第八話 鈴の音の血

 私が生まれたままの姿で眠ると、日はすっかり傾いていた。ああこれはまずい、奴らが戻る前に地獄の処理に取り掛かることにしよう。私は慌てて起き上がり下着やシャツを雑に肌に重ね、机の上の皿を重ねて米の支度を始めた。早いとこ夕食の支度を終わらせて、平江から出された課題に手を付けねばならない。

「書くところがないくらい問題を詰めてたからな……あ~何故寝る前に私は何もしなかったのか!」

 まぁ、過ぎたことを考えても仕方はなかろう。テキパキと諸々を片付けながら合間で服を整えるということをしていると、外からノック音が聞こえた。ふむ、帰ってきたのか。

「おじさま! 開けてくださらない?」

「今開けるから少し待っておけ」

 鏡で服を整えてから玄関の方に向かうと、ハルミが帰ってきましたとばかりに手を上げていた。すっかり馴染んでるな、この娘。

「あとおじさま、相談したいことがあるの」

「昨日知り合ったばかりの他人同然の人物に相談できるような内容なのか?」

「あんな美味しいご飯が作れる人に悪い人なんていないわ! ……それに、話を大げさにするお兄ちゃんには相談できないもの」

 ハルミはそういうと、服を着替えてくると貸し出した部屋に篭っていった。まだ私は了承したわけではないのだが、まぁいいか。

「平江の課題を解きながら聞いてやるか」

「……先輩、まさか白紙ですか?」

「おぁ!? な、は……ひ、平江……?」

 どこから生えてきたんだこの男は。思わず腰を抜かしたではないか。

「ハルちゃんの後ろにいましたよ。先輩、気づかなかったんですか?」

 心底不愉快そうにしている平江から目をそらすと、平江の後ろからヒョコッとハルミが現れた。どうやら着替えが終わったらしい。

「もしかしてまさ兄とおじさま、取り込み中?」

「え? ああ、大丈夫ですよハルちゃん。それより先輩にもすると言っていた相談事しちゃいますか?」

「したいわ! おじさま……よろしくて?」

「それはまぁ……ふむ、茶菓子を準備しておくから昨日の部屋に集まっておいてくれ」

 ハルミと平江に移動を促し、私は逃げるようにお茶とお菓子を取り出す。私の備蓄してるお菓子が減るのは癪だが、いいとこの娘に出すならこれくらいじゃないと駄目だろう。ああ、あと平江には珈琲でも出しておくか。

「……それにしても、最近はなんか監視されてる気がするな」

 小首をかしげつつ平江たちのもとに向かうと、平江とハルミは仲良さそうにしていた。随分と微笑ましい光景である。

「あ、先輩!」

「おじさま!」

「なんで君たちはそんなにテンションが高いんだ。……まぁいい、お菓子は準備できてるから好きなだけ食べろ。平江の珈琲のお供は手元の煙草でいいな」

「雑過ぎませんか? まぁいいですけど」

 平江はしぶしぶといった感じで煙草に火を灯し、ハルミはクッキーを大事そうに手にとっては頬を緩めていた。さて、私は課題をしながら相談事とやらを聞いてやろう。

「あ、そうだった。実はね、サカタちゃんの髪飾りがの貝がなくなる事件が起きてるのよ」

 髪飾り?

「そう。それも四週連続、火曜の朝休憩のときになくなるのよ。いつもの教室ではないからなおさら妙でね」

 それはまた妙だな。

「だからみんなでつきっきりでサカタちゃんのところにいたんだけどね、またなくなっちゃったの。……サカタちゃんは飾りだけが無くなるだけだから少なくとも盗みではないし、大事おおごとにはしてほしくないとは言っている。でも、それが毎回ともなれば友人の一人として不安になってしまうわ」

 なるほど、それはたしかに友人として気になる話ではあろう。しかし、外部の人間である我々にはどうすることもできそうにないんだが。

「流石に、現場がわからないとなんとも言えませんね。まぁ、入る許可をとってこれるのなら考えますよ」

 ああ、これはサラッと断る流れに持っていくつもりだな。

「いいわ! 学校に直談判してお二人が入れるように手を回してみせるわ!」

「う、うん?」

 ん? 二人?

「ええ! 卒業生の紹介で見学に来たと伝えたら少なくとも一日は入れると思うのよ!」

 なんか無茶苦茶なことを言い出したな。

「そ、そうかな? 急すぎてびっくりされちゃうと思うんだけど……」

「行けるわよ! 以前も見学という形で見に来ていた人がいたし」

 防犯対策が緩すぎやしないだろうか。いやでも、金糸雀女学院と聞けば錬金術の専門の都内屈指の名門校だ。その時点でかなり絞られるし、見学の前にデータも取られるから特に悪いこともさせてもらえないか。

「まぁ髪飾りがなくなる教室を確認しつつ、話を聞くくらいならいいかも、ですね。解決できるかはさておき」

「やったわぁ! 流石まさ兄!」

 平江の手を取ってはしゃぐハルミをみて、なんか引き受けることになっちゃったなと平江は苦笑いした。ふむ、

「普段は押し切る側なんだ、たまには私の気持ちを理解するといい」

「な! ……もう先輩にもついてきてもらいますからね」

「ふん、それこそ許可次第というものだ」

 私は手に持っていたペンを置くと、平江に解答用紙を差し出した。


 さて、それから数日後のことである。我々はハルミに連れられて金糸雀女学院に向うと、年頃の娘さんたちが黄色い声でこちらをお迎えしてくれた。なお、隣の平江は例によって人見知りを発揮している。まったく、調査にいってもいいといったのは君じゃないのか。

「ほ、本当に許可を取ってくるなんて思わなかったんですよぉ! ……先輩が僕に同行してくれるのならもっと真面目にやってましたよ」

「仕方がないだろう。……私がこの学院で講演をするのを条件に許可がおりたんだから」

 学院側に己の身分を伝えるためにハルミに認定書類を渡したところ、私に公認魔術師として特別講演をやるなら指定探偵が校内に入る許可を出そうということになったのだ。いやはや、まさか指定探偵のほうがおまけになるとは思わなかった。

「ま、調査は頑張り給え。私は学園長と詳しい日程について聞いてくるから」

「はーい……」

 意気消沈。とはいえ、彼は博文探偵事務所の現所長だ。さして問題はないだろう。ということで平江は私と応接室で別れ、ハルミのあとをついていった。

「ところで、サカタって子はどちらなんです?」

「今から連れて行くわよ! ちょうど友達と一緒に待っているように伝えてるから来てちょうだい」

 そうしてハルミは、三人の女生徒が待つ教室へと案内した。教室はガランとしており、クラス教室ではないようであった。

「サカタちゃん、リュウちゃん、オンカちゃん! まさ兄、あ、ちがう。探偵さんを連れてきたわよ!」

「そこまでしなくてもいいと申しましたのに。……まぁでも、有難うございます。私はサカタで、隣にいるこの子はリュウ」

 頭の上にシニヨンを二つ作っているサカタと言う女は、隣に立っていたあざやかな赤毛をした青目に眼鏡をかけた女を抱き寄せるとニッコリと微笑んだ。

「人前で触らないでください。……コホン、私はリュウ。そこで帽子をかぶっている子がオンカになります」

「どうもです! オンカといいます!」

 茶髪に帽子をかぶったオンカは、丁寧に頭を下げた。ふむ、三者三様ではあるがどの子も良い子の香りがする。

「はは、郷口警部じゃなくてごめんね。……僕は指定探偵の平江 征ひらえ まさしです。今回は髪飾りについてる飾りがなくなると聞いて調査に来たんだけど構いませんか?」

「あ、じゃあ早速本題について話していきますね。どうぞこちらに座って」

 サカタは適当な椅子に平江を座らせると、サカタはゆったりと腰を下ろした。他の三人も周囲の椅子を持ってくると、それぞれサカタと平江の隣に椅子をおいて座った。

「あ、その前にどのくらい聞いてるか尋ねてもよろしいですか」

「確か火曜の朝休憩の時にこちらの教室で髪飾りについてる飾りがなくなる、と」

「ええ、そうですの」

 サカタは苦笑いしつつ答えると、頭につけている団子を触りながら少し目を閉じた。何かを思い出そうとしているのだろう。

「ここの科目を受けるのは私達含め、三十人程なんです。それで、大体の子たちはここに移動するとそのまま集まってる感じだから誰かが出入りしたとかそういうのもなくて」

「……なるほど。ちなみに、その髪飾りは先程から触れているものであっていますか?」

「ええ」

 サカタは団子につけている髪飾りを外してみせると、平江の手にそっと乗せた。それは衆国製の髪留めで、コンドルの翼に鈴のついたきれいな飾りがついている。

「わぁ、これって確か衆国の戦勝記念品ですよね。ご家族が軍人の方ですか?」

「母方の親戚が当時お偉いさんをしていたそうで、式典でもらい受けたものをそのまま私に贈ってくれましたの」

 サカタが嬉しそうに微笑むと、平江も釣られて微笑みながらまた話を戻した。

「なくなるのはこの翼ですか?」

「いえ、決まって鈴の方が落ちてしまうの。不思議ですわ」

「なるほど。……あ、髪飾りはお返ししますね」

 うーんと考え込むサカタに髪飾りを手渡すと、サカタはリュウにお願いねとシニヨンにするのを頼みはじめた。

「もう、なぜ外したのですか。貴方は自分で結えないじゃありませんか」

「その方が見せやすいと思ったんだもの」

 仲良さそうに話す二人をよそに、ハルミとオンカは何か気になることがあるのかヒソヒソと何かを話していた。なんだろうか、平江が思わず尋ねると二人は少しもごもごながらも答えた。

「あれって衆国の記念品、なのよね?」

「も、もしかして幽霊とかそういう類と関係しますか? ほら、衆国人が貿易品に亡霊を取り憑かせるみたいな話もあったし」

 貿易品に取り憑く衆国の亡霊。これは若い子、特に学生の間で有名な噂話であった。というのも、出征先で略奪行為をして荒稼ぎした人間が早死することが妙に多かったからだ。まぁ、早死する理由は幽霊ではなく死体そのものに呪術をかける戦場の葬儀屋が各国で湧いていたからなのだが——今回の話では特に関係ないからひとまず置かせてもらおう。

「まぁ、霊については一旦保留にさせていただきます。物理的に何かが作用してる可能性だってありますからね。……ということで、教室の設備を確認してもいいですか? それから座席についても聞かせていただける助かります」

「構いませんわ。と言っても、私達もそろそろ授業に戻らないといけませんから座席をお知らせしたらあとは平江様お一人にすることになりますが」

「そこら辺は大丈夫です」

「では席の目印にこちらを置いていきますね」

 サカタは一番後ろの窓際の角席に『サカタ』とだけ書かれたメモ紙を置いて、その場をあとにした。平江はそんな彼女らを送り出すと、カツカツと歩きだしてふと何か気になるものを見つけたのかそちらに触れた。どうやら何かの紐らしい。

「何でしょう、黒板についてますね? っと、ああ、これ、そう、そういうことですか」

 平江は紐から手を話すと、脚立代わりに椅子を取り出し始めた。



 平江がそうして飾りの謎をといてるその頃、私、金風 弓吹かねかぜ きゅうすいは講演会の為に軽い支度をしていた。ただたって喋るだけでは面白みにかけるからな、何かしらの見世物はあったほうが良いだろう。私がそう思って一人で事前に持ってきたボストンバッグを広げていると、女性教諭の格好をした人形がこちらに声をかけた。

「先生、何かお手伝いできることはありますか?」

「ん、先生? ああ、私のことか。いや特にない、下がってくれ」

 彼女はここで講師をしている柳田という女性型人形であった。彼女の操り主は先代が衆国への渡航の際に船で世話になった紳士の娘らしく、ここでは研究に没頭したい操り主の代わりに精霊人形を代理講師にしているとのことだ。なお、この技術自体は戦場でも度々お目にかかることがあったからそう変わったものではない。

「……それと、先生」

「まだ何か」

 やけに私に話し掛けて来る女に溜息をつきつつ、振り返ると彼女はこちらをと何やら美術館のチケットを二枚渡してきた。なんのつもりであろう。

「イシノ先生の企画展がチケットの美術館でございます。……よろしければ、探偵様と」

 柳田はこちらを見つめると、そう言って押し付けるようにチケットを渡した。

「なんのつもりだ」

「……美、来たる」

 意味がわからない。

「行けば答えがあります。……ですから先生と探偵様には来ていただくてはなりません」

 柳田は妙に澄んだ目を向けると、私の頬に触れた。人形特有のひんやりとした質感に、私は思わず肩を震わせると柳田はハッとして離れた。

「あ、怯えさせるつもりはありませんでした。……私はどうしても、どうしても貴方がた二人にそこに行ってもらわないといけないと言われたので」

「……イシノ作品が好きだから見に行くこと自体に異論はない。だが、初対面の人に押し付けられるとその理由が気になって仕方が無いんだ。何故なんだ」

「あなたがその目に宿している色を忘れていなければお分かりになるかと」

「……まさか」

 そう言いながら人形は私がそのチケットをしっかりと握るまで、じっと見つめ始めた。

「わかった、受け取るし美術館にも行く。……だから、一人にしてくれ。講演には出てやるから」

「ええ。私の頼まれごとはこれだけでしたから」

 柳田は私の元を去ると、そのまま生徒の声のする方へ向かった。紫色の目が、私を呼んでいる。私はそれを受けて、柄にも無くだらだらと汗をかいている。

「……ヒトツメ様」

 巡りそうになる思考と再発する過呼吸が止まらなくなる前に、鞄に忍ばせていた袋を口に当てて押し留める。ああ、ここに誰もいなくてよかった。特に平江がいたら、あの馬鹿にすがって、ひどい後悔をしてしまう。

「……どうも、私は人間が抜けないようだな」

 過呼吸によって意識が飛びかけた頭をボストンバッグの上に乗せ、遠くに見える時計を見る。講演の時間まであと一時間はある。意識をポトンと手放すと、乱れていた呼吸が少し落ち着いた気がした。



 そうして一眠りをしてから特別講演をすること二時間。実演を交えた講演会は思いの外盛り上がり、学園長からもまた来てほしいと強い握手を求められた。私は握手を返しつつそれを条件に空き教室を貸してもらう許可を得る。そこで話を生徒からの質問を受けたり、生徒の書いたレポートを読んで過ごしていた。すると、

「先輩! この学園……ひ、広くありませんか? 先輩が教室を借りたと聞いて探していたんですけど、なかなかたどり着けなくて」

「ほう、探偵殿は方向音痴だったか」

「学院が広すぎるだけですよ! って、なんか色々見てますね」

 平江は机に置かれているレポートや生徒からの質問用紙をちらっと確認すると、なんもわからないと元の場所に戻した。そらそうだろう。

「で、平江。君は本来の目的を達成出来そうなのか?」

「ああ、思いの外単純な話でしたので解決済みです。放課後にでも紛失事件の種明かしをするつもりですよ。……それより」

 平江は柳田のように私の頬に手を添えると、どこか心配そうにこちらを見ていた。その手をいつものように払ってやろうかと思ったが、どうにもそんな気が起きなかった。

「……体調、悪いんじゃないんですか」

 特に悪くはない。しかし、

「ああ、どうやら疲れてしまったようだな」

 そう言ってしまった。まぁ、これで妙な詮索は避けられるであろう。

「じゃ、僕にもたれてもらったいいのでゆっくり休んでください」

「お断り、と言いたいところだが今回のところはそうさせてもらうか」

 平江に甘えるように身を預けると、平江は若干肩を震わせながらもおずおずとこちらを抱き寄せた。別にそこまで頼んだ覚えはないが、本人がそこまでしたいと言うのならさせといてやろう。

 そんな感じでだんだんとウトウトしていくと、

「おじさまとまさ兄、進捗は……って、え?そなに、なんでそんなに密着して……な、何を……」

「さっきの講演の魔術師さんもきてるの? って……え、なに、どうしたのハルミ?」

「こ、これは……お、オンカ! ふしだらだから来ちゃだめよ!」

「そ、そうなの? え、なに?」

 何事かと扉の方に目を向けると、二人がそこに立っていた。ハルミがやたら真っ赤な顔で見ているが、何だ何事か。

「密室で二人っきり、その上でそんなに肌を密着させてるなんて……え、エッチなことをしていたに違いないわ! 本に書いてあったもの!」

「……え、えっちなこと?」

 おい平江、なんかひどい誤解をされているぞ。

「ちょ、まって誤解、誤解ですよ! 待ってください、そんな誤解されたら僕らはお兄さんにしばかれます! 待ってくださいよ! こんなところでそんなことするわけないじゃないですか! するなら家でやります! ねぇ、先輩!」

「家でもやらんぞ。馬鹿か君は」

 平江、余計なひと言で話をややこしくしてくれるな。そもそも、我々はそういう込み入った関係ではない。

「は、先輩は先輩で何言ってるんですか! いいですね、僕らはそんな遠くない未来、デキていますよ! 僕は名探偵なのでわかります!」

 いつになく眼鏡を持ち上げる動作も喧しいな。

「全く、それは君の妄想だろう! ええい、落ち着け馬鹿共!」

 一旦各々を落ち着かせ、なんとか誤解を解くことにまた十分。時というものは思いの外すぐ進むもので、誤解が解ける頃にはサカタとリュウもこの部屋に来ていた。

「じゃ、これでなんとかなったからあとは名探偵様に種明かしをしてもらうか」

「お、いいですね! では早速皆で件の教室に向かいましょう!」

 そうしてゾロゾロと移動すると、西日に当てられた教室に入るなり平江は黒板の方に向かっていった。黒板の前には何故かぽつんと椅子が置かれており、平江は靴を脱ぐとその椅子の上に立って何かをいじり始めた。

「少し待ってくださいね」

 平江は何かからトレイを取り出すと、こちらに見せた。中には鈴が数個入っている。

「え、これ……サカタの飾りではありませんか」

 リュウが確認したのを見ると、平江はハンカチで鈴を一つ一つ丁寧に磨いてやってからサカタの方に渡した。サカタはその鈴をじっと見つめてから、

「間違いありませんわ! 私の髪飾りのものです。……しかしどうやってこれを特定することができましたの?」

「席順と髪型ですね。黒板の使い方を見るに普段使う黒板はこちらではなく向こう側の方の黒板でしょう?」

「そうですわね。こちらの黒板は連絡用ですもの」

 言われて黒板の方を見ると、向こう側の黒板には何度も書いて消したあとがある。それにも関わらず、こちらの黒板は綺麗すぎるのだ。

「それで、これがどう関係してくるんだ」

「彼女の授業中のことをかんがえると、見えてくるものがあります。ということで、いつもの席に腰掛けてもらえますか?」

 サカタに座らせると、平江は机の方に手をついて続ける。

「その状態でお団子の崩れが気になったときってどうしてます?」

「え? えーっと……こ、こうですわ」

「はい、そこです」

 彼女は軽く首をそらすと、平江はそこでとめてくださいと伝えてから彼女の首が痛くならないようにリュウに支えさせた。

「この状態で皆さんはこちらのクリーナーの方を確認して下さればわかると思いますが、丁度クリーナーと飾りが当たる配置になっているでしょう。……これがなくなるきっかけになります。あ、戻して大丈夫ですよ」

 サカタは言われるがままに首を戻すと、その動作に少し違和感を覚えた。

「少し、ほんの少しだが弾みがついてる?」

「団子の重みがあるから無意識的にちょっと勢いをつけてしまうのでしょう。……そしてこれがなくなった原因になります。コレのおかげでピンそのものは無事でも引っかかった鈴の方はコロンと落ちてしまうので結果としてここに貯まるのです」

 平江は言い切るとふふっと微笑みかけた。

「以上が僕の推理ですがいかがでしょう?」

「何か……思ったよりあっさりね……」

「日常に潜む謎なんてこんなものですよ。七不思議の種明かしだってそうじゃないですか」

 ほう、幽霊だ何だでビビるくせによく言うなこいつは。

「そ、それはそれです。……とにかく僕の仕事はこれで終わりということで皆さんどうですか?」

 平江が問いかけると何だこんなことかと各々拍子抜けしつつ、この場は解散ということになった。



 さて、ハルミも交えて偏奇館へと歩みを進めていると、向こうの方から郷口警部がやってきた。何やら慌てた様子であり、息も切らしている。

「は、ハールミィ〜! お兄ちゃんですよぉ!」

「ちょ、お兄ちゃんなんでこっち来たの! まさ兄に私を託すくらい忙しいんじゃなかったの!?」

「その覚悟だったんですがなんと……な、なんと、思ったより早くなんとかなりそうだったので迎えに……ですなぁ!」

 郷口は言いながらハルミの方に向かうと、ハルミは鬱陶しそうにしつつもハイハイと受け入れ始めた。はてこの男はこういうやつだったのだろうか。

「ああ……お兄ちゃんって昔からこうなの。心配症で面倒なのよね。すぐ大事にするし」

「な! 自分は兄として心配をですなぁ!」

「うるさいわよもう! ……まぁでも、その様子だと私は家に帰ってもいいの?」

 ハルミが郷口に尋ねると、郷口はうんうんと頷いた。となると彼女のお泊り会はこれで終わりか。

「そ、そんな寂しいわ! 明日までだめ?」

「認めたいところですがな、うちの両親も思ったより早く片がつきそうらしくてですな……」

「えー……ま、まさ兄たち……」

 数日の間に馴染んだ彼女のことを思うと、些か可哀想な気がしてきた。だが、親御さんが優先というのは最初の段階で伝えている。

「兄が言うのなら宿泊期間の延長は認められないが、夕食をともにするくらいは許してもいい。警部はよろしいか? 君の分までなら家にある材料で足りるだろうから」

「え? まぁ、ハルミが帰ってくるならまぁ……お邪魔させていただきますかな」

「やったぁ! おじさまのご飯ってとっても美味しいのよ!」

 ハルミは郷口に嬉しそうに、ここ数日のご飯について話していく。すると、郷口の顔はみるみる歪んでいった。

「へぇ……ふぅん? お手並み拝見ですな」

 ああ、なんか敵意を向けられているような、そんな気がする。

「それで、おじさま。今日は何にする予定なの?」

「今日は知り合いの肉屋から頼んでおいたひき肉を使って、ハンバーグでも作ろうと思ってな。お二人は食べられそうか」

「もちろん食べられるわ!」

「ふむ、まぁ悪くない選択ですな。自分もいただきますか」

 郷口については妙に鼻につく言い方だが、まぁ良しとしよう。そうと決まれば、さっさと帰ってしまうか。私は郷口兄妹を追い抜き、先頭に立つと平江が私の隣によってきた。

「先輩、少し寂しいんじゃないんですか?」

「私が? 何を言っている」

 視線だけ平江の方に向けると、平江はどこか羨ましそうに郷口兄妹の方を見てから言葉を続けた。

「ほら、ああやって兄妹仲睦まじくしてるのを見ると賑やかでいいなって思うと同時に、なんとなく寂しく感じちゃうじゃありませんか? 少なくとも僕は二人を見てるとそう思うんです。まぁ、僕はひとりっ子なので“きょうだい”への憧れも関係するのかもしれませんけど」

「……きょうだい」

 ふと、私は兄の顔を思い浮かべた。私の兄精一郎せいいちろうは、極東古来の秘術に長けた男であり才能に溢れた方であったが、人としてはかなり不器用な男だ。というのも、当時の私と仲良くしようと何かを持ちかけてはそのたびに“私”から邪険に扱われていたのだ。

 だというのも関わらず、あの日もそんな“私”の前に立って“私”の名前を呼びながらも何処かに行ってしまった。

「……先輩?」

「ああいや、なんでもない。遠くにいる兄は今、どこにいるんだろうかと思いを馳せていたんだ。生きているのかどうかも、今の私にはわからない」

 思わず目を伏せると、先程仲良く過ごしていた郷口兄妹が浮かぶ。もしかしなくとも、音信不通となっている私の兄は私に対してこういう関係を築けることを望んでいたのかもしれない。とはいえ、今更そんなことを考えたところでどうしょうもない。別れてからもう何年という月日が経過しているのだ。それにあの人はなんだかんだ幸せに暮らしていて、私のことを忘れてるかもしれない。

 むしろ、そうであってほしいとさえ思う。

「……先輩、その抱え込む癖は直したほうがいいですよ。今凄い顔してるんですから」

「それは、すまない」

「謝るなら頼ってください。……いいですね」

 平江は私に微笑みかけると、こちらの手を取って帰ったらあたたかいものを飲みましょうと走り出した。ああ、だから私は平江が嫌なのだ。私が弱っていることを理解し、この場でできる最良の一手を迷い無くできるところが本当に“嫌い”だと思った。

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