第三章 ② 初めて機関銃を持った皇族

 脱出の準備をしている間、吹上ふきあげ御苑ぎょえんからの脅威きょういを察知するために偵察ていさつを行うことになった。


 この正門を内部から強襲きょうしゅうするには、大きく分けて二つのルートがある。

 一つは、レイたちが避難してきた西の丸から鉄橋を渡る道。もう一つは、司子が先ほど指摘した吹上御苑に通じる道だ。


 吹上ふきあげ御苑ぎょえんは、南北に長い形をしている。

 その南端にある正門付近に犯人が来ていない現状から考えて、彼らの拠点は御所などがある北側と推察された。実際、最初の襲撃が行われた場所も北側だったらしい。


 とはいえ、いずれ犯人はここへ来る。皇居は広大な森であるため、相手の侵攻がまだ正門に到達とうたつしていないだけなのだ。


 偵察ていさつ要員には射撃にけたレイと、警戒力に優れるヨリが選ばれた。


 出発しようとした時、ヨリは司子と二人きりで何事かを話していた。ならば先に配置にこうと歩き出したレイに、せき警部補が声をかけてくる。


たちばな、これを持っていけ」

 そう言って関が差し出したのは、彼がレイと同じように腰から吊っていたサーベルだった。


「自分の刀がありますが……」


「お前のはただの細長い金属の板だろ。警部補以上の剣道優秀者には、真剣のサーベルがあてがわれるんだよ。そのライフルが弾切れになったら使え。あと一応、銃剣も持っていけよ」


 彼からM14の先端に付けるための銃剣じゅうけんを受け取り、サーベルを交換する。さやすべらせて刀身を見ると、確かに刃文が輝いていた。


「お借りします」


「日本の歴史は天皇家の歴史だ。皇室が無くなったとき、二千七百年続いた歴史も終わる。橘、お前が守るのは日本そのものだ。頼むぜ」

 関の言葉に、レイは覇気はきを込めて返事をした。


「お待たせ、レイ。じゃあ行きましょう」

 彼女の方も準備ができたようで、レイの横を歩き始める。


 幼いその手には、皇宮警察・特別警備隊が装備するH&Kヘッケラーアンドコッホ社製MP5たん機関銃きかんじゅうが握られ、ストラップで腰のベルトに繋がれていた。


 この銃はいわゆるサブマシンガンという種類の銃器で、レイの持つM14が「高威力の弾丸で確実にダメージを与える銃」なのに対し、彼女の持つMP5は「低威力の弾丸を大量にき散らす銃」である。

 短くて軽いことから携行性けいこうせいに優れ、確かに小学生の体で持つには適していると思われた。


「ねぇ、敵の目的は一体なんだと思う?」

 隣を歩く少女がうてくる。


「……さぁ。お金じゃないのは確かだろうけど、それ以外の理由があり過ぎて分からないよ」


「そうよねー。金銭きんせん目的でやるような犯罪ではないけれど、愉快犯とも思えないわ。政治目的だとしても、国内と国外の勢力両方に動機があるから犯人も特定しづらいし」


「犯人のことなら、警察や自衛隊とかにも犯人の仲間が潜入している可能性があると思う。例の勤労奉仕団を皇居へ入れる際に、宮内庁で何らかの工作があったのかもしれない。私たち護衛官の中に裏切り者がいるとは思いたくないけれど……」


 しかし、どこの誰が犯人の仲間かは分からない。

 何故なら皇居を攻撃したのが御力を持つ能力者である以上は、皇族の末裔まつえいすらも仲間に引き込んでいるという意味で、その一人は司子の親友だったのだから。


 そんな話をしているうちに、右手のこけが生えている木々の隙間すきまから上道灌濠が見えた。

 西の丸と吹上御苑を区切る水濠で、ここから先は犯人のいる区画となる。


 吹上御苑に進入した二人は右に曲がる道路には進まず、左手にある林の中へ入っていった。

 視界が開けた舗装済みの道路では相手から見つかりやすいうえに、道路の先に人影が見当たらなかったため林の中も捜索そうさくしておく必要が生まれたのだ。


 木々を抜けると、林の中に庭のような広い空間が出現。それを囲む形で四つの建物が並んでいた。

 奥の薄暗い林の間にも複数の建築物が見えるが、これらは御府ぎょふと呼ばれている。旧日本軍の鹵獲品ろかくひんを保管している施設だ。


 木造倉庫の群れに近づくと、かすかな音が聞こえた。皇居内には小動物が繁殖しているので、タヌキなどの可能性もあるが……。


千里眼せんりがんで建物の裏側を探れますか?」


 レイのかたわらで短機関銃を握りしめた少女は、その質問に一瞬だけ体を振動させた。


「……あら、わたしはヨリなのだから御力なんて使えないわよ?」


「誤魔化さないでください、殿下。私が警部補と話しているすきにヨリと入れ替わりましたよね。たぶん警部補は出発する前から気付いていましたよ。……だから私に重装備を持たせたのか」


 レイは出発後に彼女と会話を交わしてから、自分と偵察ていさつに出かけた少女が司子本人だと気がついた。そして、銃剣まで装備させた関は、このことを最初から見抜いていたのだと今悟り、勝手に納得したのだ。


 司子がMP5を持ってきたのも、おそらくヨリがアドバイスしたに違いない。

 反動が大きい他の機関銃では、訓練していない司子にとって荷物にしかならないと考えたのだろう。

 先輩二人に対して、少し殺意がいた。


「見つかっちゃった……てへっ」


「いいから探索をッ!」

 いつの時代の漫画だよ、と思わざるを得ないリアクションをする司子を一喝いっかつ


「はいはい、──ん?」

 すると先ほどまで緊張感が感じ取れなかった司子から、急に焦ったような反応が返った。

「あれ、おかしいわね。えない……わ」


「視えない、とは!?」

 焦燥しょうそうが声に出る。


「力が使えないみたい。なんで?」


 聞かれても困る。しかし、犯人がいるかもしれない状況で、いくら司子でも冗談を言うとは思えない(先ほど言った気もするが)。


 レイがどうするか迷っていると、ふいに声が聞こえた。



「それは、この御府ぎょふ御力おちからの制限領域だからです」












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