは5年に一度受けなおすこともできるからね。」


(俺は何を試されているんだ?)


霧島は藍から出てくる質問の意図がわからず戸惑うが、何かを試されているということだけは理解し、思いつく限りで答えていく。


「次に、君が学生時代についてだが…」

「そこまでよ、藍。その一世代前の就職面接擬き、いい加減やめなさい。」

「なんでだい?長らく我が国で行われていた就職の儀式だ、文化を象徴すべき良い風習だろう。」

「圧迫やハラスメントだと逆に学生に会社が訴えられるという事件も起きるような悪しき風習でもあったけどね。」


彼は一言「そうだったね」と発すると、椅子に背中をつけ深く座りなおすだけだった。


「さて、自己紹介も済んだところだし、二人とも仲良くね。」


そういうと、緑はこの気まずい空気をそのままに部屋から出て行ってしまう。残された霧島は慌てて緑を呼び止めようとするが、目の前で扉を閉められてしまった。


「あまり君を面接するとまた金陵に怒られそうだ。では、最後に君は『チェンジリング』についてどう思っている?」

「『チェンジリング』についてですか…?今日初めて見ましたが、美しいなと。」


霧島の質問に藍の顔が曇る。


「一つ教えておこう。」


藍は椅子から降りると、ゆったりとした足取りで霧島の方へ進む。

そして、彼の前に立つと彼を見上げた。その目は何も映していない無であった。


「チェンジリングが美しいのは当たり前であり、あまり誉め言葉ではない。なにせ僕らは『美しくあれ』と作られた存在なのだから。」

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