第三章 ④ 皇太子権限(皇居正門 襲撃)

「本当に、理子りこ御力おちからなの?」


「あくまで儀式ぎしきの観測結果からの推測ですが、正しいと思います。化け物を作る力、または人を化け物に見せる力なら、数多あまたある御力おちからの中でも数えるほどしかないでしょう。実際に皇居を占領せしめるほどの制圧力を持つのなら、中洲攻略の戦いで戦果をげた神武じんむとう征軍せいぐんの【鬼形きぎょう】で間違いないです」


「すみません、儀式とは? 何の儀式ですか?」

 疑問が浮かんだレイは、三人の会話に割って入った。


 神武東征じんむとうせいは世間一般でも割と有名な話なので心得こころえていたが、皇室の機密に関わる話だと途端とたんについていけなくなる。


「いま言った儀式というのは、御力おちから始動しどう実験をそう呼んでいるのです」

 柔らかい口調で祐子ゆうこは語った。


御力おちからは皇居内でしか発動できません。つまり、皇居に出入りできる皇族しか能力を使えないことになります。でも、それだといざという時に困ると進講しんこうでお話ししましたよね?」


 レイはうなずく。

 祐子の講義によれば、我が国は皇族の血を引く能力者を国家的危機の切り札として保有している。彼女が「困る」と言ったのは、ただ能力を持つ子孫が日本中に存在しているだけでは役に立たないという意味だろう。


「そう。私たち御力を持つ者は力の使い方を知る義務があり、また国も御力を利用しようとする以上は能力について把握はあくする必要があります。とはいえ、御力の研究や訓練は皇族が担う決まりになっていて、民間の能力者は研究などにたずさわる機会は少ないのです。

 ただし、皇統こうとう子孫しそんならば身分をわずに誰もが必ず参加する実験があります。それが始動しどう儀式ぎしき。始動、つまり最初に御力を発動させるための実験です」


「では、その実験で被験者の方が持つ能力が初めて判明するのですか?」


「ええ。強制的に御力おちからを発動させ、起きた現象を観察してどういった能力なのか推定します」


 それがあったからこそ、登録された理子の御力を調べることができたのだ。

 しかし、レイはまた引っかかる言葉を見つけた。


「強制的に始動?」

 レイの疑問に、今度は助手が答えてくれる。


「能力者と言っても、皇居に入れば皆がみーんな御力をすぐに使えるわけじゃないんですよ。というか、生まれて以来ずっと能力制限領域──つまり皇居の外で育った人間は、ほとんど自分から御力を始動させることができません。なので、一定以上の年齢をむかえた子孫は皇居にまねいて皇太子殿下に《起動きどう》してもらうんです」


「皇……太子殿下?」

 予想外の言葉に戸惑とまどう。なぜ皇太子が儀式に関係しているのか。


 助手は答えず、祐子ゆうこに視線を投げた。

 おそらく「口をすべらせたけど、今の情報教えて良かったですか?」と無言で質問しているのだ。


 それに応えるように、祐子が事務的なみを浮かべつつ口を開いた。


「レイさんの疑問への答えは簡単です。皇太子殿下が、他人の御力を強制起動する力を持っているため参加していただいています。具体的には【皇太子こうたいし権限けんげん】と呼ばれる、御力を個別に強制起動・または強制停止させる権限を保有されています。たぶんレイさんは、今度は【権限】について聞きたいのだと思いますけど、続きは周囲の安全を確保してからお話ししましょう」


 祐子ゆうこの言葉で、レイは薄れていた警戒意識を再び強める。すると突然、司子が何かに気が付いたように声を上げた。


「しまった……ッ」


「どうしたのですか、殿下?」


「すぐに御力おちからを使える場所に移動しないと! 周囲も正門もモニターできてないから──」


 司子が言い終わらないうちに、彼女の不安が現実となったことを無線機が伝えてきた。


『──き! 攻撃、攻撃を受けたッ!!』


 偵察に出る際に渡された無線機をつかむ。

 電波状態が良好ではないのかくだけた声が聞こえ、その背後には人々の悲鳴や絶叫が響いていた。


『ぃゃあぁぁぁぁあぁあぁあッ!!』

『くるなくるなくるなぁぁあ』

『撃てッ撃てぇ!』


 まばらに鳴る声の中、無線を発した護衛官の言葉が聞こえ──。


『本部、正門を開けるぞ!! 民間人を逃がせ! 開門、開門、がいもぁぁああああああッ!!!』


 やがて絶叫ぜっきょうに変わった。














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